水に流したい
雑貨店の並ぶ大通りの一角、アキトは腰に括れるサイズの丈夫そうな革袋を購入しそこに詰めれそうな物を物色する。
(洗剤はないよな…じゃあ水洗い?んなわけないよな)
キョロキョロと見渡していると『大衆浴場のお供』と看板が出ていてアキトは関心を寄せる。
(テルマエなんちゃらってやつか?古代ローマか!?)
ツッコミしつつも石鹸が手に入るかもと店を覗く。
ゴワゴワの身体を磨くヘチマタワシ、そしてお目当ての石鹸を見つけて「おっ」と確認してみる。
(緑色だな、何か練り込んで…ってコレは!)
石鹸のポップアップに今朝採取していた香草が花の咲いたデザインで描かれていてアキトは目を丸くする。
食べる為のスパイスではなくこういう使い方なのかと鞄に無理矢理食べさせた事を悪かったと反省しながら購入する。
店主には洗濯にも使えるのかと確認して使い方は多岐に渡るとオススメされて複数買ってくかとアキトは安くない価格に白目になりながらも購入する。
(素材は二束三文なのに加工品は割高かよ!ひでー搾取だ!)
銀貨10枚なのは納得いかんと憤慨しながらも大衆浴場は後日にして次は寝間着を探そうと店を後にするのであった。
比較的温暖な季節だが夜はまだ冷え込む春前の空気感の帝都、それに合わせて春物の物を買おうと確認する。
(石油製品のポリエステルとか無いだろうし素材はウールやシルク、木綿ってところか…地球じゃ高級品になりそうだな。暖かくなりそうなウールかなぁ…)
季節を無視して今快適な素材を選ぶお馬鹿な思考をする。無地で厚手の生地の寝間着を手に取り値段を見て金貨2枚と悩む所だが無いよりあった方がと購入する意を決する。
外に出て早速今の服を洗濯しようと考えてふと気付く。水は貴重なのではないか?
大衆浴場があるとなると水道は間違いなくあるだろうし堀もあるが綺麗な水は難しいのではないかと。
(手に入っても石鹸を使った水は下手に捨てられないな…)
宿に戻るまで一生懸命考えて部屋を借りて戻りベッドの上で胡座をかいて首を捻る。
いっそのこと神鳴に頼んで服を異世界にいる嫁に頼んで洗ってもらうのも手であると鞄を呼び出し相談してみる。
「コートは天日干しするとして…下着と服は交換させてくれないか?」
臭っと鞄に露骨な反応されて気落ちするが環境整うまでと拝み倒され鞄を通して異世界交流となる。
暫くして換えの衣服と共にメッセージが入っていて家族や仲間達から心配の言葉や散々な罵倒が書かれていた。
『ちゃんと食事取ってますか?』と言う最初の妻の見慣れた字に『臭い、汚い』と罵る神鳴の文字だの『早く帰ってこーい』といつもの催促と『薬を密輸した』と書かれていて試験管が一本、中には治療薬が入っていた。
(高速移動薬の方がありがたかったが…コレはコレで便利だからな)
インチキ性能しているエリクサーだったり万能薬とも言える薬にアキトは感謝しながらしかし自分には無用の長物だと苦笑いしつつコートに仕込む。
特にやる事も無く着替えて天井を見つめて何か情報を探る方法を模索する。
(さて、組合は頼りになりそうにないし酒場も眉唾物の話しか無いし…帝都に来れば何かきな臭い情報が入るかなと思ったが)
収穫は梨の礫、勝手な事も出来ないしと組合に情報が入るのを待つしかないかと大の字になる。
(とはいえ頭の下らない数字のせいで信用ゼロ、こういう時は…街の騒ぎに首を突っ込むか…突っ込まれるか…)
前日のチンピラ紛いな冒険者を思い返してもう一度白昼堂々喧嘩するか?と傍迷惑な作戦を考える。
釣られてくれる相手はもう居なそうと朝のリーダーの様子を思い返し寝返りを打つ。
外を探索して怪物退治、情報も無いのに闇雲に探しても仕方無し。
街中の警邏、逆に怪しいし名前を売るには地味過ぎる。
別の地区に移動する、現実的だが有益な情報は減りそう。
