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六話

 やはり翌朝は目が開かなかった。もちろん夜更かしをしていたとバラせないため、望海に聞かれても黙っていた。

「もしかして本でも読んでたの?」

 ぎくりとしたが首を横に振った。

「途中で起きちゃったの。それからなかなか寝付けなくて」

「とりあえず、さっさと支度しなさい。お母さんは先に仕事行っちゃうよ」

「わかってるよー」

 むっとしながら答えたが、すでに望海はドアを閉めていた。

 鞄を掴み靴を履くと、駅へ全力疾走した。大急ぎで学校に着き教室に飛び込むと、雅美たちが話しかけてきた。

「ギリギリセーフ。もう今日は無理かと思ってたよ」

「衣緒ちゃん、家が遠くて可哀想だよね。ママに送ってもらえないの?」

「朝から疲れるよね。毎日フルマラソンしてるのと同じだもんなー」

 心配してくれる三人に感謝しながら、衣緒は即答した。

「ありがとう。でも慣れてるから大丈夫だよ。足腰が鍛えられて逆に健康になるね」

「でも、本当に間に合いそうになかったら車で送ってもらいなよ」

 しかし望海も仕事をしているため頼めない。自分の足を使うしかないのだ。曖昧に頷き、はあ……とため息を吐いた。

 寝不足のせいで、午後の授業は激しい眠気に襲われた。教師の声が子守唄のように聞こえ、ほとんど内容は記憶に残っていない。雅美たちに買い物に誘われたが断った。さらに電車の揺れで、ついに睡魔に負けてしまった。がくっと俯き夢の中へ落ちていく。眠りから覚めたのは、ちょうど降りる駅に着いた時だった。いつも乗っているので、寝ていても体が反応するらしい。あくびをしながら駅から出てのんびり歩いた。家にはまだ望海はおらず、夕食を作ることにした。また、先に風呂に入る。知理子が、ママに送ってもらえないの? と言っていたのを思い出した。確かに、できるのなら車で送迎してもらいたい。車ならこんなに辛い目には遭わないし、遅刻の不安だってないだろう。しかし仕事で車を使ってしまうため、送迎は無理だ。仕事が休みの日もあるが、なるべくわがままはしないと決めている。学校の送迎をしない代わりに、塾の送迎は必ずしてもらっているのだから。

 風呂から上がると望海が帰ってきた。

「ただいま。あれ? ご飯作ってくれたの?」

「うん。お風呂も入れるよ」

「ありがとう。衣緒が家事やってくれると助かるー」

 何歳になっても親から褒められると胸が熱くなる。一緒に夕食をとりながら、望海は自分の昔話を始めた。

「お母さんって、けっこうモテたんだよ。高校生の頃は、たくさんラブレター渡されたなあ」

「へえ……。すごいねえ。可愛かったんだ」

「そんなに可愛くはなかったけど、とにかく気を遣ってたよ。話しかけられたら、にこにこする。嫌そうな態度はしない。ただそれだけで好きになってくれる人っているよ」

 つまり衣緒もそうしなさいと伝えているみたいだ。頑固な性格を治しなさいと教えているようだ。だが衣緒はそんなつもりはさらさらなかった。というか、生まれつきの性格を、どうやって治せるというのか。

「男の子たちにちやほやされてよかったじゃん。でも私はモテなくていいや。チャラ男が寄り付いてくるかもしれないし」

「……衣緒。もっと女の子らしくなってよ。お母さん、彼氏と仲良くしてる衣緒が見たいんだよ。少しはこの気持ちわかって……」

「じゃあ、また本読むね」

 さっさと立ち上がり自分の部屋に逃げ込んだ。

 男と仲良くする? 愛し合う? そんなの無理に決まっている。チャラくてエロい人間を愛せるわけがない。付き合ったって、どうせいつか裏切られて捨てられるだけだ。感情がないから平気でいじめもできるし、血も涙もない。みんな、なぜ彼氏彼氏と考えるのだろう。時間の無駄だと気付かないのだろう。

「こっちから傷つきに行くなんて、馬鹿じゃないの」

 辟易する。やはり彼氏なんて作るべきではないと改めて思った。



 本に夢中になりすぎて夜更かしをし、寝不足で遅刻になりそうになるという日が多くなった。帰りは電車でぐっすりと眠り、降りる駅でタイミングよく目が覚める。まるで綱渡りをしているような生活だ。しかし望海には叱られたり本を取り上げられたりはしなかった。もう高校生なので大人扱いしているのだと感じた。ただ、健康にはあまりよくないので「早寝早起きは大切だよ」と注意はされた。衣緒もしっかりと理解しているが、新田亘紀の本は一度開くとなかなか閉じられない。あまりにもハマりすぎて、夢の中に物語の主人公と相手役が現れることもあった。

「新田亘紀に会ってみたいなあ。どんな姿なんだろう。新田亘紀の彼女になりたい」

 ぼんやりと妄想する。心が綺麗な新田亘紀は、裏切ったり捨てたりはしないはずだ。絶対にそんな人物ではない。めちゃくちゃイケメンで優しいのは新田亘紀だと断言できる。残念ながら、どこにいるかは不明だが。


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