戦禍と社交
「直近の戦争について…ですか?」
アキトはケインズに直接聞くのは憚られると朝練前にレインに聞くことにしていた。
レインは少し考える素振りをして「あまり詳しくはない」と前置きをしてから話し始める。
「北の獣人の治める百獣連合国との戦争でしょうか?私は参加してませんから本営発表しか知りませんが…」
本営発表、政府側の都合の良い話のみが発布され自軍の士気を高める報告。アキトは一方的なものだけでも知っておく必要があるなと思い聞く事にする。
「えーっとですね、最初の頃はちゃんと拮抗した戦争で…ゲリラ部隊を突破後は一方的だったと思います。最終的には降伏という形で…実際の戦闘は数ヶ月も無かったと記憶してます」
「短くて呆気ない戦争だったんだな。原因は?」
「貿易の摩擦って聞いてます」
どちらかが貿易の関税を吹っ掛けて不満が爆発したという話だったがアキトはにわかには信じられずもっと根本的な原因があったのではないかと推測する。
レインは話しにくそうに顔を顰めて「噂ですけど」と前置きする。
「獣人の奴隷の密輸が発端だと…あ!噂ですよ?帝国側の悪事なんて大っぴらに言えませんからね…」
小声で帝国側の問題だと知らされアキトは有り得る話だと納得して稽古を始める。
気不味い話をしたからなのか流石にレインの太刀筋は悪いがアキトは今回は喝を入れずに様子を見る事にする。
「せいっ!はぁ!」
ようやっと気合いの籠もった姿勢崩しからの突きが正中線に合わせて狙い定めてアキトに命中し小さくガッツポーズを取る。
一旦休憩とアキトは打たれた腹を押さえて苦笑いする。
「ちょっと力み過ぎましたか?!」
「いや、実戦で力み過ぎた程じゃない。問題ない」
痛みはあるが少し休めば大丈夫とアキトも受けが甘かったと、雑念が混じってたのは自分もだったかと反省するのだった。
休憩中にアキトは再び戦争の話をする。
「そういえばマイルス卿の御子息が戦地で亡くなったと聞いたがそれは本当か?」
「さぁ?…戦地での出来事はあまり詳しく…それに不利益な情報だと普通は発表しませんから知り得ないと思いますよ」
「そうか、なら知っているケインズ様は戦地に行ったということか」
「どうでしょう?ケインズさまは両親を亡くしたばかり、ゴタゴタしてて戦地に行くのは御家断絶もありえますし」
アキトはレインの言葉に引っ掛かりを感じて推理モードに入る。
(確かケインズの両親は…通り魔か賊に…となると?)
レインはアキトさまがまた何か考えてると変な事しそうな予感を感じつつ稽古の再開を望むのであった。
ーーーーー
午後の政務前にアキトはケインズに推理の答えを聞いてみることにする。
「ハハハ、残念だけど私の両親の死去は本当に不幸な事故だよ。奴隷貿易とはなんの関連もない」
「そうか、ハズレか…戦争に詳しかったから俺なりの考えで推理してみたが…」
「マサの両親の件は私がマサと友の仲だからだ。帝国の若い衆は皆社交という場が用意されてだね…」
社交と聞いて現代社会の価値観で考えていた自分の甘さが出たとアキトは頭を叩く。
貴族社会なら当然の若い内から同期と顔合わせや交友があって当然じゃないかと異世界生活の中で身に付けた知恵を忘れていたと反省する。
「そうかそりゃ色々とある度に顔合わせるし領地も隣、交友あって当然だったな。身内の不幸も簡単に知り得る訳か」
「そういう事、詮索するなとは言ったが彼について知ってもらういい機会か…変に疑いの目を持たれても困るし話しておこう」
ケインズは自分の知るマサという男を語る。
怠惰な性格だがどこか心眼を持っているかのように明確な正解を選ぶ天賦の才能を持つ不思議な男。自分もラーナもサイクスも一目置いていた存在。
