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飢えた、飯屋…

(腹が…減った…)


三十路も半ばに差し掛かった黒コートを着た男はポカンと口を開けて疲れた顔をして踏み(なら)された広大な草原を両断する道をトボトボと歩いていた。

彼の名はアキト、本名は別だが(ゆえ)有ってそう名乗っている。

彼と縁深き神から与えられた力を全力で使った誓約により今立っている緑豊かな世界を『救う』という曖昧な命を受けていた。


彼は飢えていた。神の急な気紛れで飛ばされ人も居ない大地に落とされはや数時間、普段なら山盛りの大好物の自家製カレーを食べて午後の仕事に従事していたはずであった。


「外側の世界っぽいが…そもそも人が見当たらない!道はあるのに!いや、道か?!」


道の先を見ても家屋の痕跡すらなく未開の土地の獣道なのではないかと疑念を抱きそこら辺に何か食べれそうな果実でも無いのかと見渡す。


(駄目だ、膝丈くらいの雑草しか見えねぇ。そもそも季節感が分からん…秋ならイネ科の…)


完全にサバイバルな思考に陥っているアキトはジッと草原の草木を忌々しく睨みつけながら歩みを進める。

ガサッと近場の草が揺れてハッとする。


(肉!野ウサギか?!それとも蛇か?!焼いて食えそうならそれでいい!)


腰に(たずさ)えた愛刀に手を掛ける。ここで初めて気付く違和感。


(あれ?氷雨(ひさめ)さーん?)


腰にあったのは木刀、大事な相棒はキーホルダーに変化させているのかとコートを(まさぐ)る。


(無い!仕込み針も!投げナイフも!ドーピング薬も!?通信機の箱も!)


卑劣(ひれつ)(ののし)られそうな暗器の数々も没収されていてせめてナイフは残して欲しかったとこれから野生生物を(さば)く気満々だったアキトは肩を落とす。


(仕方ない、火起こしは木材あれば出来るし…殴り倒して丸焼きだな)


木刀を構え揺れた草を突付く。飛び出してきたのは不定形のスライム。

アキトは思わず眉間に皺を寄せてモンスターな相手というより食事にありつけなかった事に対して怒りを(あら)わにする。


「何だテメェ!俺に無駄に焼き肉の夢見させやがってこんちくしょう!」


スライムはぷるぷる震えてアキトの抗議に対して威嚇し返してくる。

こんな雑魚に舐められていると感じ来い来いと挑発して空腹感を強めたくないアキトはカウンターの構えをする。

スライムはバネの様に体を伸縮させて勢いよく跳ねて体当たりを仕掛けてくる。


「オラァ!」


若干の巻き舌気味に飛び掛かってきたスライムを木刀で真っ二つにして衣服に掛かった破片をはたき落とす。


「あー、ファンタジックな世界かぁ…明確な敵が居るってことでいいか」


無駄な時間と労力を使ってしまったとアキトは溜め息をついてトボトボと移動を再開する。

日が暮れる前には人の温かみを感じたいと思うアキトなのであった。


ーーーーー


アキトが城壁を見つけたのはそれから暫くして、木刀を杖代わりに使う程にコミカルな(やつ)れ方をしながら門番に近付く。

当然変な奴が現れたと簡素な鉄鎧の門番がアキトを止める。


「貴様、何用だ?」


アキトは警戒されている事を承知で演技で誤魔化そうとする。


「故郷を追われた旅人でして…見ての通り行き倒れ寸前で…何か仕事と食料を…」


食料は割と切実な問題で仕事も金が無いと何も出来ないとペコペコと頭を下げる。世界を救う前に自分を救わないといけないとアキトも必死であった。

門番は大きな溜め息をついて物乞いかと面倒臭そうに壁の内側と連絡を取る。

門番は厄介な客人を歓迎していない様子で気怠そうに門を指差す。


「入れ、内側で監視付きで冒険者組合へ案内してやる」


「ありがとうございます!(冒険者組合ぃ?あー、うん、そういうことね…)」


絶対にロクな世界じゃないと自分をこんな世界へ送り込んだ神へ内心愚痴るが届く訳もなく大人しく門の内側へ入る。

同じ量産型の鎧を纏った衛兵がアキトの顔を見て軽く舌打ちして「付いてこい」とぶっきらぼうに町の大通りを進む。

アキトは町を軽く観察して町人の身なりの良さとレンガで出来た家屋に割と歴史のありそうな世界なのかと考えていると「余所見(よそみ)するな」と注意を受ける。


(警戒心高いな…近隣諸国とトラブってる感じか?…とりあえず素直に従わないとな)


