オレオレ詐欺の相手が、実の息子の境遇にそっくり過ぎて、あら嫌だ、私ったら、まったりと話し込んでしまったわ
偽りの母だと知りながら、それでも伝えたい、この気持ち。
偽りの息子だと知りながら、それでも伝えたい、この気持ち。
「もしもし。母ちゃん、俺、俺」
『……え、ひょっとして、マサヒロかい?」
「そう、マサヒロだよ」
『……マサヒロ、元気だったかい』
「ちょっと風邪をひいて喉が変だけど、俺は元気だよ。それより母ちゃん、緊急事態だ。急なお願いだけど、俺を助けて欲しい」
『緊急事態?』
「駅で携帯電話や財布を入れた鞄を盗まれてしまった。あ、ちなみに、今は同僚の携帯電話を借りてかけている。更に悪いことに、その鞄の中に、会社の重要な取引に必要な現金を、全額入れていたんだ」
『そ、それは一大事ね』
「取引の時間が迫っている。我が社の存亡にかかわる取引だ。ねえ、母ちゃん、必ず返すから、一時的にお金を貸して欲しい」
『もちろんだよ』
「ありがとう。ではさっそく銀行へ行って現金を振り込んでくれ。でも、あいにく俺の通帳もカードも盗まれた鞄の中だ。自分の口座番号を伝える術がない。だから、今から伝える同僚の銀行口座に振り込んでね。○○銀行▲▲支店……」
『それより、マサヒロ、母ちゃんを恨んでいないのかい?』
「え?」
『父ちゃんと離婚をした挙句、引き取った幼いお前を半年で見捨てて、他の男と逃げた母ちゃんを、恨んでいるのだろう?』
「……」
『マサヒロ、あんた、あれから施設に入ったのだってね。風の噂に聞いたよ。辛かっただろうね。悲しかっただろうね』
「……施設」
『後悔しているよ。駄目な母ちゃんを許しておくれ。いいや、決して許されることではないけれど。でも、これだけは信じて欲しい。母ちゃんは、マサヒロのことを、一日だって忘れたことは無い」
「……なあ、母ちゃん。教えてくれ。例えば、別の母ちゃんでも、同じなのかな?」
『どいうこと? 質問の意味がよく分からないよ』
「あんたのように、子供を施設にぶち込んで逃げたどこかの最低女も、あんたのように、我が子のことを、ずっと気にかけていたりするのかって聞いてんだよ」
『そりゃあ、そうさ。この世に、我が子を思わない母ちゃんはいないよ』
「ふん、調子のいい事言ってんじゃねーよ! 勝手に産んで、勝手に捨てやがって! いいか、俺や、誰かさんの息子のように、親に捨てられた子供の末路は悲惨だぞ。許してくれだあ? 今更遅いんだよ! もう手遅れなんだよ! 母ちゃんのせいで、俺の人生台無しだ!」
『ねえ、マサヒロ、あんた、今どこで何をしているんだい?』
「知らねーよ。他人の息子のことなんて」
『あんたの話じゃないか』
「あ、そうか。俺は、あれだよ、毎日電車で鞄を盗まれて、毎日親に泣きつくような仕事をしているよ」
『…………あなた、いったいどちら様ですか?」
「へへへ。マサヒロだよ。マサヒロに決まってんだろ。あんたに捨てられた可哀想な息子だよ。そうそう、母ちゃん、せっかくだから、いいことを教えてやる。これは詐欺の電話だ」
『……本当に誰なの?』
「これは、俗にいうオレオレ詐欺ってやつだ。今日俺は、母ちゃんがオレオレ詐欺に引っ掛かるか否かのテストをしてやったのさ。まったくよお、簡単に騙されてんじゃねえよ。いいかい、母ちゃん、今後はせいぜいこの手の詐欺電話には用心することだぜ。あ~あ、馬鹿な母ちゃんを持った息子は辛いよ。でもなあ。仕方ねえよなあ。母ちゃんは、母ちゃんだもんなあ。世界でただ一人の母ちゃんだもんなあ……」
『…………泣いているの?』
「母ちゃん、どうして俺のこと捨てたんだよ。俺、辛かった。悲しかった。ずっと、ずっと、寂しかった」
『あの、どこのどなたか存じませぬが。ごめんね。本当にごめんね、こんな母ちゃんを許してね』
「へへへ、どこのどなたか存じませぬが、あんたも泣いているじゃねえか。なあ、母ちゃん、もし生まれ変わっても、俺、また母ちゃんの子供に産まれたいよ。どうか、次は俺のことを捨てないで欲しいよ。どこのどなたか存じませぬが、約束してくれ」
『分かった。約束する。次は必ず。次は必ず幸せな……どこのどなたか存じませぬが』
「なあ、母ちゃん、最後にお願いがある。聞いてくれるかい?」
『もちろんだよ、母ちゃんに何でも言ってごらん』
「一度だけでいい、俺の本当の名前を呼んで欲しい。お願いだ。俺のことを『タカシ』って呼んでくれ」
『タカシ。タカシ。何度でも呼ぶよ、タカシ。がんばれ、タカシ。負けるな、タカシ。母ちゃんはタカシを応援しているよ。きっと応援しているよ。大好きだよ、タカシ』
「ありがとう。さようなら、母ちゃん」
『ありがとう。さようなら、マサヒロ』