2話 恐怖の邂逅
休み明け、寝癖と格闘しながら階段を降りる。
身だしなみを整え、朝ごはんを食べていると、カップを手にした父さんが僕に声をかける。
「始業式が終わったらすぐ帰ってくるのか? 暇だったら道場に遊びに来てもいいよ、今日は講習ないから」
僕の通っているあけび第一高等学校は今日から新学期が始まる。
僕の高校の進級は基本的に繰り上がりでクラス替えもないため、新しいイベントが起きようもない。
「今日はいいや。父さんも今日ぐらいは休んだら?」
ジャムを手に取りながらそう返した。
父さんは護身術を教える仕事をしている。
神隠しが公表されて以来、武道を嗜む者が増え、今では講師一本でご飯を食べていけるような、立派な職業になった。
皆不安なんだろう。
いつ神隠しにあうかもわからない。
だから、足繁く通うのだ。
詳しいことはわからないが、神隠しは中にいるボスのような存在を倒せば元に戻ることができるらしい。
強力な能力者をテレビで見たことはあるが、あのような人達が、敗北することもあるような存在に勝てるとは到底思えないけど……。
自転車に乗って学校に向かう。
昨日のこともあり登校ルートを変えようかと悩んだが、余計に時間がかかるのが嫌で諦めた。
再び見えてしまった時に考えればいいだろう。
例の家を通るあたりで、中学生の時に旅行のお土産でもらった、魔除けの人形を握りしめながら通過する。
何度か確認してみたが、屋根上には何もいなかった。
……どうやら地縛霊ではないらしい。
学校に行くたびに幽霊を見るなんてことにならなくて本当に良かった。
道中、カラフルな髪色をした集団が狭い歩道を塞ぐようにたむろしていた。
通り過ぎる時、横目でちらりと確認すると、彼らの胸元に鳥を模したバッジが付けられている。
……どうやら能力者の集まりのようだ。
能力者には四つのランクがあり、花鳥風月にもじって、下は花から、一番上は月といった評価だ。
これは民間と国営とでは基準に差があり、国営の方が難易度が高い。
学校に到着すると門の前で先生に挨拶をし、身だしなみチェックをクリアして登校の名簿にチェックしをた。
門をくぐると後ろから背中をはたかれる。
「おはよう。お母さんだよ」
振り向くと小学校の幼ななじみ、御堂司が嬉しそうに立っていた。
「……やめてくれよ。どんだけテンション高いんだよ」
はたかれた背中を大袈裟に撫でながら、言葉を返す。
何を隠そうこの女の子こそ、人生で最初で最後のプロポーズ、お母さんになって要求をした女友達だ。
初めは少しギクシャクしたが、話かけられたら返すくらいには関係は戻り、父さんの護身術の教室でも顔を合わす仲だ。
武術の才能があり、普通の一般男性程度なら体重差数十キロ程度なら軽くボコれる。
見た目は茶髪のゆるふわパーマを当てていて、可愛らしさよりも美しさが際立つ女性。
長く鍛えられた手足からは引き締まった印象を受けるが、その胸部にはかなりの戦闘力を秘めている。
よくチャラい男にナンパされているが未だ成功者はいないらしい。
はっきりとした物言いから気が強そうな印象を受ける彼女は、一部の男性に狂気的に好かれておりファンクラブもあるほどの人気を博している。
「おはよう。お父さんだよ」
御堂の横で同じような手を広げて、投げキッスを繰り返している男、斎藤恭弥が僕の怒りを逆撫でしてきた。
身長二メートル近くある筋肉だるまは、堀の深い顔を奇妙に歪めてこちらを挑発してくる。
茶髪の短髪の横の刈り上げ部分には汗が滴っており、どうやら自転車を使わずにここまで走ってきたらしい。
鬱陶しいので軽く蹴り付けてやると、恭弥は情けない声を上げながら大袈裟に倒れた。
我ながら惚れ惚れする蹴りだ。憎しみとはこれほど人を強くするのか……またひとつ勉強になったと感心していると。
「どうせなら、倒れたところに追撃を入れないと」
小柄な体で怖いことを言ってくるこの男は宮本和馬。
中性寄り……いやまるで女の子のような容姿と150しかない低身長と、絹のように柔らかな黒髪。
本人には口が裂けても言えないが、謎の腐った勢力に絶大な人気を誇っている。
それが今、手に持っているパンを恭弥に向かって、千切っては投げつけていた。
身長二メートル近い恭弥、百五十の和馬、その間に位置している僕、は幼馴染であり、よく行動を共にしている。
そのため団子三兄弟と馬鹿されることがあるが、気のいい友人だ。
時間にはまだ余裕があったが、恭弥の元に鳩が襲いかかり始めたのを見て、和馬を止めて教室に向かう。
鳩に襲われる恭弥にエールを送って歩き出す。周りを見ると始業式だからか、髪色を変えているものも多かった。
靴を上履きに履き替えていると、恭弥が後ろから首に腕を絡めてくる。
「久遠、新学期だし水泳部に入ろうぜ!」
