5話 嘘
「おはよう、久遠くん。美女との逃避行は楽しかった?」
「おはよう旅人。お土産よこせ」
靴箱の前、和馬が悪びれもなく挨拶してくる。
友人を売った薄情ものに挽回する機会を与えると、和馬は嫌そうな顔をして……急に笑みを浮かべた。
……何だ、こいつ。気持ち悪いな。
僕の蔑むような視線に和馬は気がついておらず、大袈裟なマジシャンのような素振りでバックに手を入れ、紙パックを取り出した。
「さあさ、お立ち会い。こちらにありますのは、北海道が産んだ牛乳!」
「……コンビニで買えるやつだな」
馬鹿は止まらない。
「それだけではございません。こちら、バックの中に一晩寝かせることによって、より香り豊かに──」
「傷んでんじゃない?」
和馬の後ろ、御堂から援護射撃がはいる。
和馬は思わぬ援軍に顔を引き攣らせて諦めたようにため息を吐いた。
「バック、自転車のカゴの中に放置しててさあ……。一晩眠ってたんだよ」
……しかも外かよ。
二人で温くなった牛乳を押し付けていると、横から逞しい腕が伸びてきた。
「何? 牛乳くれんの? 欲しい!」
僕たちに呪われしアイテムのような扱いを受けていた牛乳が恭弥の手に渡ると、一息に飲み干した。
……まあ、大丈夫か。筋肉馬鹿なら。
一家全員が流行病にかかり、二週間生活を共にして、一人だけピンピンしていた男だ。
「ぬるい牛乳も乙だな」なんて斜め上の感想を言っているところをみると、心配する気にもなれない。
「ところで今、流行りのモテ男くん、話題になってるぞ」
噂話でも聞いたのか、恭弥が羨ましそうに聞いてくると、和馬は目を光らせた。
「じゃあ裁判の議題は決まったね」
……何が裁判だ。面白おかしくイジりたいだけだろう。
仮に僕が有罪になっても、二人の情けない話を流して道連れにする覚悟はできている。
二人にも僕の熱い思いが伝わったのか、顔を見合わせ焦ったような表情をするが……。
「モテるって何のこと?」
何も知らない御堂がきょとんとした顔で問いかける。
「昨日、門の前で知り合いに会って──」
「昨日の帰り、こいつが白髪の美女とランデブーしてたんだと……」
今ほど細菌の繁殖を祈ったことはない。
恭弥が揶揄い混じりに僕の言葉を遮ると、彼女は眉をよせて首を傾げる。
「白髪? ……美女?」
御堂が話についてこれていない。
それもそうだろう。こんな何の変哲もないような男があんな美女に誘われてどこかに行ったなんて冗談にしてもありえない。
何と説明しようか迷っていると、御堂はどこか不機嫌そうに口を開いた。
「へーそう。おモテになるのね久遠くん」
御堂の視線が冷たい。
僕は無実のはずなのに何か罪を犯した気分になる。
「でも、あの人って白船の社長さんだろ?」
どこで聞いてきたのか、恭弥が聞いてくる。
え? あの人社長だったのか……。
二十歳くらいにしか見えないけど。
「えっと、白船って何?」
御堂はあんまり能力者もののテレビは見てないからわからないか……。
バトルマニアになってくると能力者の情報を調べているものも多く、あそこの企業のあの人が強いなど、嘘か本当か分からない情報が出回っている。
そうは言っても僕もそんなに見ている方ではないんだけど。
「そうだね、白船は一応、民間企業で能力者が所属している。だけど仕事は神隠し救助の他にもいろんなことをやっているみたいなんだ」
和馬は生粋の能力者オタク。
そりゃ知ってるか……。
だが鍛えることしか興味なく、僕以上に知識のない恭弥が和馬に聞き返す。
「一応、って何だよ。民間企業は民間企業だろ?」
「そう、だね。何て説明したらいいか……。恭弥は民間に所属する能力者と、政府が管理している能力者の違いって分かる」
そう聞かれると少し悩み……。
「……バッジ?」
「間違いじゃない……けど、答えは強さだよ。この二つは明確な差がある。僕が聞いたことある噂は、白船の社員は民間企業でありながら、政府所属の能力者の基準でバッジを発行されているって話だよ」
「それって、天下りってこと?」
御堂が首を傾ける。
僕もそれは初耳だった。
次、会ったら聞いとかないと。
「それは分からないんだ。所詮噂でしかないからね……。でも一番有名な噂は、久遠がラブラブ、チュッチュしたあの女の人」
「――してない!」
和馬の失言に、口より先に僕と御堂の拳が反応する。
貧弱な和馬は悶え苦しんでいた。
「っぐう。手加減してよ、冗談じゃないかまったく……。話を戻すけど、あの社長さん、あの人が白船で一番強いんだって」
それに他の能力者にいばら姫って恐れられているらしいよと、どこか不安を煽るような言葉を吐いた。
……いばら姫。話し方は優しくそんなに棘があるようには見えなかったが、彼女は僕の可愛い目を突き刺してきたな……。
もしかすると性格に棘があるのかもしれないと和馬の言葉に納得すると、僕は簡単に彼女の提案に乗ったことを少し後悔するはめになった。
「そんなことより何の用だったんだ? わざわざ会いに来たんだろ?」
恭弥の質問に、他の二人も興味津々な様子である。
惚れられて困っているところなんだ、と適当に流せればよかったのだが、相手はか弱い一般市民の視界を奪うような攻撃を仕掛けてきた人だ。
僕も命が惜しいので誤魔化しつつもある程度本当のことを伝えることにした。
「いや、アルバイト探しててさ、ちょっと前に街でたまたま話す機会があって。その時に顔を覚えてもらってたみたいで……」
「アルバイトって親父さんのところでしてるだろ?」
「そうよ、わざわざ離れる必要ないじゃない」
「いや、でも結局あれって元々家計に入るお金を貰ってるだけだろ? なら外から稼いできた方が楽になるかなって……」
恭弥と御堂の疑問。 今まで不満なんてもらしてなかったからか、どこか心配そうにこちらを見る。
心が痛い。心配してくれる友人に嘘をついた。
あれから必死になって考えた。
たとえ能力者だとバラしてもこの三人なら、黙っていてくれるだろう。
それだけの信頼はある。
『このままだと、あなたのお父さん大変なことになるわよ?』
ハクの言葉が脳裏にチラつく。
僕の体質のせいで巻き込む危険性。
それは父親に限った話ではない。
一緒にいればいるだけ……。
「――っおい! 大丈夫か? 顔色悪いぞ」
「保健室に行ってらっしゃい」
「僕が後でノート見せてあげるよ」
三人が引きずるようにして、僕を保健室まで運んでいく。
……汚いなあ、僕。
いつかは言わなくてはいけない。
いつかは離れなくてはいけない。
この思いを胸に残して、僕は三人の友達でいれるだろうか?
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