(というか毎回イジられるの疲れたし嫌だな。とりあえず明日、明後日採取で働いて何も起きないようなら場所移すか。組合から紹介されれば少しはマシだろう…左遷にしか見えねぇな)
頭を掻いて呪いと言われた数字が憎いとアキトは惨めさで枕を濡らすのであった。
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そして明後日、結局小物の徘徊モンスターの討伐報告だけで収穫も進展も無くアキトは流転するかと組合に報告に戻る。
仕事も三日目で慣れたもので昼前に報告して紹介状を書いてもらい帝都から少し離れた農村で畑荒らしの報告があると任務を貰う。
「猪か何かか?」
「詳細は不明ですが農作物が減れば帝都の作物の物価も上がって市民が苦しみます。調査、可能なら討伐して下さい」
結局レベルは上がっていないアキトを多少の心配をしてくれる受付嬢に問題ないと村までの簡単な地図を貰う。
(げぇ、方角は王都側か…ドラゴン夫妻上手くやってるだろうか…俺指名手配されてたらどうしよ…)
そうなってたらとっくに帝都にも報せが入ってるかと苦々しい顔をする。受付嬢から「むりしなくても…」と微妙な表情をされアキトは仕事自体は余裕だなと笑って誤魔化して軽食と水筒を購入して出発する。
任務の村までの馬車はあるかと厩舎で確認すると金を出すなら出してやると少年の御者が名乗り出てアキトは金貨数枚渡す。
「へへっ、毎度。夜までには着きますぜ」
ハンチング帽をしっかりと被り直して灰毛の馬を連れてきて小さな荷車を用意してアキトに乗れと指示する。
「こりゃ荷車じゃないか」
「だってオイラの専門は野菜なんかの食料専門ですから!」
また尻が痛くなるのかと顔を引き攣らせ夜まで数時間の我慢だと自分に言い聞かせ仕方なく乗り込む。
「飛ばすぜ旦那ァ!」
馬が景気よく嘶いて乱暴に速度が上がっていく。荷車はガタガタと音を立てて揺れてアキトは乗ったことを後悔する。
(クッソ、こんなことなら高速移動薬を注文するんだった!)
引き笑いが特有の便利な薬師の妻の一人の顔を思い返す。元の世界に戻ったら旅に出ている子供たちの分もちゃんと家族サービスしないとなとケツを痛めながら思うのであった。
予定通り日が落ちる少し前に目的の村について御者は鼻を高くして「どんなもんだい」と得意気に馬を褒める。
「速度は素晴らしいな…荷物は労れ…」
「おいおい!労って傷んだら意味ないだろー?!」
それはそうだが半日で駄目になるものかと腰にてを当てながら空笑いして酒場へ向かう。
宿は酒場の上にあると説明を受けて持って来た軽食を取るがウチのも食えと店主が気を利かせて村で取れた野菜の煮物も出してくれてアキトは感謝していただく。
「野菜の旨味甘味がしっかり生かされた味!これを荒らすなんて許せんな!」
「だろう?じゃあ今夜見張りよろしく」
ランタンをドカッとテーブルに置かれてアキトは「えっ?」と間の抜けた声を漏らす。
店主がターゲットは夜に現れて盗み食いすると説明してきてランタン一つで何とか出来るのかとアキトは不安になる。
「そこがアンチャンの仕事だろうが!」
「…そ、そうだな…ははは」
「犯人は殺してもいいが後学の為にも形は残してくれると助かる」
アキトは木刀を見せてそこは大丈夫とターゲットをミンチにする事は無いと伝える。
さっさと食事を済ませて畑の場所まで案内してもらい早速見張り番をする事になる。
一人になってからランタンの心許無い灯りだけになり少し身震いする。
自分が一番苦手な幽霊が犯人なのではないかと頭の中に滅多に感じない『恐怖』の二文字が浮かぶ。
「幽霊が野菜を食うか?食わない!犯人は野生の猪や狸に違いない!」
そう自分に言い聞かせて見回りを開始するのであった。




