【1-7】
【1-7】昼下がりの常時
4年生までの入場が終わり、マーチの曲がかなりアップテンポなものに変わった。次に
颯介達5年生の順番になった。ジグザグに行進する為に後の列の者たちとすれ違う事となる。颯介のクラスの先頭にいた委員長の吉岡
がUターンをした。後ろの列の先頭にいたのは明文だった。すれ違う際、吉岡は明文の足を踏みつけた。一瞬の出来事だった。
たまたま目にしてしまった颯介は「アっ‼」と、声が漏れた。その時、前にいた新坊というグループの1人が振り返って
颯介を睨みつけた。
颯介は過去のトラウマが甦り、悪寒が走った。転校し、ようやくクラスに慣れて来た頃、この新坊に柔道の絞め技を掛けられて失神しそうになったのだ。新坊の家は三代続く柔道一家で、高校生の兄が都大会で準優勝したことをよく自慢していた。本人もすこぶる大きな身体をして、とても小学5年生には見えなかった。
そして、その“睨み”の意味は直ぐに分かった。行進するグループの連中は次々と明文の足を踏みつけていった。
『ひどいことをする…』颯介は心の中で呟いた。しかし、新坊に睨まれて、明文に何も出来なかった自分が腹立たしかった。
明文の表情が読み取れる位置まで近づいた。明文は目を閉じていた。前の新坊が明文の足を踏みつけた時、明文の双眸がカッと見開き、颯介の瞳と交錯した。それは哀しげな眼差しだった。
マーチと共に、行進は続いている。
颯介以外にこのことに気付くものは誰もいないのか?いても無視しているのか?
担任教諭の皆を鼓舞する声が、ハンドマイクより聞こえてくる。
「みんな元気ないよ‼もっと楽しそうに笑顔になって、笑って、笑って、ハイハイ~」
颯介は行進をしながらも、明文がなぜ避けなかったのかを考えた。不思議だった。あの反射神経が抜群の明文なら、最初の吉岡の踏みつけは避けられなくても、そのあとの連中のは避けられた筈だ。
明文の横を通り過ぎる時、横目にチラッと見た明文の上履きには吉岡達に踏まれた跡がくっきりと残されていた。
クラスの先頭の吉岡は、笑顔で手を前後に振りながら行進をしていた。