……相変わらず暑苦しいやつだ。
なぜ自分が合法的に裸になりたいなんて理由で、水泳部に入った野郎についていかなくちゃならんのだ。
しかも恭弥は去年、新入生の分際で自費で等身大の鏡を買って持ち込んで、隙あらばそこでボディチェックをしていたらしい。
風の噂で、一部の体型を気にしている女子から蛇蝎のごとく嫌われているって情報も入ってる。
そんなところにあいつと友達なんですって、入っていったら容易に、要注意人物Bが出来上がることになるだろう。
平和にのほほんと生きていきたい僕からすれば何の魅力も感じない。
「僕は、いいや。バイトがあるし……」
「そういやお前、親父さんのところで手伝ってたんだっけ。大変そうだな」
「生贄を減らすのはやめてよね!」
恭弥の提案を聞いて、御堂が声を荒げる。
親父の授業の中で暴漢役の親父から逃げるというものがある。
これはその時いる一番強い者が相手役に選ばれて、他の人が観戦するというものだ。
日によってまちまちだが大体僕がいる時は僕が選ばれ、御堂もそれ以外の日だと標的になることがある。
それについては大の大人を投げ飛ばせるほど強い御堂に問題があるんじゃないか? という疑問が浮かぶが紳士な男たるもの口に出さずに飲み込んだ。
……御堂が怒ると怖いのだ。
そうしてみんなで教室に入り始業式までダラダラして過ごした。
「じゃあな二人とも! 鏡が俺を待っている!」
放課後になり恭弥が僕たちに謎の言葉を叫んで部活に向かう。
この時ばかりは赤の他人に思われたい気持ちが芽生えるが、他のクラスメイトも慣れたもので顔色一つ変えずに会話を続けている。
僕と和馬も例にもれず、筋肉馬鹿を手を振って見送った。
「そういや、一昨日のサバイバル見た? 東京の無人島でやったやつ」
和馬が言っているのは、食料探して生き延びるものではなくて、能力者によるバトルサバイバルのものだろう。
能力者の番組は今バラエティを席巻していて、老若男女に人気がある。
一般人からすれば、アニメに出てくるような戦闘が実写で見られるんだから当然で、迫力は他の競技とは比にならない。
一昨日か……。思い出すのは頭に蝋燭を巻いて、ネットで調べた魔除けの踊りをしていたな。
そのおかげか化けて出てくることはなかったが、こんなこと言えるはずもなく。
「――っ一昨日は忙しくてな……早めに寝ちゃったんだ」
僕の返答に和馬はそうなんだ、と残念そうに呟くが意識はこちらになく、窓の向こうを見つめていた。
「どうした? なんかあった?」
「いや、校門の前に人が集まってる……」
つられて自分も見ると、驚きのあまり体が硬直する。
校門の前、人混みの中心にいたのは例のお化け女だった。
しばらく話し込んでいても、人混みは無くなることはなく、待っていても埒があかないので、帰ることになった。
「何してんのさ」
前を歩く和馬が軽くため息を吐き、振り返る。
……やめろ。僕に構うな。
ネットで聞きかじりの魔除けの呪文を、下を向いてぶつぶつ唱えていた僕は和馬の相手をしてあげれる余裕がない。
校門前までやってきたが人混みが散ることはなかった。
人混みの中心でお化け女は色々と質問されているようだ。
魔除けがわりに交通安全のお守りを握りこみ、ポケットからイヤホンを取り出して装着する。
何も流れていないがカモフラージュにはなるだろう。
自転車を押しながら、下を向いて和馬の後ろを隠れるようにして進んでいく。
僕と和馬の身長差は二十センチ以上あり、子供でもそこに隠れる判断は悪手だと分かるが、今の僕にはこうするしかなかった。
交通安全のご利益を頼りに進んでいた自転車が動きを止めた。
初めは和馬にぶつかってしまったのかと思ったが、そうではないようだ。
視線を上げると自転車のかごを押さえつけている手が見える。
ハンドルを持つ手がカタカタと震える。
手の持ち主に目を向けると、見覚えのある白衣が見えた……。
「待ち人ってその子?」
群衆の中から驚いたような声が聞こえる。
団子三兄弟じゃんというこちらを揶揄する言葉が聞こえてきた。
ギャルに分類されるであろう雰囲気の女性に意見することなど元よりできず、必死で相手の顔を見ないように注力していたら顎を掴んで顔の向きをあげられる。
僕より少しばかり小さな身長。
絹でできているような美しい白髪。
そしてなにより、どこかの令嬢のような気品あふれるその姿はいつぞやの半透明ではなかった。
女は僕の顔を見ると満面の笑みを浮かべて、口を開く。
「初めまして、でいいのかな? 単刀直入に聞くが、君は霊感とかあったりする?」
「……いや、ないです」
震える声で返した言葉。
……半泣きがバレてなかったら幸いだ。
能力を得ると身体的特徴に変化が出る者もいます。
その中で髪色の変化は比較的多い変化になります