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7話 職場見学

 


 ハルは上機嫌で鼻歌混じりに運転している。

 一方、僕は携帯片手に、調べ物をしていた。


 えっと、仮病、仕事 、理由、……どれどれ、休みたい日が決まっているのなら、前日から食欲が沸かないような、体調不良に繋がるアピールをしていれば、信じてもらえるかもしれません。


 ふざけるな。こちとらハンバーグ定食大盛り平らげて来たところなんだよ。

 今更、食欲がないアピールしたところで、食べ過ぎによるものにしか見られないわ!


 くそっ、普通はまず初めに能力を手に入れるところから始まるんじゃないの?

 守ってあげるってなんだよ。危ないの確定してるじゃないか!


「……ずいぶんと熱心に見てるね?」


「いや、ちょっと友達との連絡が……あの、聞いておきたいんだけど、今、どこに向かってる?」

 

 急いで携帯をポケットにしまう。

 

「それはついてからのお楽しみ……って言いたいところだけど、流れの怪異調査よ」


「怪異調査?」


「調査っていっても何もなく終わることもざらにあるからそんなに気負う必要はないわよ。何か見つけたら報告だけして、後は退魔士や国が出張ってくることが多いかな?」


 退魔士という、心をくすぐる言葉。

 

「退魔士がいるってことは妖怪がいるってこと?」


「……難しいこと聞くのね。妖怪といっても人外の存在を総称しているだけよ、唯一、別なのは、能力を得た野生動物。それは国に所属する能力者が対応しているの」


 ますますあの黒猫の存在がわからなくなってきた……。


「……妖怪って僕にも見える?」


 ハルはルームミラー越しに僕を見て……。


「わからないわ」


「わからない?」


「適性があるのよ。能力があっても見えない人もいるし、見える人でも、高位の存在は知覚できなかったりするから」


 一度あの黒猫を父さんに見てもらおうか……。

 ちょっと高級な猫の餌を用意したら釣れそうだな。



 しばらく車を走らせると古びた旅館が見えてきた。

 廃館しているみたいで、人の気配は感じられない。

 雑草が生え散らかしている駐車場に車を止めると、ハルは誰かに連絡をかけている。


 不安でドキドキする心をしずめるように窓の外を眺めていると、旅館の中から金髪の女性が出てくる。

 服には能力者がよく着ているブランドのタグが書かれており、下はデニムのハーフパンツといった街中でショッピングをしていてもおかしくないほどの服装であった。

 髪は美しい金髪のボブカットで、顔立ちはお人形のように整っている。


「わざわざ連れて来たんすか? 別に今のところ何もなかったっすよ?」


「職場見学だからいなくてもいいの。いつもやっているところを見せてあげて?」


 女性は青い瞳をこちらに向ける。

 

「じゃあ自己紹介すっか……。あたしは南條ミラ。よろしく」


 口調と顔が合わない。中に田舎のヤンキーが入っているみたいだ。


「僕は空木久遠と言います。よろしくお願いします」


 握手を交わす。柔らかな掌だが、ところどころに豆が出来ている。

 あれ? この人の名前、どこかで……。


「南條……ミラちゃん?」


 額に固い感触が……。

 目線を上げると大型の銃が突きつけられていた。

 

「――ラブアンドピース!」


 思わず意味のわからないことを口走ってしまった。

 相手がイラついているのが分かる。


「やめなさい、ミラちゃん。電話した時にあなたから言ったのよ? ごめんね久遠くん。この子年下にちゃん付けされるの大嫌いで……」


「こっちこそすみません。思い出しながら喋ってしまって……」


「こっちも悪かった。馬鹿にされたと思っちまった。ちゃん付けだけは勘弁してくれ。ミラでいいよ」


「……じゃあ、ミラさんで」


 改めて見るとめちゃくちゃ大きい銃だ。

 ハンドガンタイプでこのデカさ、女の人が扱えれるものなのか?

 銃の外観は全身黒で金の装飾がされており、持ち手の先から湾曲した刃が出ている。



 彼女は銃を空中に放り投げると、銃は柔らかな光に変わり、彼女の体に吸い込まれるようにして消えていった。


「それより何でそんなにピリピリしてたの? あれだけで怒るような子じゃないでしょう?」


「本当、大人気なかった。悪いな久遠。ちょっと仕事でイラついてるのもあったのかもしれない」


 前を歩くミラさんが石を蹴飛ばす。頭を乱雑に掻くとこちらに向き直った。


「ダブルブッキングがあったんだよ。青谷(あおや)のところの人間がうろちょろしてる」


  ダブルブッキング? 一つの依頼に二つの企業がってことか……。


「帰ったらダメなんですか?」


「今回のは評価依頼なんだ。途中でやめて帰ったらペナルティがついちまう」


  話によると能力者のランクに応じて、義務依頼が発生するらしい。これは民間のランクには実装されてなく、国に所属する者の義務らしい。だから相手にはあまり関係ないらしいが……。


