【1-13】
【1-13】許されざる者たち④
この公園(神社内)は小学校を出て、緩やかに下った所にあって、神社から少し先に行くと、宅地造営中の埋め立て中の沼とも呼べない程の小さな池があった。この地域でしばしば発生する霧は、昔から地元でその池がもたらすとの言い伝えがあった。その霧が今、徐々に発生し始めていた。
小紅は公園の砂場にしゃがみ込み、指先で何かを描いていた。それは、小さな五角形だった。指で書き終えて、ポケットから出した紅いビー玉をそっと絵の真ん中に置いいた。そして小紅は、ジッと絵を見つめながら、何かを祈るように呟いた。その声はとても小さく、何を言っているのかを聞き取ることは出来なかった。
小紅は、辺りを見回した。公園には先ほどいたはずの人影は確認できなかった。がらんとした公園は、ゆっくりと霧に覆われ始めていた。
サクサクと地面を踏む音が小紅に近づいていった。それは数人と思われた。霧に隠れ、顔はハッキリと判らない。砂場の淵に来て立ち止まった、四人だった。その中の一人がゆっくりと小紅に近づいて、目の前の紅いビー玉を踏みつけた。
そして、「何を描いていたのかな~」と、云った。
あの長谷川の声だった。
颯介は小走りで神社に向かっていた。周りを見渡すと周囲は一面、霧によるガスで覆われ始めていた。息を切らして、神社の公園にたどり着いた。
「小紅~…小紅~」
大きく呼んでみた、返事はなかった。
ガスに覆われて、シーンとした公園は閑散として静かで、人気はなかった
颯介は公園の中ほどに行き、回りをゆっくりと見渡した。
ブランコが一つゆっくりと動いていた。
次に砂場に目をやる。何かが気になった。砂場に行く。砂には数人の足跡が残っていた。
一組は小さく、幾組が大きいサイズだった。小さい足跡の前に、踏みつけられたのだろう、
紅いビー玉が見えた。
それは、少し前に颯介が小紅にあげたものだった。
颯介はビー玉を拾って、付いていた砂を落とした。
「お~い!颯介、どこだ~」
やっと公園に来た明文の声だった。
公園に小紅は居ない。
探さなければならなかった。
颯介には思いつく場所があった。
もう一年以上、明文と小紅が転校してくる以前に、クラスにほんの少しの期間だけ、金子という転校生がいた。
その転校生と、颯介はほとんど話した覚えがない。少しきつい目つきで、他人を受け入れる雰囲気がなかった。当然、友達は出来ずに、クラスではいつも1人だった。
その金子を、颯介は一度だけ“霧沼”(クラスの俗称)の傍ですれ違った。その時、颯介は母親に云われて、買い忘れた物をスーパーに買いに行く途中だった。自転車で5~6分位の距離だった。
時刻は夕暮れ時にさしかかって、霧が出ていた。颯介は自転車のライトを点けた、ペダルが途端に重くなる。
進むと道が二俣に分かれる。
右は“霧沼”の脇の道だ。舗装はされていないが、大分近道だ。颯介は近道をとった。
しばらく自転車をこぐと、霧の中にうっすらと人影が見えた。小さいので子供のようだった。こちらに向かって歩いて来た。足を痛めているのかその動作はゆっくりとしていた。
輪郭が、かなりハッキリと分かった。
肩が痛いのか片方の腕で庇うようにしている。
自転車ですれ違う際に、目が合った。
同じクラスの金子だった。何か哀しげな瞳をしていた。
肩をいたわりながら、足を引きずって歩く金子は、ゆっくりと霧の中に消えていった。
颯介は自転車を止めて見続けていた。なぜか声を掛けることは出来なかった。
今、買い物の途中であった事を思い出し自転車をこぎ出した。この道の先には、左に曲がる急なカーブがあった。道の左は林で先は見えない。その先の右側には“霧沼”がある。
カーブの頂点に差し掛かる、颯介は自転車を止めた。前方にはきりぬまが見えた。畔には一棟のプレハブ小屋があった。その小屋から出てくる人影が見えた。話語が聞こえる。「あれ、凄いね~
別の声で「金子の奴、泣いてた!」
何人かがカラカラと笑い声が上がった。
「だらしねえの~
「あれなんて技?」1人が答えた。
「横四方十字固めって云うんだ!兄貴に教わった」
返答した声に聞き覚えがあった。
同じクラス長谷川だった。
高校生の兄がいて、柔道の都大会で準優勝したことをいつも自慢げに話していた。
颯介も昼休みに一回技を掛けられたことがあった。肩が外れるかと思うほど痛かったのを覚えている。
その時、痛みに耐えきれずにギブアップをした。あの時の痛みは今、思い出しても眩暈がしそうだった。