予感
翌朝、レックスから出発前に稽古を付けて欲しいと懇願されてアキトはまだ眠いのにと猫背になりながら酒場を出て稽古の相手をする事にする。
レックスも稽古用の木剣を手にしてアキトはわざわざ用意したのかと笑う。
観戦しているアリスが小声で答える。
「あなたの木刀に憧れて御守りに…」
「かさ張るからやめとけって伝えとけ」
一応責任を感じてツッコミを入れておくアキトだった。
二人が構えを取ったのを見て女子達がレックスに黄色い声援を送る。
アキトは遠慮はいらないと攻め方を考えてウズウズしているレックスに全部試せと挑発するように手を招く。
「では!行きます!」
わざわざ宣言してからレックスは斬り上げるような動作で下から攻める。
アキトは木刀を軽く振り下ろす形で迎え撃ってぶつかり合う良い音が響きレックスは腕が痺れたようで顔を歪める。
隙の出来たレックスの胴にアキトは膝を軽く当てて「一本」と宣言する。
「肉薄するなら格闘術も覚えとけ、多少泥臭くても一撃当てろ」
「は、はい!」
レックスは深呼吸を行いまた気合いを入れる。
攻撃を行う度に「はぁ!」「せい!」と声を上げてタイミングがバレバレな事にアキトは分かりやすいと相手の切っ先の動きに合わせてガードを行う。
中々攻撃が当たらない事に女子達ももどかしそうに体を揺らしていてアキトは仕方なさそうにレックスに指摘を入れる。
「少し攻撃の筋がバレバレだ…タイミングが分かりやすい。ちょっと技を使ってみろ」
「技…えっとスキルですか?」
「ああ、怪我は気にしなくていいぞ」
胸を借りる思いでレックスは以前見せたものとは違う剣術スキルを放つ。
「Xラッシュ!」
バツの字に剣撃を飛ばす技を見せてアキトは遠距離技に意表を突かれ「おっと」と一撃目を相殺するように剣を振り下ろすが二発目が飛んできて衝撃を体に受けて軽く後ろに飛ばされる。
(痛っ、そうか文字通りラッシュか…スラッシュじゃないのか…)
一本やっと取れてレックスは喜び女子達も歓喜していてアキトは心配されない事に微妙な顔をするがまあいいかとコートの土埃を払って立ち上がる。
木剣だから切断されなかったのかと一応ダメージを確認して問題なさそうだと目もバッチリ醒める一撃だったと褒める。
「オッサン!負け惜しみかー!」
シシーのヤジにアキトはわざとらしく「その通り」と笑って答える。
レックスはここで怪我は無いかと心配されるが大丈夫だとアキトは答えてそろそろ出発するかと提案し5人揃って帝都へ向かって村を発つ事とするのであった。
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歩きで向かうということで水と食料を持って女子が和気あいあいと先導する後ろでアキトとレックスは会話をする。
「さてと、レックスには一応忠告しとこうかな」
「忠告?」
昨日感じた皇女の違和感をアキトは説明する事にする。
「皇女様が視察だのと言って城下を出てその馬車が襲われました。どう思う?」
「どうって…偶然じゃ…」
あまり深く考えていなかったのかレックスは足取りが遅くなる。
アキトはその背中を軽く叩いて悩みに対して答えを話す。
「馬車の造形にもよるが護衛が普通ならいる。それが分かれば賊は手なんか出さない。モンスターだって護衛が処理出来るはずだ」
「そ、それは…確かに…」
その言葉に護衛もロクにいない状況だったとアキトは察して小声で「暗殺」と嫌な予感を仄めかす。
レックスは否定しようとするが確かにと唸って前方の皇女に不安そうな視線を送ってしまう。
「おーい、遅いぞー!」
女子達は足取りの遅い男二人を叱り追い付けるように二人は駆け足になる。
「いいか、帝都に着いても油断するな?」
「そうですね。気をつけます」
たまたま居合わせて助ける事になってしまったレックスはその責務と運命に決意と使命感を覚えてキリッと表情を引き締めるのであった。
