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高菜は知っている⑦

 お昼時の飲食店って、こんなに忙しいの?

「回転率の問題よ」

 お客さんの波が引いた午後二時半、水瀬と交代して休憩から戻って来た福子がレジ近くのカウンター席を拭きながら言う。

「……四回転半とか?」

「そうそうフィギュアスケート四回転半の王子様……じゃなくて」

 カウンターを拭き終えた福子は続いて、通りに面したカウンター席を拭き始める。

 えんの間取りは小料理屋のような間取りだ。出入り口を入ってすぐ目の前に、カウンター席がある。その中に店主が入り、料理を出す。通りに面した席には静かに料理を楽しみたい人の為にカウンターに背を向ける形で左右に二席ずつカウンター席が配置されている。

 出入り口から見て右側には四人掛けの席が二つ、左側は小上がりの畳席となっている。

 ツヤ子は小料理屋としてえんを始めたが、予想に反して人が来なかった。やむなく定食メニューとして家庭料理を出してみたら、近くの官公庁職員を中心にこれがヒットした。

 以来、小料理屋えんは定食屋に姿を変え、おにぎり屋として今日にいたる。

「オシャレなカフェだとランチセットを注文した奥様たちが二時間くらい、だらだらおしゃべりしているじゃない。その間にお客さんが来ても満席なら、よそに行っちゃうかもしれないじゃない」

「私はそうですね。並ぶくらいなら、他で食べます」

「でしょ。定食屋だと近所のサラリーマンが、昼休みにぱっと食べて帰らなきゃいけないから」

「そのサラリーマンの後にすぐ入れる」

 それが回転率かと、ひよりは新しい言葉を覚える。

「そうよ。それに今は何でも時短でしょ。おにぎりだとご飯食べながらスマホいじれるしね。本当はお行儀の悪いことだけど」

 福子がため息を吐く。

 それでお昼時はあんなに忙しかったのかと納得する。けれどとひよりが口を開くより早く、福子が続ける。

「お昼はがっつり食べたいって人には物足りないからね。リニューアルオープンだからって来てくれた常連さんもいたけど、今後も通ってくれるかは……」

 ひよりも福子と同じことを考えていたため、店内には沈黙が流れる。

 定食屋時代は三人で回していたものが、今は二人だ。そのうち、水瀬はおにぎり以外の料理が全くできない。そうなるとどうしても、以前のような定食屋を続けるのは難しい。店として続けるにはある程度の利益も必要だ。

「飲食店って難しいんですね」

「そうよ。開くことは誰にでもできるけど、継続して安定的な利益を出し続けるのが難しいのよ」

 カウンターを拭き終えた福子が、ぽんぽんと腰を叩いていると、カラカラと店の引き戸が開く。

「いらっしゃいませ」

 声をかけると、入って来た人物が軽く杖を挙げる。スラックスにジャケット、杖は茶色の革靴と同色だ。グレイヘアにはきちんと櫛が入れられており、オシャレな高齢男性だなと思ったところで手を止める。

「あーら、川添さん。その節はありがとうございました。おかげで、ひよりちゃんも元気にやっているわよ」

 近くにいた福子が、川添に代わって引き戸を閉める。

 やってきたのはひよりが住むアパートの大家である川添だ。先日挨拶に行ったときはグレーのセーターを着ていたが、今日の服装は外出用のようだ。そして足が悪いという話を裏付けるように杖を持っている。

 小上がりのテーブルを拭いていたひよりは川添と目が合うと会釈する。福子は気さくに話しかけるが、ひよりは川添を前にするとどうしても緊張してしまう。

「おにぎり食べてきます? 今日のおみおつけは、なめこですよ」

 福子に誘導され、川添がカウンター席に着く。持っていた杖は福子がエプロンから取り出したアイテムによって、傘のように収納される。

 アイテムを凝視していたひよりに気付いた福子が、得意げにアイテムを指さす。

「これね、杖立てくん一号。テーブルの端にセットすれば、なんということでしょう! 杖が収納できるのです」

 福子は胸を張り、ドヤ顔をしてみせる。

「ちなみに二号と三号はそこの引き出しの中にあるから。川添さんは何にする?」

 ひよりに杖立てくんの在処を教えた後、福子は川添にメニューを見せる。その間にひよりは川添に背を向け、お茶を淹れる。

「高菜だな」

「はい、高菜ね。おみおつけもすぐにお出ししますから」

 福子がおみおつけを取りに厨房に行くと、店内は静寂に包まれる。その静寂にいたたまれないひよりはカウンターを出て、川添の前にお茶を置く。

 川添が目礼してお茶を受け取っている間に、福子はお盆におみおつけとお新香を載せて戻ってくる。あとは川添の注文である高菜おにぎりを添えれば完璧だ。

 ショーケースから出された高菜のおにぎりに巻かれた海苔は、しっとりとしている。白いご飯の中には、高菜の漬物を刻んだものが入っている。ひよりはまだ食べたことがないが、一通り食べた福子曰く「高菜のシャキシャキ感、ほどよい塩気が絶妙」とのことだ。

「はい、お待たせしました。高菜のおにぎりとなめこのおみおつけです」

 福子が川添の前にお盆を置く。そのまま川添の相手をしそうな福子を残し、ひよりはカウンターの中に入って洗い物をする。川添と福子の世間話を聞きながら、福子が先日話していた内容を思い出す。

 川添の孫・琉斗は他人が握ったおにぎりは食べられないこと。それにも関わらず、川添は琉斗が食べると言っておにぎりをテイクアウトしていた。福子は川添が琉斗をだしに使って、自分で食べていたという推理を披露していた。

 あの時、何かが引っかかったんだけど何が引っかかったんだっけ。

「十三回忌か……。良子ちゃんが亡くなって、そんなになるのねぇ」

 福子がしんみりと遠い目をする。

 良子ちゃんって誰だ?

「私、琉斗くんっていうと良子ちゃんが握ったおにぎりを持っていた姿が浮かぶのよね」

「好き嫌いが激しい上に、食も細かったからな」

 あの琉斗くんがと聞き耳を立てる。

「それが今やイケメンに育ったじゃない。若いころの川添さんそっくりって噂よ」

「わしは琉斗ほどチャラチャラしとらんかった」

「川添さんは寡黙なのが魅力だったのよ。琉斗くんはママである良子ちゃんに似て、優しくていいじゃない。よく来てくれているんでしょ」

 琉斗の母は川添の亡くなった娘・良子かとひよりは登場人物を整理する。

 福子の言葉に、おみおつけを口にしていた川添はお椀と箸を置く。その表情はイケメンと言われていた時とは対照的に気落ちしたものになっている。当の福子はさして気にせず、あら何か言ったかしらという顔だ。

「高校入ってからこっちで生活している」

「あらー、いいじゃなー……ご飯用意してやらなきゃいけないから大変か」

 確かにと思ったひよりに反し、川添は首を振る。

「ばあさんが亡くなってから由美さん――息子の嫁――が、ほぼ毎日来てくれているし、一人増えたところでって嫌な顔もせずに食事の用意をしてくれているよ」

「いいお嫁さんねぇ」

 自身も同じ嫁という立場だからか、福子が深く頷く。

 引っかかっていた疑問に気付くとともに解決する。川添の近くに住んでいるのが息子夫婦、琉斗は娘夫婦の子だ。だから川添宅とは近いとは言えない泉に住んでいたのもおかしくはない。

「……新しい母親と合わないんだと」

 川添は苦しさを吐き出すように、言葉を続ける。


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