見渡すのをやめていそいそと衛兵について行く。

案内されたのは酒場を兼ねた冒険者組合の集会所らしく日も高い内から呑んだくれている荒くれ者が目に入る。

衛兵はアキトを呼びつけてカウンターの受付嬢と面合わせさせる。


「ついさっき到着した旅人だ。おい、身分証あるか?出身は?金は?」


アキトはハッとしながら自分の身分をどうするか考えていなかったと頭を押さえて一番都合のいい記憶喪失を装う。


「気付いたら草原で倒れてて…記憶も…この木刀くらいしか持ち合わせが無くて…」


「っけ、都合のいい頭してやがるな」


(ああ、俺もそう思う)


衛兵は最後まで警戒しっぱなしで受付嬢には簡素な飯ととびきり面倒な仕事を押し付けさっさと死んでもらおうと笑いながら去っていく。

アキトは小さく溜め息をついて受付嬢と仕事の話に入る。


「身分も分からない男だから仕方ないか…あ、本当に飯お願いできます?何分飲まず食わずで来たもので…支払いは仕事したら払います」


怪訝な顔をされるがポケットの中身が空っぽだとアピールすると酒場の方の店主がやって来てコップ一杯のミルクとカチカチのパンを渡して来てアキトは文句も言わずにガツガツと食べる。

その様子に荒くれ者達はゲラゲラ笑ってスキンヘッドの男が一人寄ってくる。


「おっさん、どこから来たんだ?腕相撲でオレに勝ったら次は酒とステーキ奢ってやろうか?」


「酒はいらないがステーキは食いたいな…」


アキトの言葉に他の客もゲラゲラ大笑いする。何が可笑しいのかと固いパンを食べ終えて一旦男を無視し仕事を決めようと受付嬢の方を向く。

仕事について受付嬢は難しい顔をして紹介出来るものが無いと意味深な事を言う。

アキトが首を(かし)げるとスキンヘッドの男に肩を掴まれる。


「レベル1のおっさんには何もやらせられる仕事がねぇんだよ!帰りな!」


「レベル?何言ってんだ?(…ああ、そういう?アホ臭いな、だが仕方ない)」


アキトは腕捲くりして男と腕相撲してやると挑発する。

男は青筋立ててアキトの態度が気に食わないと話に乗っかりドカッと相席について肘をテーブルに置いて掴んでみろと挑発仕返してくる。


「筋力1の癖に舐めやがって!」


「生憎そんな数字俺には見えなくてね…アンタは幾つなんだよ?」


「教えてやるよ!オレはレベル39で筋力は85だぜ!ビビったか?」


数字を傘にアキトを威圧してくる男、しかしアキトは何の脅威も感じられないと涼しい顔をしてガシッと腕相撲の姿勢に入る。

遠くでガヤが掛け声で開始の合図をする。男はそれと同時にグッと力を入れるがアキトは平然とその腕を返してしまう。


「バッ、バカな!?」


「ステーキ、奢ってくれるんだよな?」


周囲も騒然としてアキトの能力は偽装だの詐欺だのと騒ぐが男は負けは負けと一喝してアキトに酒とステーキを出すように店主に願う。


「いや、酒はいらない…コレから仕事…」


いいから飲めと言われるが酒は飲めないと断り男に差し出して仕事の話をする。


「衛兵が言ってた一番キツい仕事って何がある?」


「え?!…ええっと、西の山に出るドラゴン退治です」


「ドラゴンか、よしそれで行こう」


ステーキもそそくさと食べて依頼書を受け取り席を立つ。


「ぼ、木刀で行くんですか?!」


「ん?…あー」


アキトは服の中を確認してやっぱり武装が没収されていると思い出して頭を搔く。


「ナイフとか欲しいかもな…」


ドラゴン相手にナイフかよとゲラゲラ大笑いされてスキンヘッドの男が隣の男の肩を叩く。渋々取り出された安物のナイフをアキトに投げ渡す。


「さっさと死んでこいレベル1」


「サンキュー、スキンヘッド。帰ったらステーキ代返すわ」


「ぶっ殺すぞテメェ!さっさと消えろ!」


ハゲと言われて怒る知人を思い返して礼儀を守ったつもりだがキレられてそそくさとアキトは退散する。

残った呑んだくれ達は酔いが覚めたとアキトの向かった依頼の大変さを口々にする。


「確かあの依頼ってもう数ヶ月も攻略者のいない…」


「この国の悩みのタネ…近付かねぇ方が身のため…」


「くわばらくわばら…」


そんな事知りもしないアキトは腹6分目程で若干の物足りなさを感じつつ衛兵に依頼書を見せて嘲笑されながら城下町を出るのであった。

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