道中出てくる小物のモンスターを退治しながらアキトは皇女が魔法の心得を持っている事を不思議そうに尋ねる。
「皇女はどこで魔法を?」
「城の図書館で学びました。神聖なもの神秘的なものに興味が惹かれまして…」
城では箱入り娘で外を学ぶには本しか無かったと寂しそうに語りようやく外でのお役目を貰ったのにこのザマと苦笑いする。
女子達はでもそれが役に立っていると話し、シシーはその蔵書に興味を示していた。
肩を落としていた皇女はその物事すべてを「運」で語りアキトは同情しつつ難しい表情をする。
「運が無かった…か…」
「そう、運…私には足りないモノです。護衛も死なせてしまい私はその御遺族に顔向け出来ません」
確かに産まれによる立場は運で決まる。個人の立ち回りも周囲の行動次第で損得が変わり存在が不利益になっているなら運が無かったと言わざるおえない。
ラーナは気丈に振る舞っているが本当は全て理解しているんじゃないだろうかと思わせる程に底が見えない言動をする。
「オッサン!ラナが落ち込んじゃったじゃない!」
「深入り良くないよ?」
アキトはしんみりさせるなと女子から注意を受けてしまい素直に謝る事にする。
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日が傾きまだ帝都の明かりは見えず野営するかとなりアキトは見張り番を買って出る。
焚き火を囲み皆が寝静まる中でアキトは旅行鞄と語り合う。
「どう思う?世界の命運と関係あると思うか?」
皇女の生死、家庭環境に首を突っ込む事を神鳴に尋ねる。
こっちの神鳴もハッピーエンド至上主義、当然生存させるべきと大きく頷いてアキトは乗り掛かった船だと最善の手を考える事にする。
(さて、上手く処理出来たとしてレックス達に任せるのは…)
助けたのは彼らだし若くて不安が残るが細かい所は任せるかと力仕事以外は丸投げの姿勢を取るアキトに旅行鞄は呆れてゲシゲシとツッコミを入れるのであった。
(な、なんだよ?俺は一人旅の方が気楽だし子守りなんて本来は役目じゃないだろぉ?!)
そう囁くアキトに旅行鞄はもう知らんと消えてしまいパキパキと焚き火の音が虚しく響くのであった。
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翌日、こっくりこっくりと船を漕ぐアキトの肩をアリスが叩きハッとする。
寝ずの番をするつもりだったがいつの間にか座ったまま眠ってしまっていたのかと自分の不甲斐なさに顔をパチンと叩く。
「代わりはした」
狩人のアリスは問題ないと言うが大人としてのメンツが潰されて悔しそうに唸るアキト、他の面々はまだすやすやとしていてアキトは少しだけホッとしながら道具袋の中から小指サイズのベリーを取り出して一つ齧る。
「う、酸っぱい!こりゃ目が覚める」
アリスにも一つ投げ渡し全員を起こして食べさせる事にする。
全員口を窄めて酸っぱいと同じ反応をする。「おかわりはいるか?」とアキトは嗤うが誰も欲しがらず少ない朝食だが帝都まで後少しと元気付けて行軍を再開する。
一時間程歩くと堀が見えて来て帝都の領域に入った事を実感し全員少し緊張の糸が解かれる。
「そうだ、香草採取してくか?50束で銀貨10枚」
「安っ!」
周囲の草むらをアキトは指差してアルバイト感覚で自分のやっていた仕事を話すが当然の反応をされて笑って返す。
「石鹸の香料の材料になるんだぜ?しかも石鹸は結構割高」
銀貨10枚という報酬では買えないと道具袋の中から箱に入ったその石鹸を見せつける。
「それ詐欺じゃないの?」
「だよなぁ!ヒデェ仕事だぜ!…あ、大衆浴場あるし城に姫様送り届ける前に皆身体を洗ってくか?」
何気なく長旅で風呂なんて入ってないだろと茶化す。
全員お風呂と聞いて少し惚けるがすぐに下心あると謂れのないイチャモンが飛んできて全員からアキトはもみくちゃにされるのであった。




