登山の帰り道
休日なので、山に足を運ぶことにした。
麓で車から降り、登山リュックを背に山道を登っていく。
まだ昼前だというのに、鬱蒼と繁った木々が天井のように頭上を覆っているせいで仄暗い。
せっかくの秋晴れもこれでは台無しだ。
心なしか、木漏れ日も薄暗い色に見えた。
ああ、まったく、鬱々としてしまう。
飲み物以外にも、色々と詰め込みすぎた登山リュックがやたら重いせいもあるか。
ハイキングコースなどではないため、行き交う登山客もいない。
それでいい。
1人で登りたいから、こんな誰も知らない、名もないような山を選んだのだから。
額に汗し、黙々と登っていく。
途中、廃れた気味の悪い神社を見つけた。
鳥居が退色して歪み、もとは狛犬でものっていたのか、人の背丈ほどの苔むした石の柱が対になって立っている。
神社には普通、状態を維持したり、定期的な祭事を執り行うための管理者がいるものだが。
この廃墟同然の様子から、完全に見捨てられてしまっているようだ。
こんなにボロボロでも、まだここには神様が奉られているのだろうか。
いやさすがに、もうよその神社に神様を移す儀式は済ませてあるか。
どちらにせよ、こんな山奥にまで神様の目があると思うと、どんな人知れずに行われた悪事や蛮行も、隠し通せないのだろうなと思ってしまう。
天網恢恢、疎にしてもらさず。
どうあがいても遅かれ早かれ、犯罪者や悪党は最後には報いを受けるのだろう。
それが世の理だ。
「……」
休憩のために少し座ろうかとも思ったが、とてもお参りなどできる心境ではない私は、あえて素通りすることにした。
しばらく行くと、
「この辺がちょうどいいな」
私は想定にぴったりの場所を見つけ、リュックから中身を取り出した。
帰り道。
あの神社の前を通ると、本当に薄気味悪くて、気になって仕方がなかった。
朽ちた本殿の奥から、何かがこちらを睨んでいる。
何かが飛び出してきて私に掴みかかってくる。
そんなオカルトめいた錯覚さえ起こしそうになる。
山道を下っている間も、何かに睨まれている、得体の知れないものが背後からずっとこちらを見ている。
そんな気がしてならなかった。
警戒心とも恐怖心とも似た気持ちに不安を誘われ、何度振り返ったことかわからない。
こんなものは気のせいだ。
私は冷静に努め、己に沈着に言い聞かせる。
キョロキョロして、挙動不審なところを地元の人間に見られたりしたほうが面倒だ。
車に乗り込んだ私は峠道を抜けると、これといったトラブルもなく帰宅した。
どっと疲れてリュックを床に置くと、
ガチャッ
穴掘りに使った折り畳み式のシャベルが鳴った。
帰り道で見た神社は特に不気味だったが、こんなことをしていれば神経質になって、いもしない神様の目が気になるのも仕方ないというもの。
そろそろ夕飯時だが、あまり食欲はわかない。
帰りにコンビニで何か買っても良かったが、防犯カメラや店員に顔を覚えられるのを警戒した。
仕方がない、今日も買い置きのカップ麺で済ませよう。
調理しようにも食材がないのだ。
冷蔵庫の中身はいっぱいなのに。
私はため息まじりに冷蔵庫を開けた。
「細かくバラバラにして血抜きしても、家庭用の冷蔵庫にしまっておくのにも限度がある、か」
すんっと鼻をきかせる。
大丈夫。まだ匂いはしてこない。
だが時間の問題、そのうち匂いは出てくるだろう。
物の本では、腐敗が進むと、消臭剤くらいでは誤魔化せなくなると見たことがある。
とりあえず今日は問題なく山に足を運んで、誰にも見られずに埋めてこられた。
獣に掘り起こされないように深く掘ったつもりだが、深さが足りていたのか自信はない。
次の休みにはどこにどれを運ぼうか。
関節で切り分けた腕か、それともミキサーにかけて生ゴミとして内臓を処分した、今やがらんどうとなった胴体か──。
あらすじ通り、足を運びに行ったお話。
廃神社を絡めて帰り道に何か出そうな雰囲気を出しておいて、人怖というオチでした。
改めて読むと、今回の募集の主旨とは違う方向性のホラーになってますね。
今さらタグを外せないですが、参加辞退したい……。
なお主人公の性別や年齢、冷蔵庫の中身が誰なのかは読者の想像にお任せします。
作者もこれという答えは考えていないので。