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八話

 土曜日に雅美を誘って『ミント・ルーム』に行った。店の前で待っていると、雅美は歪んだ表情で駆け寄ってきた。

「どうしたの? 寝不足?」

「違うよ。そこで嫌な光景見ちゃってさ。ぶりっ子の集まり」

「ああ。イケメンにプレゼント渡してるのね」

「絶対に演技してるって、男も気づいてるでしょ。まさか騙されてるのかな? そうだとしたら完璧な馬鹿だ」

「どうせ渡しても捨てられてるのに。無駄な努力、お疲れ様だよね」

「あたしたちは、ちゃんと愛してくれる相手と付き合おうね」

 ぐっと両手を握られた。力強く衣緒も頷き、喫茶店の中に入った。

 いろいろなおしゃべりをしながら、甘いものを好きなだけ食べる。仲良くするのは女の子が一番いいと改めて感じた。これが男だったら、早く帰りたい、俺は甘いもの嫌いなど文句を並べ立て喧嘩が始まり、挙句の果てに別れてしまうのだ。また、喫茶店の中にいる子が彼女よりも可愛かったりすると、さっさと裏切り捨てる。男は血も涙もない奴ばかりだ。

 すぐに夕方になり、雅美が椅子から立ち上がった。

「お腹いっぱい。そろそろ出ようか」

「そうだね。体重増えてそう」

「衣緒は痩せてるから、少し太っても大丈夫だよ。心配しなくても」

「でもなあ。ぽっちゃりは、新田亘紀も嫌なんじゃ」

「新田亘紀? 誰?」

 はっとして首を横に振った。雅美に彼のファンだと教えていなかった。

「まさか好きな人?」

「違う。憧れの小説家なんだ。好きだけど恋人同士になりたいって意味じゃなくて」

「そっか。あたしは小説じゃなくてマンガなんだよね。文字って目が疲れちゃう」

「わかるよ。私もよくしょぼしょぼになるよ」

 はははと笑いながらドアを開ける。いつでもどこでもこうやって楽しくおしゃべりできるのは、雅美しかいない。

「じゃあ、今日はおいしいケーキありがとう。ごちそうさま」

「また食べようね。できるだけバレッタ付けて学校に行くね」

 にっこりと微笑んで別れた。

 雅美に嘘をついてしまったと申し訳ない気持ちが浮かんでいた。本当は新田亘紀の恋人になりたいと願っているのに、慌てて誤魔化した。ただし勝手な妄想でしかなく、彼がどんな姿をしているかわからない。中年男性かもしれないし女性かもしれない。これは普通の初恋とは少し違っている。

 電車に揺られながら、夜に変わっていく外を眺めた。この世界のどこかに必ず新田亘紀は存在している。心が澄んでいて綺麗でチャラくもエロくもない、衣緒の理想の男性。しかし残念ながら会うすべはない。

