4話 僕の選択
あれから二言三言話し、珈琲を飲みきれなかったことをマスターに謝罪して、喫茶店を出た。
会計は女が『先行投資よ!』とやけにテンションの高い様子でお金を出してくれたので、会計は甘えることにした。
強面のマスターも『今度は飯でも食いに来い』笑ってもらえて、そんなに怖い人ではないのかもしれないと考えを改める。
「別れる前に連絡先交換しましょう!」
僕の右ポケットに入っていた携帯を引ったくられる。
「あ、ちょっとまだ暗証番号が──」
「めんどくさいから電話番号でいいよね。私メール嫌いなの」
……何で暗証番号が分かった?
当たり前のように返却された携帯には、追加で一つの連絡先が。
「ええっと……ハルさん?」
「ハルでいいわよ。敬語もいらない。だって同じ仕事仲間になるんだからね」
まだ正式に返答はしてないはずだけど……。
給料面での話もまだしていない。
あの話が本当だとすれば、どこかしらに所属しなければいけないのは当然なんだけど。
渋って父さん共々神隠しにあうなんてことは絶対起きてはいけない。
気がつけば家に戻っていた。
タクシーで家まで送ってもらう提案があったが、断った。
考える時間が欲しかったのと、仮にこの依頼を拒否した時のために、なるべく自分の情報をだしたくなかったのもある。
……まあ、帰り際につぶやいた『別に家の前まで送るのに』という言葉には少し恐怖を覚えた。
知られてないことを祈ろう。
上手く回らない頭を必死に巡らせて考える。
『一応、言っておくけどあなたの能力によっては発現しただけで他者を巻き込むこともある。能力者は発見しただけで隔離案件なの。それを頭に入れておいて』
『何でそれをわざわざ……』
『だって、自分で決めた方が納得できるでしょう?』
……別れる前のハルの言葉が頭から離れない。
そんな状態で食べたご飯は何も美味しくなかった。
父さんとの会話は何を喋ったか覚えていないが、心ここにあらずな対応をしたと思う。
父さんも二、三言葉を交わした後、『今日はしっかり休みなさい』と心配されたので相当だったんだろう。
布団に乗ると枕に顔をうずめる。
考えがまとまらない。
「女難に気をつけよと忠告したじゃろう?」
「──っうわ!」
辺りを見回す。窓の横、勉強机の上に奴はいた。
見覚えのある体と……見覚えのあるパン。
「──それ僕の!」
「ケチ臭いことを言うな……だから女にモテないんじゃ」
……大丈夫、落ち着け。お前は冷静だ。拳を収めろ。
相手は猫。猫だ。殴りでもしたら父さんに殺される。
ラマーズ法を使い精神を落ち着かせる。
猫が布団に飛び乗ってきた。
口についた食べかすが布団にこぼれる。
「うわっ、ポロポロこぼすなよ」
「お裾分けじゃ」
……対象が近づいてきたんなら仕方ない。
殴っていい? 殴っていいよね?
拳を震わせて近づいて行く。
「で? どうするんじゃ?」
「どうするって、選択肢なんて一つしか無いよ」
猫が顔を掃除しながら聞いてくる。
……僕に選べる自由などない。
どこかの企業に所属すること。
それしか助かる術はないだろう。
「阿保! 考えを狭めるなこれだから最近の若者は……」
黒猫が巷で嫌われている老害のような台詞を吐く。
「考えろって、他に──」
「……国に保護される」
「へ?」
それは、一緒じゃないのか?
「分かっておらんようじゃなあ。国に保護されるのと民間企業で働くのは意味が違う。前者は腕を磨く必要もさほどなく、実験動物的なところもあるが、怠惰に生きるのならそれも悪くない。民間は逆じゃ。金を稼ぐには自分の価値を示すしかない」
それは、生きていると言えるのか?
しばらく考え込み、頭を上げる。
「決まったのか?」
「ああ、白船のところにお願いしようかと思う。あの人は教えなくてもいいことまで教えてくれた。悪い人ではないと思うんだ……」
黒猫が窓枠に飛び乗る。
窓は閉めたままだ。
窓に向かって歩き出した猫に声をかける。
「帰るのか?」
「帰るも何も暇だから散歩していただけよ……。また散歩に戻るだけじゃ」
「分かった。ありがとな」
僕のお礼を聞くと黒猫は鼻を鳴らす。
「……何のお礼じゃ、気持ち悪い」
小さな体を震わせて、窓際にしたしたと歩いて行く。
「最後に一つ聞きたいんだけど、あんたの名前って?」
黒猫は動きを止める。
煩わし気に振り返ると……。
「猫でいい。お前に名など呼ばれとうない」
閉じた窓枠。そこをすり抜けるようにして消えていった。
……妙な生き物もいるもんだなあ。
今の時間は二十時か……まだ起きてると思うけど……。
新しく追加された連絡先に指を置く。
そしてゆっくり押し込んだ。
静かな空間に呼び出し音が響く。
……長いな。もう寝たのか?
なら仕方ない、と切断ボタンに指を伸ばす──
『はいはーい、もしもし。南條ミラちゃんだよ。今からイッキします。任せなさい!』
『……すいません間違えました』
……危ない、危ない。どうやら相手は詐欺師だったらしい。
電話の向こうから誰かが暴れる音が聞こえる。
それを必死で止める男性の声が一人。
『ミラちゃん、ちょっと変わって。さっき言ってた男の子だよ!』
しばらく経過を待っていると、普通そうな男の人は電話の奪取に失敗したらしい。
鈍い打擲音とともに、男のくぐもった悲鳴が聞こえ、そのまま倒れてしまった。
男を心配する声や、弔い酒だ〜とはしゃぐ声。
混沌としている。
『ミラ、それ私のでしょう。返しなさい! ……たく、油断も隙もないわね。もしもし! ごめんなさいね。従業員が間違って出ちゃって』
『……ずいぶんと元気のある従業員で』
『あら、お褒めに預かり光栄だわ。それよりそっちから電話をかけてきたってことは、どうするか決まったの?』
どうする……か、今ので覚悟が揺らいだ気もするが……。
『さっきの話、受けようと思います。僕はまだ役に立てるかは分かりませんが……』
電話の向こうで歓声が上がる。
どうやらみんな聞いていたらしい。
『それじゃあ次の土曜日に会いましょうか? 予定とか大丈夫?』
『大丈夫です。それでよろしくお願いします』
こっちより優先するべきことはない。
少しでも早く一人前にならないと。
電話の向こうから祝いの音頭が流れてきたところで通話を切った。
窓から顔を出して思い切り息を吸う。
僕はこれからどうなっていくんだろうか?
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