「魔法の才能は?」
「魔法?…いや、披露することは無かったから私は知らないな。貴族が魔法や剣を振るうのは稀だからね」
そういうのは雇われの騎士や魔術師の範疇だと笑うがケインズは自分の親を思い返し自分も稽古すべきなのかと真剣に悩み始める。
「どうかな?朝練…私にも必要か?」
「俺に聞くんですかい!?」
フェンシングの細剣を持つように姿勢を正すケインズに知り合いの細剣使いの男を重ねて悪くないのではないかとアキトは思う。
ケインズも自分が強くなる事はあまり考えていなかったようでそういうのも悪くないのかもと少しニヤけ顔を見せるのであった。
ーーーーー
というわけで二人に稽古をつける事になるのだが基礎体力からと軽い筋トレとスタミナ付けの走り込みを始める。
身体を普段動かさないケインズは息が上がるのも早いが未来の妻を守る自分を想像し期待と羨望の思いで努力する。
「大将!根性だ!」
「うおおー、ド根性!」
クールな顔でド根性と努力する姿にはレインも何やっているんだと呆れ顔になる。
「わ、私の特訓は!?」
「お前も基礎体力だ!」
「ええー」
汗臭く泥臭く、そんな基礎トレにレインは半泣きになる。
強くなるのなら必要だとアキトは力説し熱苦しい特訓の日々が始まる。
数日間は政務前に運動と健康的な生活を行った甲斐もありケインズは健康優良男性になってクールと細マッチョの両立に成功していた。
「良かったな大将!これでお姫様抱っこも格好良く出来る」
「そうだな!爽やかな汗は最高だった」
ボケが二人になってレインが必死にツッコミを入れる。
「いや、趣旨変わってます!目的は筋トレじゃないです!わ、私の二の腕も少し太くなって…およよー」
レインはわざとらしく気を引くように涙を流すフリをするが肉体改造大成功もバカ男子の様にハグし合う二人を見て色々と諦める。
「どうして私がツッコミしてるんでしょう?男は皆こうなんでしょうか…」
「さーて稽古すっぞー」
アキトが木刀を景気よく振ってレインに向ける。
勝手過ぎますと腹を立てながらやっと自分を見てくれたとレインは安堵するのであった。
二人の戦いを真剣に見学するケインズ、特に剣術のアキトに注視して得る物を求める。
リーチ差の不利を覆す為に受けに回りしっかり攻撃を防ぎレインに隙を作り出す。そこまでは見て取れるがアキトの剣捌きを真似できるかと言われると答えはNOである。
アキトがケインズに見せつける為に一本を取ったところでケインズは大きく頷いて自分には模擬戦もまだ早いと素振りからだと立ち上がる。
「えー基礎練ですかぁ!?」
レインはがっくり肩を落とすが基礎こそ重要とアキトは話しケインズは細剣を手に突きの練習を始めるのであった。
ーーーーー
しばらくアキトは召喚士の悪魔の件で組合やレックス達を使い調べていたが動きは特に無くラーナフィーユとケインズの婚姻の儀の数日前になる。
(一ヶ月、早いものだな…あいつら元気してるかなー)
アキトは暢気に朝の準備を進めてレインから怒鳴られる。
「何ボーッとしてるんですか!帝都へ行きますよ!」
「なんでぇ?」
稽古は無しと聞いてまったりする気全開だったアキトは耳を摘まれて無理やり立たされる。
「婚姻の儀がぶっつけ本番な訳ないじゃないですか!ケインズさまも色々と準備が必要なんですよ!」
「成る程」
「成る程じゃないです!私達直々に護衛を頼まれたのですよ!?しゃんとして下さい!」
護衛とはまた物騒な、とアキトは笑うが騎士として形式的なものでもあると言われてすぐに準備すると謝る。
(お抱え騎士か…動き辛くなるが内部の腐敗を確認するには致し方無しか)
洗い立ての黒コートに暗器を仕込みながらアキトはこれからの事を考えるのであった。




