二兎を追う
ランタンで周囲を照らしながら畑の巡回を始めるアキト、何を食べられているのかと聞いておけば良かったと思う程に色んな野菜が栽培されていて注意深く農地と周囲の環境を確認する。
(一応農地は柵で囲われている…で、それらは壊された形跡はない。か…)
となると柵を潜るくらいのサイズの存在、やはり小動物かと音に注意しながら歩く。
夜の闇の中でお目当てのサイズの獣が簡単に見つかる訳ないなと半ば諦めようかと思い始めた頃、耳にカリカリと根野菜を齧るような音が聞こえてきてアキトはハッとする。
ランタンを揺らしながら走り人参に夢中な白い兎がいてアキトはこんなのに苦労しているのかと肩を落として首根っこを押さえようと手を伸ばす。
ゾワッと死神の鎌が首に掛けられた様なプレッシャーを感じ兎がキラッと光った様に感じアキトは素早く手を引いて身構える。
兎は鋭い前歯と長い爪を構えて飛び掛かってくる。
「コイツ!首切り兎かっ!」
こんな平和な農地に危険な生物がと驚く間もなく名前の通り首を狙ってきてアキトは木刀で何とか防御と迎撃する。
敵も直撃を避ける程には力量があり地面に上手に着地して地団駄を踏んでプゥプゥと不機嫌そうに無く。
「コノヤロォ…可愛い見た目で騙しやがって…!」
油断した自分が悪いのだが何とかして捕まえないといけない使命があるとアキトも本気で戦う覚悟を見せる。すると兎は後ろ足で立って鼻をひくつかせて首を軽く傾けて挑発する。
動物に駆け引きで負けているアキトは軽く咳払いして冷静になり一瞬だけ殺気を消して不意打ちするように素早く兎の頭部を殴り一匹倒す。
(やれやれ、このままだと死人が出るぞ…)
倒した兎を掴み上げて一旦持ち帰ろうとするが仲間の仇討ちと地面を蹴って兎が集まってくる音がしてアキトは慌てて木刀を構える。
不満や怒りを伝えてくる地団駄、その数の多さにどんだけデカい巣があるんだとアキトは無理に戦えば怪我じゃ済まないと理解して投擲で牽制を行い下がりながら何匹か撃ち抜くが二匹、歴戦個体と言うべきか華麗に手裏剣を回避し左右にステップを踏んで接近してくる。
(この量なら巣穴もある、怪我を負わせて案内してもらうか)
何とか一匹は手傷を負わせて撤退させるように立ち回る事にするが苛烈な攻めっ気に苦戦を強いられる。
闇夜、火事を避ける為にもランタンの火を庇う必要、そして相手がそれなりの死線を掻い潜っている予感にアキトも必死である。
敵の速度の早さに合わせて自身も時間操作で加速する。
ランタンを地面に置いて二匹の兎の攻撃を身を捻り、屈み、反らしとことん回避する。
「そこだっ!」
アキトが二匹の足を投擲で撃ち抜いて二匹は蹌踉めきながら逃げていく。
血の跡が見えて作戦は成功とアキトは「ヨシッ」と小さくガッツポーズを取り報告へ戻ることにする。
アキトが持ち込んだモンスターの死体を見てたかだか兎と報告を受けた酒場の店主と農場の主達だったがアキトは兎の鋭いナイフのような鋭利な前歯と不必要な程に長い爪を見て目を丸くする。
「こ、これは…兎…なんですかね?」
「野ウサギにしては…エラく殺意のある…」
ざわざわと困惑が広まりアキトは呆れながら説明する。
「首切り兎、ボーパルバニーっていうモンスターだな。下手に近付かなくて良かったな。死人が出るぞ」
首を掻き切るように指でスパッとジェスチャーして農家の人々は震え上がる。
しかし酒場の店主はアキトが獲物を狩ってきた事に安堵する。
「君が相手して倒したのだろう?ならもう安心だな?」
「いや、群れてた。巣があるかもしれないと思ってな、手傷を負わせた。明日追撃する」
まだこの危険生物がいるのかとさっさと討伐してくれと懇願されるが夜は不利だと伝えると皆逃げる様に酒場を後にしてしっかり戸締まりをする。
ポカンとしていたアキトは残った店主に確認を取る。
「今まで犠牲者とか出たか?」
「いや、モンスターには勝てないと怯えて夜は外出は控えていて…」
「そうか、明日朝俺が様子を確認するまで入らないようにしてくれ」
