【1-14】
【1-14】In the Fog
颯介は小紅が、あの小屋に連れていかれたことを確信した。
小屋に向かう歩調は自然に足早となり、遂には走り始めていた。
小屋が見える道の曲がる角についた。
上がった息を整える。
ゆっくりと小屋に向かった。
小屋の戸の前に立って、耳をそばだてる。
かすかだが、人声が聞こえた。
「・・小紅ちゃんはワンちゃんが好きかな~?」
長谷川の声だ、
颯介は小屋の戸の隙間から中を覗いた。
小紅が問いかけにゆっくりと頷いた。
「良かった、じゃあ小紅ちゃん、ワンちゃんになってもらおうかな~」
云われている意味をわからずに、小紅は目を見開いて長谷川見ていた。1人が、小紅を後ろから小突いた。
「ワンちゃんが立っていたら、可笑しいよね・?」
「アッ」と、云って小紅は膝をつき、地面に四つん這いになった。
「そう!それがワンちゃんのカッコ」
長谷川は小紅の前に回って、
「お返事は?」と、聞いた。
意味が分からない小紅は、「?…?…?」
と不思議そうな顔をした。
「ワンちゃんは何て云う、かな?」と、長谷川。横にいる吉岡の瞳が黒く光った。
意味していることが分かった小紅は、「ワン
…ワン」と、小さく呟いた。
「そんなんじゃあ、聞こえない、もっと大きく‼‼」語調が強くなった。
すでに涙目の小紅は「ワン…ワン…」と精一杯の声で云った。
小紅の前に立つ長谷川が「はい、お手!」と、云い、自分の手を差し出した。
「…わかるよね?」
無言で頷いた小紅は、ゆっくりと右手を上げる。肩が上がり、引き連れてワンピースの裾がめくれて下着が見えた。仲間の1人が傍に落ちている棒を持って、めくれた裾をゆっくりと押し上げた。小紅の小ぶりで形の良い尻と白い太股が露わになった。
「…や…め…て…」消え入りそうな声だった。覗き見をしていた颯介は行動に移れなかった、頭では早く小紅を“助けなくてはならない”と分かっていても、自分の身体が動かなかった。のどもカラカラだった。
心の中では早く明文が来ることを願った。
肩越しに誰かのの気配を感じた。明文かっ?
振り返ると、『シッ!』唇に指を当てられた。
仲谷だった。「メイはもう少しで来るよ…ここに来る途中で追い抜いたから」と、颯介の耳元で囁くように云った。ほとんど同時に颯介と仲谷は風の様なモノを感じた。上手く表現出来ないが、まさしく『風』と呼ぶべき風圧だった。気付くといつの間にか、小屋の戸の前にメイが立っていた。『いつの間に!』足音も気配も全く感じなかった。
メイは小屋の戸の前に立つと、ゆっくりと一回深呼吸し、手掌を重ねた。両掌を胸元に少し引き『ハッ』と、気合と同時に戸のほぼ真ん中を突いた。バキッと乾いた音と共に厚い戸板は真っ二つになった。空いた戸口から小屋の中が見える。小屋の中に四つん這いの小紅が見えた。他の四人組はポカンとしていた。多分、いま起きたことを理解できないのだろう。「メイ兄ちゃん!!」小紅はメイに駆け寄った。メイに縋りつく寸前にメイは身を返すように小紅を避け、メイの後ろにいた颯介と仲谷の方に背中をポンと押した。「アッ‼」
弾みがついた小紅は仲谷に抱き着いた。
「お姉ちゃ~ん」と、小紅。
「ゴメンね、ゴメンね1人にさせちゃって…」
仲谷、小紅を抱きしめる。
まだ小屋のなかにいる4人にむかい「あんた達!自分が何をしたのか分かってるの~?」と、強い口調で云った。小5であってもこのことが“イジメ“や単なる“いたずら”で済むことでない、と思っていた。更に何かを言おうとする仲谷に、振り返った明文が唇に指を立てて「もう云うな」と云う仕草で止めた。
明文は小紅をみて「こいつは少し弱すぎるんだ!」と、小さく呟いた。
小屋の中から4人が出てきた。
「告げ口する気か?」長谷川は仲谷に聞いた。
明文達とは4~5の距離があった。
「決めてないけど、だれかには云うは!」気の強い仲谷はそう答えた。
先ほどより、付近にはこの土地特有の霧が出現していた。
長谷川が「こいつめ‼」と、云って明文に掴み掛ろうとした。明文は深く腰を落して肘を立てる姿勢を採った。長谷川が明文に掴み掛る瞬間、「ハツ‼」と云う気合いと同時に自分の立てた肘で長谷川の胸の中央胸骨を突いた様に見えた。ドスッ‼」と云う鈍い音と共に長谷川の身体が吹っ飛んだ。颯介は一瞬、言葉ではうまく言えない妙な経験をした。周りの空気(空間)が圧迫された様な、凝縮されたとでもいうのか?