登山家Aと相棒と
というわけで翌日、アキトはドラゴン退治の為に山頂へ向かう事にする。
「…は?なん…だと…!?」
山といって思い浮かべるものはどの様なものだろうか、アキトは緩やかな山道をイメージしてピクニック気分で登るものだと思っていた。
しかし目の前に広がるのは断崖絶壁に近い山、険しい登山路より険しいまさに道なき道。
(これ帰ってきた者は居ないとか誇張表現じゃなくて滑落してないか?てか登るのからして諦めるとかあるぞ?登ったなら形跡あるだろ普通…)
やっぱりゴブリンの巣穴から山の内部を進むべきだったかと踵を返したい気分になってきて大きな溜め息をつく。
(そういえば狙われるのは牧場の家畜とか言ってたな…牧場警備すればいいんじゃないか?)
登るという選択肢を排除し始めるアキトだったがいつどこで起きるのか分からない事象に頼る訳にはいかないとどうにか登山路を探してみることにする。
何なら今すぐ飛んで降りてこないかな等と獲物が自分を狙ってくれないかと面倒くさがりが発症する。
悩んでても仕方ないし最短ルートが最良とは限らない、そう前向きに考え絶壁に沿って歩く。
(徒歩でトホホなんて今後絶対言わないから徒歩で行ける道を頼むぞ…!)
頂上は標高どのくらいだろうか等と考えピタッと足を止める。
「作るか…?道…。トラベラー!」
自分の全力ならこんな山ひとっ飛びどころか掘削して階段だって作れると旅行鞄をちょっと呼び出して相談を開始する。
「なぁ神鳴?流石に俺が四苦八苦して山登り…いや、絶壁をロッククライミングするの見たい?道作ってさっさとドラゴンとバトルする所見たくない?え?ボルダリング?違う違う!そんなスポーツじゃねぇよ!これ見ろよ!」
旅行鞄の口を崖に向けて突き出し力説する。
鞄から返事はないが鞄の口をモゴモゴさせていいから登れと言われた気がしてアキトはがっくり肩を落とす。
しかし流石に時間掛かるのは可哀想と思ったのか哀れみを込めて数日ぶりの愛刀を吐き出す。
「オゥ!氷雨さん!いや、氷雨様!…え?まさかこれ使って登るの?!」
凍て付く様な水色の装飾紐の巻かれた刀、アキトが氷雨と呼ぶ精霊の宿った長年の相棒をゆっくり引き抜く。
冷たく白銀に輝く刃、年甲斐も無く喜ぶアキトだったが登る方法が力技になると気付いて旅行鞄を振り返る。
「え?マジ?…滑落して死ぬかもしれんぞ!?氷だぞ!?滑るぞ!?」
念押しして訴えるがやれと言いたげに口をパクパクさせてアキトは白目になる。そんな不甲斐ないアキトを励ます様に刀から精霊の氷雨が呼んでもいないのに姿を見せる。
透き通る青みがかった白髪で白い着物のクールビューティな雪女が現れて絶壁に沿わせてガチガチに固めた氷の階段の様な物を作り出し無言の圧を掛けてくる。
「ああ、分かってるよ登るよ。闘いの時と違ってなんか不安なんだよなぁ…何でだろうな?」
アキトの素朴な疑問に氷雨は私に聞くなと呆れた顔をするが相棒がいれば百人力、ドラゴンも瞬殺だなと一歩踏み出して軽くツルッと滑り顔面蒼白になる。
「なぁ、本当に大丈夫か?」
コントをするようなアキトに対し使役される側の相棒はツッコミを入れるようにケツを蹴り上げてさっさと行けと怒られるアキトなのであった。
ーーーーー
精霊の力を使いながらトントン拍子で氷の足場を進み山の中腹までやってくる。
凍えるような風が吹く中で足下を見るなとよく言うが氷により多少透けている環境にアキトは冷や汗ダラダラである。
「高所恐怖症になる!山登りなんて二度としねぇからな!」
勝手にキレながら山に空いている横穴を見つけて休憩がてら残った松明セットを使い様子見してみることにする。
流石に狭い入り口にドラゴンが出入りに使う物ではなさそうと感じつつ山の内部から迎えるなら楽だと進んでみる。