「しょうがない。諦めるしかないんだ」

 そっと呟き、現実を見ようと強く決意した。




 月曜日に勇気を出してバレッタをつけて登校した。クラスメイトから反応はなかったが、佳苗と知理子にはありがたい言葉をかけてもらった。

「うわあっ。めっちゃ可愛いっ。衣緒ちゃん、お姫様みたい」

「バレッタ一つでこんなに女の子らしくなれるなんて、マジで衣緒すごい」

「や、やだなあ。褒めても何もあげないよ?」

「せっかくだから、メイクもしてみれば? もっとお姫様になれるよ」

「あたしの化粧ポーチ貸してあげるよ。慣れてないなら手伝うし」

「メイクはいいや。もともと体に何か塗ったり付けたりするの苦手なんだ。イライラしちゃって」

「そっかあ。いつかメイクできるようになるといいね」

「うんうん。さらに美しくなった衣緒、写メ撮りたいな」

 二人の気遣いに心の底から感動した。けれどやはり今はバレッタが精いっぱいなのだ。

「そんなに似合ってるかなあ?」

 休み時間にトイレへ行った。鏡の前でバレッタを触っていると、後ろから鋭い目線が飛んできた。素早く振り向くと、マネージャーの子が睨みつけていた。

「あたしの谷口くん、返して」

 低く唸るような声に、冷や汗が流れた。

「え?」

「上村さんが、谷口くんに余計なこと話したんでしょ。あんたのせいで、違う子と付き合ってるのよ。あたしの谷口くん返してよおっ」

 そんなはずはない。衣緒は確かにマネージャーの子と幸せになってくれと言った。なぜ他の子と付き合っているのか。

「う、嘘でしょ? 私はマネージャーさんと恋人同士になってってお願いしたのに」

「じゃあ、どうして……」

「待って。谷口くんに聞いてみよう」

 睨んでいたマネージャーは普段の顔に戻り、小さく頷いた。

 昼休みに二人でC組を覗く。谷口は大人しそうな女の子と仲良くしゃべっていた。大股で近づき、固い口調で話す。

「谷口くん。何で」

「あれ? 上村」

「何でマネージャーじゃないの? 違う子なの?」

「何でって?」

「私はマネージャーと付き合ってほしかったのに」

 すると、谷口は冷たい笑顔になり、馬鹿にする声で即答した。

「ちょっと遊んでやろうって思っただけ。もう飽きたからいらない。へえ、あいつマジで彼女だって信じてたんだ。頭わりーな」

 ばたばたと後ろで足音がした。はっと振り返ると、マネージャーが教室から飛び出していくのが見えた。慌てて衣緒も追いかける。

「待って。待ってよ」

 ぐっと手を掴み、マネージャーは力なくその場に座り込んだ。ぼろぼろと涙が流れている。

「うわああっ。うわああんっ」

 哀れな姿に、衣緒はかける言葉が見つからなかった。そもそも誰かを慰めたり励ましたりするのが苦手だ。マネージャーの泣き声は廊下に響き渡り、周りにいる生徒は驚いていた。

「お、落ち着いて。みんなびっくりしてるよ」

 そっと囁く。マネージャーは目をこすりながら顔を上げた。

「泣き止んで。ね。子供じゃないんだから……」

 もう一度囁くと、マネージャーは掠れた声で答えた。

「……あたし、谷口くんにすっかり騙されてたんだね……」

「う、うん。どうやら」

「そっか。でも、何となく本気で愛されてるって感じはしてなかったの……」

「え?」

 目を丸くすると、マネージャーは衣緒の両手を握りしめた。

「……あの……。上村さん。ごめんね」

「ごめん?」

「うん。ごめんなさい。上村さんのこと疑ったりして」

「謝らないで。悪いのは谷口くんなんだから。それより、立ち直れそう? 大丈夫?」

「心配いらないよ。次は、もっとかっこいい男の子とラブラブになってみせる」

 まだ涙は残っているが、マネージャーはにっこりと微笑んだ。割と前向きな性格だったようで、衣緒もほっと安心した。

「じゃあ……。またね……」

 そのままマネージャーは歩いていき、取り残された衣緒は唸るように呟いた。

「……酷い……。やっぱり男って最低だ……」

 怒りが胸の奥でめらめらと燃え上がる。遊ぶというのは、まさかいやらしい行為だろうか。服を脱がせ好き勝手弄んできたが、急に他の子がほしくなったのでポイ捨てした。女を何だと思っているのか。ということは、もしかしたら衣緒も同じ目に遭っていたのかもしれない。谷口と付き合って、自分の露わな体を見せて触れさせて、突然裏切られて泣いていたかもしれない。

「本気で愛されてるって感じはしてなかったって、どういう意味?」

 マネージャーの言葉が蘇ってきた。衣緒は恋愛経験がないため想像すらできなかったが、彼女は気づいたらしい。とりあえず立ち直れそうとは話していたが、谷口の顔を思い切り叩いてやりたかった。

 この事実は、雅美にだけ聞かせた。佳苗は殴り込みに行こうと言いそうだし、知理子は口が軽い。帰り道の電車の中で電話をかける。雅美も谷口はまともだと思っていたらしく、かなり驚いた。

「ほ、本当?」

「私がこんな作り話するわけないでしょ。許せない。女の子を裏切って泣かせて、自分は新しい彼女とイチャイチャ……」

「谷口くんが、そんな性格だったとは。優しい人もたくさんいるけどね。なかなかうまく出会えないからなあ」

「たくさんいるのかな? 私はとてもそうは考えられない。今回の谷口くんもそうだけど、みんな仮面を被ってるってだけで、ほとんど悪人なんじゃない?」

「まあね。悪人かそうじゃないかを見極められる目を持ってたら、恋愛も気楽なのにな」

 はあ……と雅美の深いため息が聞こえる。衣緒と同じく、谷口の行動にショックを受けたみたいだ。次の彼女も飽きたらポイ捨てするつもりなのか。衣緒の男嫌いという思いが、一気に膨れ上がった。

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