戦闘の後で何かあるかもしれないのでと農作業はアキトの確認が終わってからとなるのであった。
ーーーーー
翌朝、朝日が出るのと同時に畑の様子を確認しに行く。
戦闘をした周囲には倒した首切り兎が何体か残っていて回収し土に埋める事にする。
(まぁ虫が湧いて農作物に被害出ても困るしな…さてと血の跡は…)
柵の方まで続く跡を見つけて逃げた兎を追う。
「二兎を追う者は一兎をも得ず…とは言うが同じ場所に逃げたのなら話は別だよな」
巣穴がぽっかりと開いた場所を見つけてアキトは近くを掘って回収した死体を埋める。
どうやって巣穴の中の敵を一掃するかと巣穴に背を向けて思案していると殺気が向こうからやってきてアキトは思わずニヤリとする。
「我ながらあくどいよな?同胞の遺体使うなんてさ」
昨日の生き残りの一匹がアキトに飛び掛かりアキトは容赦無く迎撃する。夜の暗さがなければこんな物と得意気に笑う。
集まると厄介な敵だが会話が出来ない以上は仕方の無い事だと割り切り巣穴の上を蹴って穴を埋める。出入り口は一つじゃないだろうとアキトは踏み固めるように足で地面を蹴り挑発する様に存在を地下へアピールする。
「誘いに乗ってきてくれるならそれで御の…」
ピョンピョンとあちこちで兎が跳ねて顔を覗かせて牙とも言える前歯を見せつけてくる。
思ってたより居る。巣穴もある。一人じゃ厳しい。そうアキトは悟る。
「ぬおおおぉああー!」
次々と飛び掛かってくる首切り兎にアキトは必死に抵抗する。二兎どころか十匹程から追われるように柵まで逃げ延びる。
柵を越えると兎達の猛進は止まり立ち上がって鼻をヒクヒクさせる。
「土の中にはまだまだいるってか…天敵はいないし餌もある…そりゃ兎も増えるってか?」
精霊使っていいか?と鞄に尋ねるが欠伸を返されて協力はしないと言われた気がした。
朝は柵を越えてこないと分かった所で夜に穴を掘ってでも好物の人参や他の野菜を荒らしにくるとアキトは頭を痛める。
野焼きでもして追い出したい気持ちだがどうにもならないと一度店主に報告する事にするのであった。
報告を聞いた店主は腕組みして難しそうに唸る。
「ソレだけの量が地下にまだいるのか、危険極まりないな…」
「兎の習性は残っているが本質は狩人なモンスター、壁を地に埋めても掘ってくるだろうな…」
長い爪と鋭い牙さえあれば例え柵を強化し用意した壁も数日で突破されると話し合い正式に討伐の依頼を出した方が良いなとアキトは説明するがそんな予算はないと真剣に答えられて釣られてアキトも険しい顔になる。
「となると…用意してもらいたいものがある」
「な、何を?」
「油、古いものでも構わない。火が付くなら」
巣に流し込んで根絶やしにする。と中々に無茶苦茶な発想を語り燃え広がって柵に到達したらそっちで鎮火しろとまた無茶苦茶な要求もする。
「可能な限りそんな事態にはしない、万が一に備えてくれってことだ」
店主は分かったと言って村の全員に作戦の通達に行く。
丁度それと入れ替わりで旅の冒険者達が酒場に入ってくる。
「疲れたー、早く部屋に荷物下ろしちゃおう?」
「シシー、だらしのない事を仰らないで下さい」
聞き覚えのある声と知らない声がしてアキトは微妙な顔をしながら振り返る。
鉱山街で別れて二度と会うことは無いと思っていたレックス一行に新たなメンバーの高貴そうな女性が加わっていた。
彼らはアキトが疲れた顔をしているのを見つけて驚きつつ茶化しに来る。
「うわ、オッサン!まだレベル1だよ!」
「アキトさん!生きてたんですか!?」
新入り以外はアキトを笑い者にして一人首を傾げていた。
アキトは相手するのも面倒だと「仕事中」と少しぶっきらぼうに若者を扱い今回の仕事には関わらせないようにするが前回の恩義があるとレックスが「任せて下さい」と首を突っ込んでくる。
「相手は首切り兎、一撃でおっ死ぬぞ?」
首を掻っ切る動作で強敵と伝えると流石にビビったのか見学だけしますと苦笑いされるのだった。