(さて、ただの洞穴って訳じゃなさそうだが…)
とは言っても生き物が立ち入るような場所でもないと疑いながら進むと古い人工物に似た物品と最近まで生活していた形跡がありアキトは周囲を見渡し元ゴブリン達の巣だと悟る。
既にもぬけの殻で引っ越しした後であるのは明確、更に上に続く道がありラッキーとずんずん奥へ進んでいく。
肩に乗るサイズに小さくなった氷雨はもう出番終わりかと不服そうにするが行き止まりだったら困るからもう少し我慢してくれとアキトは謝る。
手掘りで作られた巣穴を見てゴブリン達がつるはしを見つけて滅茶苦茶していたのは喜びの反動かと変な納得をしながら進むと祭壇のようなものが鎮座している広間に出る。
「終わりか、最奥部が玉座じゃなくて儀式的な場所とはな」
冷たい隙間風が流れてくるのを感じた氷雨が泥で塗り固められた壁を指差す。ヒビ割れた泥から入る空気からこの先にまだ空間がある事を教えられアキトは軽くノックをして蹴り壊す。
まだ手掘りの道が続いていて急遽塞いだものだと解る。
(ゴブリンがぶち当てたか…ドラゴンが住み着いたか…)
地下で見たゴブリンの巣穴の様子から玉座の間をドラゴンに取られたんじゃないかとアキトは予想しなが更に上を目指す。
この世界に来てから感じたことの無いプレッシャーを肌にピリピリと感じ始めてアキトは少し口角が上がる。
「こいつは…なるほど大物だ」
最上階と思われるゴブリンの玉座の部屋に到着すると天井の半分が剥がされ更に先に空間が出来ていた。
山のサイズからしたらまだ上があるのは予想できたがプレッシャーはすぐそこでアキトは刀を手に取ろうとするが氷雨がバッテンを手で作り使うのは木刀、精霊は禁止とアピールされる。
「だよなぁ…仕方ない。お前も律儀だなぁ」
アキトへの罰ゲームというのは変わらず真面目にやるところはしっかりやれと横着は許さない歴戦の相棒に涙が出てくる。
氷のブロックを作り天井の穴を抜けて先へ進むのだった。
大きく開けた空間、そこに紺色の鱗をしたドラゴンがすやすやと丸まって眠っていた。
アキトは手配書を確認して苦い顔をする。
「おいおい、ターゲットは赤いドラゴンって書いてあるぞ?黒くないか?」
松明を掲げて鱗の色を見てドラゴン違いだと舌打ちする。
しかしドラゴンの向こう側には家畜の骨らしきものが散らかっていて間違いなく騒がせているドラゴンはここに住み着いていると気付き嫌な予感が頭を過ぎる。
(ドラゴンは二匹いる!?)
冷や汗を垂らしながら一歩下がる。
二匹いる理由、更に嫌な予感がし目を凝らしてドラゴンの周囲をよく確認する。
そしてツヤツヤ輝く卵を抱えているのが見えてアキトは困り顔になる。
(なんてこった…やっぱり番か!)
このままだと二匹を相手にする事になるのだがとアキトは氷雨に小声で確認をする。
「マジでやるんですか?俺すげぇ罪悪感あるんだけど?」
異世界に妻子がいるアキトにとってモンスターとはいえ罪悪感に悩まされる状況、世界を救うというという名目上討伐はしないといけないという葛藤に自分は正しい事してるのかと返事を期待するが氷雨は分からないと首を横に振る。
「ドラゴンと会話出来たらなぁ…」
穏便に話が済ませられたらと口にしたその時羽ばたく音が天井から聞こえてきて赤いドラゴンが獲物の牛を掴み目をギラギラさせながら降りてくる。
来ちゃったとアキトは白目を向いて今にも口から炎を吐き出しそうなドラゴンにまだ戦う気は無いと無手で肩を竦めてアピールする。
紺色のドラゴンも目を覚ましてパートナーの持ってきた牛を見てからアキトに気付いて警戒する様に首をもたげ鼻から煙を漏らす。
「歓迎されてないのは分かるがそんなギラギラした目を向けないでくれ」
想定外の事が多すぎてアキトは困り果ててしまうのだった。