悪しき者
炭鉱の雑魚を狩るアキトとニーナ。
ノーム以外にもいる敵をしっかり退治しつつ小銭稼ぎも忘れないようにする。
「大した事ないですね」
ニーナは魔法を温存させつつアキトの戦闘を見守る。実際ノームやダンジョンワーム等の慣れた敵との戦闘にアキトは余裕の表情であった。
「ああ、思っていたよりは普通だ」
もう少しイレギュラーが起きてもおかしくはないと思っていたが何も起きずアキトも退屈な思いをしていた。
(雑魚は多いし早めに切り上げても問題は無さそうだな…)
ある程度荷物袋が重くなって帰還の二文字が頭に浮かぶ様になってからイレギュラーは起こる。
炭鉱の奥から何かの気配を感じ取りニーナがアキトへ危険を訴える。
「何か…来ます!」
何かとは?と疑問を口にするより前にアキトの目の前を冷気が通り過ぎハッとする。自分の一番苦手なソレが近寄って来ているのだと気付く。
姿形のハッキリしない浮遊霊がアキト達を見つけて奥から漏れ出てくる。
(コイツは!…早く帰れば良かった…)
後悔先に立たず。感じる悪寒に震えながら身構えるアキト。ニーナも思う所があるのか何か睨みつけるように洞窟の奥を見つめる。
「ニーナ!援護を!」
「はい!」
二人共逃げる事はせずじっくり身構えニーナは魔法でアキトのサポートを行う。攻撃が通じないアキトは悔しそうな顔をして突進してくる浮遊霊を回避する。
(霊体が出てくるなんて想定外だ、まさか死霊術師がこの先に居るとでもいうのか…?)
一旦魔法により撃退する事に成功したニーナはアキトを心配する。
「アキト、大丈夫ですか」
「大丈夫じゃないな…だから幽霊は苦手なんだ…」
手も足も出ない相手にアキトは苦々しい顔をする。冗談を言い合っている暇はないとアキトは撤退を指示するがニーナは拒否する。
「彼らは操られています。とても悲しい波動を放ってます。見捨てれません!」
「死霊術師が本当に奥にいるのか…ニーナ、俺は実体のない奴らに手が出せない。悪いが霊体の相手は頼むぞ」
「はい!」
二人は奥を目指すことになり進むに連れて苛烈になるゴーストの襲撃にアキトはなんとか耐えていた。
「アキト、なぜ幽霊が嫌いなのですか?」
「見ての通りだ。物理的に倒せない、だから苦手。嫌いかどうかは友好的かで変わる」
ニーナは少し残念そうに周囲を見渡す。
「ココに居る彼らは好き好んで人を襲ったりしないです。許してあげて下さい」
「そ、そうだな…」
ブルッと身震いするアキトなのであった。
ーーーーー
深部に到達すると儀式に使われるような釜が存在しアキトは顔を顰める。
「確か古代の中国かどっかの釜だったな…鼎っつんだっけか…」
「…古代中国?」
「こっちの話、儀式に使われてるのか…?」
ニーナは鼎に近付かないようにして周囲を確認する。
「誰も居ない…」
「じゃあぶっ壊して構わないな?」
アキトは乱暴に木刀で鼎を割って中身のドロドロとしたものを垂れ流しにする。
「何煮込んでたんだ…?ニーナ、大丈夫か?」
幽霊に何かしら影響があるならニーナにも何か起きてもおかしくないとアキトは警戒するように確認する。ニーナは口元を抑えてドロドロから出ている煙を吸わないようにし「大丈夫」と答える。
二人はその場を離れようとすると洞窟の奥の壁が揺れたような気がしてアキトがピタッと足を止める。
「どうしたの?」
アキトは無言で一点を見つめて素早く懐から投げナイフを抜き出し壁に投げつける。
「ギャーッ」
何者かの悲鳴が上がりアキトは真剣な表情のまま幻影の壁に触れて更に奥へ入る。奥は工房になっていてナイフが深々と肩に刺さり床に転がる男がいた。
「あんた、死霊術師だな」
「ひ、ひぃ!な、何しやがるんだ!」
アキトは倒れる男の前で屈んで男の額をツンツンする。
