道草を食う
窓から差し込む眩しい朝日の光を煩わしく思いながら目を覚まし大きく伸びをしてアキトは目を覚ます。
お目当ての香草がどれだけあるのか勝手が分からないので早めに出発しようと用意されている備え付けの濡れタオルで顔と寝汗を拭き取りコートに袖を通してピシッと決める。
(流石にこの格好のままは…臭うな、寝間着と洗濯はしたいかな…仕事終わったら見繕うか。衣類の消臭スプレー欲しいな)
今日は帰ってきたら生活の質は上げておこうと思い立ち部屋を出る。
朝食はガーリックバターの香りがほのかに香るラスクとコーンスープ。少々物足りないが中々の味で流石冒険者に評判が良いだけはあると感心する。
これなら情報の武器屋も期待出来ると気になるが任務が先だと食事を手早く済ませて宿を出る。
宿を出ると昨日の襲撃してきた男達がボス格を引き連れて待ち構えていた。
アキトは呆れた顔をして昨日の顔面殴打の怪我を負ったままの男に心配の声を掛ける。
「大丈夫か?まだ腫れて痛むか?」
恨めしそうに睨む舎弟に拳骨を入れるリーダーの細身だが引き締まった肉体が見て取れる青年はアキトに頭を下げる。
「ウチのパーティメンバーがとんだ迷惑を掛けた。この通りだ。許してやってほしい」
喧嘩のつもりだったらこんな朝っぱらから大通りで喧嘩するつもりは無いと断るつもりだったが最初の一言が謝罪で呆気にとられる。
冒険者としての面子もあるとアキトは理解してこっちもやり過ぎたと謝る。
「こっちもちょっと手荒に返してしまった。悪かった」
同じ冒険者として恥ずべき強盗行為と何度も頭を下げられそのまま去っていきアキトは苦笑いして見送るが何かありそうだと内心警戒は続けて依頼書を再確認しながら帝都を出発する。
外堀の更に外側の草原に群生している天然物の香草、採取するだけの雑用で銀貨10枚というその日暮らしも無理そうな報酬でなんの為の任務なんだと草原を前にしてアキトは愚痴りながら草むしりの体勢に入る。
(えーっと葉っぱは…ギザってて…あー、花はまだだな…)
根っこも必要なのかとアキトは面倒臭いなと旅行鞄を呼び出す。
呼び出されて何用かとプンスカするように左右に跳ねるが採取した根に泥のついたよく分からない植物を押し付けられてドン引きされる。
「何だよ?手が塞がるから吸ってくれよ?」
ツッコミするような鞄からの体当たりを受けてアキトは地面と熱烈なキスをさせられて呻きながら身体を起こす。
せめて泥はやめろとアピールするのでアキトは仕方ないと採取した草を振って手で払って出来るだけ綺麗にする。
「コレでいいか?」
アキトの手の草を睨みつけるように鞄の口を近付けて仕方なく取り入れる。
「道具も食ってくれるの助かるなー」
そんな便利な道具感覚で呼ぶなともう一回体当たりを食らう。
ちょっと甘くしたらすぐ調子に乗ると言いたげに監視の氷雨が呼ばれてアキトの背後に腕組みしながらプカプカと浮く。
「はいはい、仕事は真面目にやりますよー…っと」
丁寧に香草を確認しては引っこ抜いて泥を払うの繰り返しをする。
黙々と作業して十束程鞄に入れてからアキトは沈黙に耐えられなくなって鞄を振り返って尋ねる。
「なぁ、これ見てて楽しい?時短しない?」
コツンと氷の礫が飛んできて肩を落としながらアキトは作業に戻るのであった。
特にモンスターに襲撃される事もなく昼頃には目標の数に到達して腰に手を当てて労りながら帰るかと鞄を通して神鳴に呼び掛ける。
特に美味しくもないと集めた香草をペッと吐き出してアキトはそれを束ねて自分で持つ。
不服そうにゆらゆらしている鞄にアキトはニヤニヤする。
「美味いもの食いたいのか?俺が罰ゲームなのにエンジョイしてるのが許せないと?してないけどな?」
