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三話

「ねえ、C組の谷口たにぐちくんに告ったんだって?」

 クラスメイトが大声を上げ、はっとそちらに視線を向けた。谷口はスポーツ万能でサッカー部のエースと呼ばれている有名な生徒だ。頭もそこそこよく、とても人気な男子だ。

「そうなの。ああっ。めちゃくちゃ緊張したっ」

「よくやったね。で、返事は?」

「ありがとうって話してたけど、もう少し考えさせてって。けど恋人にはなれると思う」

 えへへと照れ笑いする子を、じっと眺めた。特に美少女でもないしごくごく平凡な姿。それなのに、なぜ恋人同士になれると確信しているのか不思議になった。自分を可愛いと勘違いしているのかもしれない。フラれた時、どんなにショックを受けるかと妄想した。

「谷口くんに告白だって。すごいね」

 雅美が声をかけてきた。すぐに衣緒も答える。

「そうだね。度胸あるね」

「まあ、フラれるでしょ。谷口くんって彼女いるし」

「え? そうなの?」

「マネージャーと付き合ってるって噂、どこかで聞いたよ」

「ふうん。お気の毒だね」

 傷つくのも泣くのも自己責任。誰のせいにもできない。衣緒は始めから理解しているので、間違っても告白などしない。

「衣緒ちゃんっ。雅美ちゃんっ。マジで悲しいっ」

 いきなり知理子が割り込んできた。

「悲しいって?」

「喫茶店でかっこいい男の子いたって話したじゃん。やっぱり彼女いたのっ」

 はははと笑いながら佳苗もやってくる。

「ほらね。あたしの言った通りじゃない。イケメンと付き合うのは不可能だって」

「そんなあ。どこに行けば運命の人に出会えるんだろう?」

「運命の人なんかいないって。ね、衣緒と雅美も同じでしょ?」

 うん、と衣緒は頷いたが、雅美は目を逸らした。きっと雅美も素敵な人と恋をしたいのだと伝わった。

「あーあ。せっかくの青春なのに、もったいない。早く彼氏ほしいよ」

 嘆きの表情で知理子は呟く。そんなに男子と付き合いたがる気持ちが、衣緒にはわからなかった。

 一週間ほど経って、谷口にフラれたとクラスメイトが泣いていた。やはりOKしてもらえなかったようだ。もちろん衣緒は関係ないので慰めも励ましの言葉もない。ただ、経験値は上がったはずだ。恋に落ち、告白をし、そして失恋。これは次の恋に役立つだろう。泣いて苦しんで心は成長する。つまり衣緒は何も知らないまま生きていくという意味だ。男子と愛し愛されることを頑なに拒んでいるので、ショックな出来事に弱いかもしれない。ただ、頑固な性格なので立ち直りは早いのではないか。

 放課後、『ミント・ルーム』で三人とお茶を飲んでから帰った。楽しくおしゃべりをしているとすぐに外が暗くなってしまう。家のドアを開けると望海はいなかった。まだ仕事が終わっていないらしい。先に風呂に入って、ゆっくりと夕食を作った。

 音がないと寂しいのでテレビをつけた。最近売れている俳優が画面に映る。そういえば知理子が話していた。

「めっちゃイケメンなの。王子様だよ。衣緒ちゃんも惚れるよ」

「……いや、惚れないから」

 独り言を漏らし、さっさとテレビを消した。

 特にやることもなく、ベッドに横たわって新田亘紀の本を読んだ。ふと過去が蘇ってきた。小学四年生の頃。何も楽しみがなく笑顔も作れなかったあの日々。

「衣緒。新田亘紀って知ってる?」

 望海がベッドに寝っ転がっている衣緒に話しかけてきた。

「誰? 新田亘紀?」

「本を書いてる人なの。もしよかったら読んでみれば?」

「やだ。男の人の本なんか絶対読まない」

「でも、おすすめだよ? 試しに……。どう?」

 そして本を渡され、衣緒はむっと表紙を見つめた。

「……どうせエッチな本なんでしょ。わかってるんだから」

 ぶつぶつと文句を言いながらページをめくる。しかし内容はものすごく純粋で甘く、ほろ苦いラブストーリーだった。分厚い本だったが二日で読破し望海に感想を言った。

「面白かった。ちょっと泣いちゃった。お母さん、また新田亘紀の本買って。お願い」

「よかった。衣緒がいじめで落ち込んでて心配だったけど、新田亘紀のおかげで元気になれたね」

 にっこりと笑った望海の顔は、いつまで経っても忘れられない。どんよりと曇っていた上村家に光を差してくれたのは紛れもなく新田亘紀だ。

「衣緒、ごめん。遅くなっちゃって」

 玄関から望海の声が飛んできた。はっと我に返り急いで部屋から出た。

「お母さん、おかえり。ずいぶんと時間かかったんだね」

「うん。一人にさせて寂しかったよね。だめなお母さんだ」

「仕方ないよ。疲れてるでしょ? 夜ご飯の支度しておくから、お風呂入ってきて」

「ありがとう。優しいなあ」

 洗面所に向かう望海を見つめながら、そっと胸にある思いが浮かんだ。もし兄弟がいたら、望海の帰りが遅くても寂しくはない。いじめも乗り越えられたかもしれない。すぐそばで助けてくれる、慰めてくれる、愛してくれるかけがえのない存在。そんな人がいてくれたら。

「まあ、考えてもしょうがないな。どこにもいないんだから」

 ないものねだりしても時間の無駄。もっと大人にならなくては。夢見てばかりはよくない。



 数日後、驚くべきことが起きた。廊下を進んでいると背中から肩を叩かれた。振り返ると谷口が立っていた。

「あ、あのさ。ちょっといいかな?」

「え?」

「今度、俺とお茶でも飲みにいかない? 二人きりで」

 あまりにも意外な言葉で目が丸くなった。普通なら喜んでとにっこり笑うところだが、衣緒は違った。

「何で私と? 谷口くんってマネージャーと付き合ってるんでしょ?」

「別れた」

「別れた?」

 へへへと照れながら答える。

「いや。上村って可愛いじゃん。頭もいいし。……好きになっちゃった」

 女子に大人気の谷口。彼から告白されるなんて奇跡としかいいようがない。けれど衣緒は固い口調で断った。

「ごめん。私、男嫌いなんだ。恋人ほしくないの。谷口くんモテるんだし、いくらでも彼女できるでしょ」

「ちょ、ちょっと待てよ」

 慌てて腕を掴んできた。ありえないという顔だ。

「男嫌い? マジかよ」

「うん。好きになってくれてありがとう。でも、彼女にはならない。じゃあまたね」

 呆然と口を開けている谷口を残し、衣緒は大股でその場から立ち去った。こんなふうに冷たく振るのは、罪悪感があるしあまりしたくない。お茶を飲みに行く程度ならOKしてもいいかもしれないが、二人が付き合っていると噂でも流されたら大変だ。さらに人間は一度了解すると、次も次もと欲しがる。金を貸すとまた借りに来るように、どんどん続いていくのだ。始めにきっぱりと伝えれば、相手も諦める。

「私は間違ってない」

 そう。決して道を踏み外してはいない。そのおかげで、今までまっすぐ生きてこられた。頑固で融通が利かなくてたまに引かれたりするが構わない。生まれつきの性格は治せないのだ。

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