「説明して引いてもらうことは無理なんですか?」


「あいつら典型的なエリート主義なんだよ。相手の都合で自分の依頼を諦めることはねえの。それに評価依頼だって言ったら逆効果だ……まあ、精々時間を潰すしかない」


 僕としては心の準備ができていなかったので、内心少しほっとしていた。

 

 夕方まで探して何もなかったら帰っていい、とのことなのでそれまでは散策するらしい。

 

  敷地内を進む。道は手入れがされてないため、雑草が伸びきっていた。

 

 旅館に入ると何か違和感が。

 ごちゃごちゃしてるとうか、空気が悪いというか、気持ち悪さを感じる。


 



「あ〜あ。怪異調査っつーのにこんなに荒らしちゃって。気配が滅茶苦茶だよ」


「至る所で能力を使っているようね」


 廊下や壁が水に濡れている。

 どうやらこれは青谷からきた能力者の仕業らしい。

 

 前にミラさん、後ろにハル、足手纏いの僕は真ん中の布陣で歩みを進める。


「今回の依頼はどんな内容だったの?」


「管理の人間が建物の中で妙な物音を聞いたらしい。そんで弱い妖怪の仕業なら倒してください。だそうだ」


 果たして弱い妖怪という存在は、足手纏いの僕より弱いのだろうか?

 怖くて二人に聞くことができなかった。





「……奇遇ですね。こんなところで会うとは」


 年齢は三十手前くらいだろうか……。

 長髪を一つに纏めている男が前から歩いてくる。

 身なりは高級そうなスーツを纏っており、こんな廃館にいるような服装ではない。

 女性陣よりも年上に見える男は、ハルに笑いかける。


「ハルさん。お久しぶりです」


 横でハルがミラの背中を小突いている。

 何か喋っているので体を近づけると……。


「……誰? あの人、私知らないんだけど……」


 服を引っ張られ出したミラはため息をつく。


「青谷のエースの梅田悟(うめださとる)が何でこんな依頼受けてんのよ。怪異調査なんてしても大した金にならないでしょう?」


 ……会話が不自然すぎるだろう。それを向こうも感じ取ったのか、顔を引き攣らせる。


「まあ、いいでしょう。久しぶりに息抜きで妖怪でも狩ろうと思いましてね。たまたま見つけた依頼を受けたんです」


「まだ、妖怪の仕業って決まったわけじゃねえだろ? それに調伏師に任せれば殺さなくていい時もある……」


 調伏師、また新しい言葉が出てきたな。

 それを聞いた深谷は不思議そうに返答する。


「わざわざ他に任せるより殺した方が早いでしょう? 妖怪なんて百害あって一利なしなんですから……」


 深谷が鼻で笑ってミラに返答すると、彼女は拳を強く握りしめる。


「――じゃあお互い頑張りましょう? こっちも新人教育で忙しいの」


 ハルが僕の背中を押して前に出す。


「まだ子供じゃないですか? そんなに経営が厳しいんですか?」


 皮肉だろう……僕でも分かる。

 ハルは今にも殴りかかっていきそうなミラを掴むと。


「青谷の数倍は稼いでいるから、お金には困ってないわよ? それをもっと少ない人数で分けるんだから。この子は将来有望そうだから雇ったの」


 どうやら僕は将来有望らしい。

 言われた本人が信じられないのだから、他人であるこの男がその言葉を聞いてどう思うか明白である。

 彼は道端の石ころを見るかのように僕を上から下まで眺めると。


「まあ、いいでしょう。雑用はいくらいても困りませんからね」


 彼は僕のことを煽っているのだろうが……残念、その雑用時給二千円なんだ。

 よほどの仕事でない限り、喜んで働けることだろう。

 

 だがミラさんは煽りをまともに受けていた。


「何なんだよあいつ。ボッコボコにしてやりてえ!」


 怒りに燃えるミラをハルが宥めている。

 落ち着くまでしばらくかかりそうだ。

 手持ち無沙汰でふと外を眺めると、見覚えのある猫が走っていた。

 

基本的に能力者が所属する企業同士の対立は戦闘で解決することはないです。

悪意を持った戦闘は禁じられていますし、今回の場合、悪いのはダブルブッキングをした依頼者になります。


美味しい依頼を取り合う際に、戦闘の結果によって決めることは稀にありますが、国に所属する能力者は自分からその方法を取ることはできません。


民間の資格保持者は面倒くさい手続きを挟むことでそうすることが可能ですが、短い期間で権利を行使することができない仕組みになっています。

それにそのような仕事の取り方を頻繁に行っていると、民間に所属する化け物じみた能力者に目をつけられます。


そして今度は奪われる側に回るのです。


上には上がいるってことですね。

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