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第三話 コスプレ巣窟へようこそ

 窓から差し込む日の光が千晴の顔に段々とかかる。


「ずっと寝てたのか。何時だろ今」そう言いながら千晴は天井をぼーっ見ていた。

 しかし不意にその天井の情景が何者かの顔によって遮られた。


「うわぁ!」

 千晴は驚いて起き上がって、居間の引き戸のところまで座ったまま後ずさる。

「だ... ... 誰?」

「良かった。術は成功したようですね。前回あなたが来たときは当り前ですが見えていなかったですからね。あ、私は妖狐。元 安倍晴明様の式神で名前は縁珠(えんじゅ)と言います。以後お見知りおきを」

「... ...」


 千晴は考えていた。どう逃げるか。

 いや逃げたら後ろから刺されるかもしれない。何せコスプレの妄想が入った変質者だ。

 何をするか分からない。警察に電話が先か。

 でも悟られないようにどう電話すればいいのか。


「もしかして私のこと頭のおかしな人だと思っていますか?逃げられては厄介なので少しの間、術をかけさせていただきます」

 そう言って縁珠は指で印を結びながら素早く唱える。

縛纏鎖(ばくてんさ)


「うっ...ぐ!」

千晴は動けないという現実を到底受け入れることが出来ない。

これはきっと夢なんだろう。もしくは、生理的に説明できる金縛りと幻覚に違いない、と自分に言い聞かせていた。


「... ... 夢なら覚めてくれ... ...」

「夢ではありません。動けないのは私の術のせいです。今しばらく我慢してください。どこからどう話しましょうか」

 縁珠は千晴の前に移動し座って話し始めた。


 千晴の祖父と父そして千晴自身も安倍晴明の子孫であり、祖父と父はこの世の理とはかけ離れた問題を解決する探偵の仕事をしていたこと、晴の陰陽師としての力は幼いころ封印されており先ほどその封印を解いたことなど。


「さて、あなたにはこれからしなくてはいけないことがあります。あなたの力は解放されましたが知識も経験もなく、非力な雛も同然の状態です。ですので私が陰陽道の全てをあなたに叩き込みます。そして実戦で使っていただきます」


 縁珠はそう言って立ち上がり、居間にある小さい箪笥の引き出しから写真を取り千晴に見せ、指で指しながら、

「これがあなたの祖父である晴一朗、右にいるのが父親の晴司、そしてその隣が母親の涼子、晴司が抱っこしている子があなたです。後ろに映っている建物が、晴一朗と晴司が生業としていた不可思議な依頼だけを受ける探偵社です。探偵社はこの家の隣にある建物です」


 千晴は、その写真に映っている、唯一誰だか分かる人物である母親に釘付けになった。


「逃げないと約束出来ますか?ずっとあなたに術をかけたままだと少々心苦しいので。あなたも動けない状態で聞くのは嫌でしょう」

 コクっと千晴は頷く。


 また印を結んで「解纏鎖(かいてんさ)」と縁珠が唱えると、千晴は顔を上へ上げてふーっと一息つき、縁珠に渡された写真を見つめて言う。

「母さんだ。母さんはここに住んでいたのか?」

「あなたが三才になるまで四人でここに住んでいましたよ。あなたの祖母は残念ですが、早くに亡くなってしまいましたので」

「祖父も父も亡くなって、それで母は俺を連れてこの家を出たってことか」


 まずは千晴を陰陽師として育てることが最優先させるべきことと思った縁珠は、今真実を千晴に伝えると全てを放棄して出て行ってしまうだろうと判断し、黙っておくことにした。


「あなたには探偵社を引き継いで頂きます。早く実力を付けて頂かないと。あなたに紹介したい方々もいますし、事務所へ行きましょう」


 縁珠が自分より少し長身の、恐らく180cmぐらいはあるであろうと推測した千晴は、暴力に打って出られたら抗えない可能性があると更に警戒感を強め、


「引き継ぐ?紹介したい人?そもそも晴明とか陰陽師とかそんな中二病な事、信じられるわけないだろ。あんたは母さんたちの事を知ってるのかもしれないけど、俺たち家族に執着してるただの変質者かもしれないし。というかどう見ても変質者だろ、そのコスプレ」


 千晴はそう言いポケットに仕舞っていたスマホを取り出し「少しでも危害を加えようとするそぶりを見せたら速攻警察に電話するぞ」と縁珠を睨みつけた。


「ふふ、威勢のいいこと。コスプレ、変質者。ひどい言われようですね。それで結構です。嫌でも信じることになりますから」

 縁珠はしゃがんで千晴と同じ目線になり、

「それにしても本当にあのお方に瓜二つ。今のところは顔だけのようですが」


 そして立ち上がり、

「さぁ、行きましょうか。一時も無駄にしたくないので」

 しかし警戒している千晴は一向に動こうとしない。


 縁珠は千晴の目をじっと見つめ「ご自分の家族のこともっとよく知りたいと思いませんか?」と問いかけ、ついてくるようにと促す。

 スマホをしっかり握りしめた千晴は、渋々一定の距離を取りながら縁珠の後をついていった。



 家の隣には、コンクリート造りだが和と洋が合わさったような、恐らく昭和以前、大正時代に建てたのだろうかと推測できる、小さな二階建ての建物があった。


「古い建物ですが、中は私が定期的に掃除をしていたので問題なく使えますよ」

 縁珠は鍵を開け、ガラス製の引き戸を開ける。

 千晴は以前来た時にその建物の存在を認めてはいたが、物置だと思って特に気にも留めていなかった。

「掃除?もしかして家の鍵を送ってきたのはお前か?」

 夏に来た時に家の中のほこりが積もっていなかったのを思い出し、縁珠が掃除していたのかと思ったのだ。


「ええ、私です、鍵を送ったのは。そろそろいい頃合いだと思ったので」

「いい頃合い?どういう意味だ?」

「それはおいおい説明します」と言って、縁珠は片方の手のひらを上にして、どうぞと建物中に入るように促す。


 千晴は警戒しながらも入ると、部屋内に三人の人物がいた。


 一人は燕尾服を着た白髪の執事風でモノクルを着けた老人。

その右隣には老人の背丈の半分ぐらいの背で、水色のおかっぱに茶色の探偵風な服と帽子を着用している幼女。

そして少し離れたところに長い紫色の髪にヘッドドレス、黒白のゴスロリなワンピースを着ている少女。


 千晴は、やはりここはコスプレ変態たちに占拠されているのか、と絶望を感じ始めたのだった。

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