フンと氷雨を鞄に戻してパッと消えてアキトは鼻で笑いながら組合に帰る事にする。
神鳴を茶化せて気分がいいと鼻歌混じりに堀を越えて帝都に戻り買い物しようと皮算用を始める。
組合に入り素手で持って来た事に嫌悪されるが品と量は確かにと報酬の銀貨を渡される。
「あの…道具袋は持ったほうがいいですよ?」
受付嬢からの忠告を受けてアキトはこれから買うと笑って誤魔化し武器屋も見ようと店の位置を尋ねる。
裏通りの店を使うなんてと哀れみの目を向けられるが気にせず位置のメモを貰いアキトは感謝しながら次の仕事も受けようとする。
「…レベル上がってないですね…しばらく香草集めして下さい」
「おいおい!俺もいい歳、腰に来るって!モンスター退治とかないの?」
「帝都の近くに出没する危険なものはいませんからね…」
それにとレベルを気にされてアキトは文句を言う。
「俺には見えないが消せないのか?皆笑いやがる!」
受付嬢もプッと嘲笑ってイラッとするがクスクスと謝られながら呪文で消えると言われて受付嬢に言われた通りアキトは恥を捨てて言ってみる。
「ステータスオフ!」
「消えてないですね、ププっ」
「何でだよっ!?」
逆にオープンしても見えないのでアキトは不便しかないと自分の無意味なステータス表記にブチ切れる。
ルールの理の外と理解したが解せぬと不満顔になる。
「呪いですかね?レベル上がらないのも?」
「言っとくがレベルは1でも各能力1でも俺はそこらのヤツらには負けないからな?…まぁ仕事無いなら暫くは採取するよ。何かヤバそうなの入ったら頼む」
明日も香草取ってくると二束三文にしかならない仕事を暫くやることにして装備と道具を買い集める事にするのだった。
セラミ商店、まさかこんなファンタジー世界にセラミックはないだろとアキトは考えながら薄暗い路地を進み店の前に到着して入店する。
鉄の臭いが鼻に付く店内、立派な髭の爺さんが片眼鏡をクイッとさせてアキトを見つめて鼻で笑う。
またレベル差別かとアキトは呆れるが爺さんは店の隅を指差す。
「お前さん、血と鉄の匂いが染み付いておる。欲しいのはそれじゃろ?」
「分かるのか?」
アキトは自分には見えない頭の上を指差して戯けてみせる。
「歳のせいか目が悪くなって鼻が利きましてな?」
店主は意に介さず自分の鼻を指差す。
勧められたのは刀剣だったがアキトは投げる動作を見せると「ほう」と感心した様子で店の奥へ入っていく。
(へぇ、数字に惑わされず俺の得意な武器を…あ、でも木刀で分かるか)
目が悪くても流石に自分の今の装備から簡単にバレると苦笑いする。店主は布で丁寧に包まれた投擲武器を並べて見せる。
どれも手入れの行き届いて錆止めも塗られた苦無や手裏剣が見えて感嘆の声を漏らす。
自分の買っていたものも手入れしてもらいたいと思う程の匠に常連になりたいものだと即購入を決める。
「まいど、刀はいいんですかな?」
「ああ、浮気すると怒るのがいるもんでな」
長い付き合いの相棒と小指を立てて氷雨の刀の事を伝えると店主はその様子を面白がって笑う。
「武器を女に例えてそれに好かれてるとはこりゃ愉快、武器が人を選ぶだなんてお前さん英雄と聖剣か何かか?フォフォ、それなら主になる武器は不要じゃな」
一応精霊が宿りそうな武器が無いかだけ見渡すも新造の武器ばかりでアキトは不思議そうに店主に質問する。
「この武器達は爺さんが鍛冶…してる訳じゃないよな?」
「息子と孫が親子で鍛冶をしておりましてな?色々な国の武器を学んで作っておるんじゃよ」
新造で年季は入ってないと思っていたが「丈夫で良い鍛冶だ」とアキトは褒めて店を出る。
さっさと他の道具袋と着替えや洗濯道具を買おうと大通りに向かうのであった。