「お尋ね者なんだから何しやがるも何もないだろう?」
「くっ、中央の犬共め」
「別に依頼を受けてるだけだ、犬じゃない」
アキトは男を後ろ手に縛り幻影の壁から出る。ニーナが男の顔を見て何かを思い出したかのように「あっ」と口にする。
「思い出した。私を呼び覚ました男!」
「な、なんだ!?何のようだ!」
「皆を操る悪い奴!悪い奴!」
杖でポカッと叩いて更に痛い思いをする死霊術師は苦々しい顔をして全ては死者蘇生の研究の為と危険な香りのする研究の事を口にする。
「霊体など搾り滓…」
「まだ叩かれ足りない?」
杖を構えるニーナにアキトはストップをかける。
「コイツの処遇は冒険者組合と中央が決めるだろうよ、今これ以上攻撃しても怒られるだけだぞ」
ニーナは悔しそうに操られた同胞の仇と杖を握りしめて何時でも叩ける位置につく。
アキトも死霊術師を逃さないように縛った紐を引く。
ーーーーー
何とか捕縛した死霊術師を連れてヒスィの街まで帰還したアキトは門番に事情を話して引き渡すことに成功する。
「中央からの依頼か、承った」
今更なぜ中央から逃げたのかは聞けないが怪しい研究をしていたのは事実であり、アキトはこうなる事は必然であると割り切る事にするのであった。
酒場に行きノーム退治の精算と死霊術師についての報告を済ませる。
「お疲れ様、ノーム以外にも一杯退治してもらったみたいだね。精算するからちょっと待っててね」
ニーナはちゃんと仕事出来たのかなとアキトに尋ねる。アキトは勿論と死霊術師捕縛まで上手くいくとはと追加の報酬も期待していいぞと今日はご馳走だと笑う。
受付嬢が戻ってきて死霊術師の件も一緒に精算した報酬を小袋に入れて持ってくる。
「はい、報酬と領収証。一応中身確認してね」
領収証と照らし合わせて中身に間違いがないことを確認したアキトは問題なしと報酬を半分にニーナに手渡す。
実質初の給金にニーナは小躍りして何食べようかなと涎を垂らすのであった。
夕食は酒場から離れた食事処を選び郷土料理を楽しむ事にする。地味ではあるが歴史を感じる内容にアキトはこういうのも悪くないと考えるが味付けが薄かったのかニーナは不満が漏れていた。しかし、そんなニーナもデザートには負けて顔を綻ばせていた。
「甘ーい、美味しー」
「少しでも機嫌が収まって良かったよ」
「甘味だけで生きていこうかな」
それはそれで健康被害が出そうだとアキトは苦笑いしてしまう。
(死者の蘇生か…ニーナはまるで生者のように振る舞っているがこれも奴の研究の成果なのか?)
「…?」
アキトはふと死霊術師の研究について思い返し目の前にその成果物がいるのかもしれないと考えて少し身震いする。
「寒い?風邪ひいた?」
ニーナの心配の言葉にアキトは軽く笑う。
「はは、幽霊はもういないのにな」
「皆アキトに感謝してるよ?ありがとうって」
「まるで今も近くに居るみたいな言い方やめて!?」
ニーナはどうでしょうとアキトを茶化すようにクスッと笑いアキトは悪寒が走ると周囲を見渡して怯えるのであった。
ーーーーー
宿に戻りアキトはベッドで大の字になる。
「中央での仕事が無いなら中央に直接行くのもありか…」
「中央ってどんな場所なんですか?」
「知らん、俺も行ったことないんだ。というか火の国以外は知らない」
アキトの言葉に食道楽としてニーナは興味を示す。
「じゃあご飯もきっと新鮮な感覚で味わえるんですよね!?デザートどんなのがあるかなぁー」
「行くか?中央」
アキトは軽い感覚で中央へ行くことを提案しニーナは他の国も見てみたいと大はしゃぎする。
路銀には余裕があるとアキトは微笑み火の国から中央に向けて旅する事を決めてニーナもそれに付き従う事を決めるのであった。




