9話 ミラの実力と能力の暴発
和服の女は光る玉を消し去ると、こちらに歩いてくる。
前に出たミラは銃を横にして構えると、威嚇するように弾丸を打ち込んだ。
弾丸は女性から少し離れたところに着弾し、かなり深いところまで穴が空いている。
「それ以上動くと当てる」
和服の女はミラの忠告を鼻で笑うと、大きく手を振り払った。
数は、二十くらいだろうか? 和服女の正面に僕の頭ほどの氷柱が浮かび上がり、一斉に向きを変えた。
女が指を鳴らすと氷柱がドリルのように回転する。
……あんなもの掠っただけで致命傷になりそうだ。
相手はこれ以上問答する気はないようで、全ての氷柱がミラ目掛けて放たれた。
迫り来る氷柱にミラは微動だにしていない。
……まさか、あれも見えていないのか?
思わず声をあげそうになるが、それより先にミラの銃口が火を吹いた。
射出された弾丸が先頭の氷柱に接触し、小さいはずの弾丸は氷柱を粉々に砕いた。
安心するにはまだ早い。氷柱はまだ数を残しているのだ。
だが彼女は反撃を止め銃を下ろすと――少し間をあけて他のいくつかの氷柱も、連鎖するように砕け散った。
一時の膠着の後、二人が合わせたかのように動き出す。
能力者の戦いを見たのは初めてではないが、テレビに映る能力者は派手なタイプが多い。
テレビで人気の能力者と比べると、ミラの能力は特殊だった。
同じ銃を使っているはずなのに弾痕が違っていたり、発砲音だけして何も飛び出さなかったりして、頭の中にある常識がどうにかなってしまいそうなトリッキーな戦闘スタイル。
氷柱が撃ち出されては破壊されて、我慢比べのような攻防が続き……痺れを切らしたのは相手の方だった。
五メートルはあろう氷柱が二個、タイミングをずらして発射される。
唯一の救いは無回転で放たれたことか……。
氷柱の軌道は不規則に曲がり、最終的にミラの左右を挟み込むように襲いかかった。
動きのないミラに不安になる……が、あの氷柱が砕けたら余波で僕、死なない?
「大丈夫よ。面白いものが見えるから」
ハルは全く心配してないようで少し安心するが、ミラさんは一向に銃を撃つ気配がない。
氷柱はミラさんの手の届くような距離まで迫っており、ぐちゃぐちゃになった彼女を想像し、思わず目をつむりそうになる。
ミラさんは避けることはせず、弾倉の先から出ている刃で左右の氷柱に傷をつける。
氷柱の大きさからしてあまりにも小さな傷で、その程度の反撃では止まる気配はなく――
「リロード」
……は? 消えた?
破壊するでもなく、迫り来る巨大な氷柱が一瞬にして消え去った。
『わしの氷を取り込んだか……鬱陶しい能力じゃ』
着物女はミラの力を警戒して、再度高速回転の氷柱を作り出す。
これはミラさんの力への対策だろうか?
高速回転しているものに刃を当てると、最悪銃が弾き飛ばされる可能性もある。
氷柱の群れにミラさんが銃口を向けると。
「返すよ」
特大の発砲音。打ち出された弾丸は先ほどの逆再生を見ているようで……両者の弾丸が衝突する。
ミラの弾丸はほとんどの氷柱を破壊して、そのままの勢いで着物女に衝突した。
ポカンと口を開けて驚く僕を見て、ハルがクスリと笑う。
戦況はミラさんの優勢……だがこの時、二人の戦いに集中している僕は気がつかなかった。
僕の後ろに黒い穴が発生していることに……。
互いに動き回り、遠距離で攻めたてる。
手に汗にぎる戦いに謎の老婆が割り込んだ。
老婆は左手を失い、右手に鉈を手にしている。
血のように真っ赤な髪はぼろぼろで、身に纏う着物も、複数の着物を無理矢理縫い合わせたようなように不揃いであった。
老婆は山姥と言われたら信じそうなくらいの鬼気迫る迫力で、着物女に切りかかる。
近くにいたミラは乱入者に反撃できるように構えていたが、老婆はミラのことを無視して和服の女と争っている。
相手にされなかったミラは頭を掻くと、こちらに戻ってきた。
「新手の妖怪ね。……だいぶ弱ってそうだけど」
ハルが乱入者の存在を説明してくれるが、妖怪同士の争いが始まったのであれば、これからどうするのだろうか?
「あの妖怪、私に見向きもしなかった。後ろから切れたのに……」
ミラが不思議そうに口を開くと未だ続いている争いに視線を送り、変な妖怪……とポツリと呟いた
『まさかお前が生きていたとはな! あいつは私が先に見つけたんだ。手を引け、死に損ない』
着物女が大きく吠えると、数えるのも億劫になるほどの氷柱を生み出すと、老婆も叫びを上げた。
『吾主様の恩義の為、一矢報いらせてもらう』
老婆は高速回転している状態の氷柱を鉈で捌くも、多勢に無勢ですぐに押し切られる。
無防備な老婆の体に氷柱が直撃し、こちらに吹き飛んできた。
老婆の膝はがくがくと震えており、地面に大量の血を吐き出した。
勝負は決したのか、着物女が笑みを浮かべながらこちらに歩いてくる。
だがこの時、誰も予期せぬ事が起きる。
少し後ろで朦朧としていた梅田が腕を突き出すと、水で作られた槍を射出した。
恐らくは着物女に向けた一撃だったのだろうが、その射線上には僕がいて……。
ミラが梅田の暴走に気がついて動きだそうとするが間に合わない。
隣にいたハルは動くことも出来なかった。
……あ、これ、死んだか――
老婆が水槍と僕の間に体を入れる。
水槍は老婆の体を貫き、進行方向をずらす。
老婆の体は僕に倒れ込むようにして崩れていき……足元にできていた黒穴に二人吸い込まれた。
「久遠くん!」
ハルの焦ったような声が響く。
老婆が久遠くんを庇ったと思えば、二人の姿が消えてしまった。
これは妖怪の力か、久遠くんの目覚めた能力によるものか……。
考える間も無く、大蛇がこちらに飛びついてくる。
ハルが応戦しようとするが、誰かに阻害を入れられているようで体が上手く動かせない。
振り抜いた拳は相手に深傷を負わせることに成功したが、さっきと同じように消えてしまった。
残された二人の体が楽になり、何もできなかったミラが不安そうに口を開く。
「姉御、どうしたら……」
「そうね、悠斗君を呼んで周辺を探してもらいましょう。私たちも手分けし――」
『お主らには何もできんぞ……』
二人が振り返れば、目の前の空間がぼやけて見えた。
「何で見えねえのに声が聞こえんだよ!」
ミラが目の前の光景の異常さに声をあげる。
明らかにさっき戦っていた奴より高位の存在が近くにいる。
聞けるはずのない声が届いているのは、相手がそうしているからにすぎない。
「私達に何か用かしら? 今少し立て込んでるんだけど……。もしかして私と一戦やりにきたの?」
『そんな状態でわしに勝てるわけがなかろう? やる気なら一度帰って封印解いて来たらどうじゃ? ま、その時はトンズラこくがの……』
ハルの力を知っているかのような言葉に、警戒度を引き上げた。
『心配せずとも小僧は帰ってくるよ。願わくば継承されてないことを祈っておくとしよう』
意味深な言葉の後、押しつぶすような圧力が薄まっていく。
ハルが口元に手を当てて考え込むと、動きを固められていたミラがつっかえるようにして倒れた。
ミラが久遠が消えた場所に走り込んで調べるが……何の反応も起きなかった。
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