十八話
創汰のお気に入りにされたと感じた。チャラ男とは絶対に関わらないと決めていたのに、レストランでお茶を飲み下の名前で呼び合うなど、まるで恋人同士みたいじゃないか。しかも彼はかなり面倒な性格の持ち主だと考えた。しかし胸の中に渦巻いていたノイズは消えた。やはり謎の男子は早乙女創汰で間違いなかった。新田亘紀とのつながりは未だに不明のままだが。
「それにしても」
創汰の姿を思い返した。背が高く華奢で顔も整っていた。軽い笑顔。気さくなしゃべり方。衣緒が睨みつけても怒ったりしなかった。手を握りしめた時の力も強く、たくましさや男らしさが溢れている。ああいう人をイケメンと呼ぶのか。彼女になる気はさらさらないし、好きになったりもしない。ただ、かっこいいのは確かに認めた。
「子供がかっこいいなら、親もかっこいいのかな」
呟いて、はっとした。創汰に近づいてはいけない。もちろん、家族も見てみたいなど考えてはいけない。
「だめだめ。創汰はチャラ男なんだから。また誘われてもついて行ったりしないぞ」
ぱんぱんっと頬を叩いて首を振ると携帯が鳴った。雅美か佳苗か知理子だと予想していたが、何と創汰だった。
「ええ? そ……創汰?」
「あはは。びっくりした?」
「びっくりっていうか……。どうして携帯の番号知ってるの?」
「適当にボタン押したら、衣緒につながったんだよ。すごいねえ」
「ふざけないでよ。誰かに聞いたんでしょ」
「本当に適当なんだって」
偶然ボタンを押したら携帯につながるなんて信じられない。携帯の番号を知っているのは家族と友人のみだ。どこから情報を得たのか。
「……創汰って、超能力者なの?」
そっと囁くと、あははっと笑われた。
「超能力者? 衣緒って面白いねえ。可愛いなあ」
「だ、だけど……。明らかにおかしいじゃない」
「残念だけど、俺は超能力者じゃないよ。へえ、真面目そうなのに、超能力とか信じてるんだ」
「う、うるさいなっ」
「わかったわかった。ちゃんと話すよ。生徒手帳、失くしただろ?」
どきりと心臓が跳ねた。なぜそのことまで気づいたのか。
「失くした……けど」
「実は俺が持ってるんだよ。あの夜、名前は言えないって逃げた時に落としただろ? 顔と名前と通ってる学校がわかれば、もう簡単。住んでる場所はさすがにわからないけど」
真っ暗闇でも、生徒手帳の写真を見ればはっきりと確認できる。衝撃で冷や汗が流れ始めた。
「でも、私が新田亘紀のファンだっていうのは、生徒手帳には書かれてないでしょ?」
「これは愛の力だよ。衣緒は俺の運命の子なんだ。何でも目に見えるよ」
「愛の力なんて存在しないよ。それに運命って? 私、いつ創汰の運命の子になったの?」
「まあ、深く考えても無駄だし、これから楽しく」
「チャラ男と付き合いたくない」
固い口調で遮った。創汰はきょとんとした声で答える。
「え? 付き合いたくない?」
「可愛いとか好きだとか喜びそうなこと言えば、私が惚れるって企んでるでしょ。そうやって、これまでたくさんの彼女と付き合って、弄んできたから。けど私は普通の子とは違うよ。どれだけ愛してるって聞かされたって、チャラ男の恋人になんかならない。その手には乗らないよ」
「衣緒。勘違いだって話しただろ。俺はチャラ男じゃないよ」
「勘違いしてるのは、そっち。創汰はチャラ男。エロいことしか考えてない最低人間だよ」
「ちょっと待って。エロいことがしたいなら、あの夜追いかけて無理矢理家に連れ込んで襲ったりしないか? お茶飲むって嘘ついて、ホテルに連れて行ったりするもんじゃないか?」
はっとした。確かにその通りだと思った。しかも創汰は衣緒の命を救ってくれた、まっすぐ生きている正しい人ではないか。あの日、もし創汰がいなかったら死んでいたのだ。
「ま、まあ……」
「だろ? 外見で簡単にチャラ男扱いするのは失礼だよ。どうしようもないがちがちの頑固者だね」
創汰に頑固者と言われてなぜかショックを受けた。誰かに頑固だ融通が利かないと呼ばれても一切気にしなかったのに、心に穴が開いた。がっくりと項垂れ自己嫌悪に陥る。創汰には、女の子らしくない、可愛げがないと見られたくなかった。
「私の生徒手帳って、創汰の家に置いてあるの?」
質問の内容を変えた。創汰は少し驚いた口調になった。
「あるよ。それがどうしたの?」
「返してくれない? 新しい手帳、作り直したんだけど」
「なら、この手帳は俺が持っててもいいじゃん。二つあってもしょうがないだろ」
「迷惑でしょ? それに何となく不安で」
「悪用したり他人に渡したりしないよ。ちゃんと大事にしまってあるから安心して」
しかし、いきなり電話がかかってきたら驚くし、創汰に常に監視されているみたいでとても安心などできない。
「とにかく、次に会った時に返してよ」
「やだよ。これはお守りにするんだ。絶対に返さないからな」
「お守りなんて。やめてよ」
「落とした衣緒が悪いんだろ? もし落とさなかったら、俺に拾われることもなかったんだ」
「……そうだけど」
そして一方的に切った。これ以上、創汰と話を続けられそうになかった。
「まさか創汰が拾ってたなんて」
予想していなかった。頭のおかしな奴に拾われなくてよかったとは思ったが、できれば同じ高校の女子に拾ってもらいたかった。普通は、イケメンな創汰から電話がかかってきたら喜ぶのかもしれない。創汰に名前を憶えられて不快になるのは衣緒だけかもしれない。
「ああ……。どうして落としちゃったんだろう……。私の馬鹿……」
嘆いても愚痴っても状況は一切変わらない。
玄関から音がしてドアを開いた。疲れた顔の望海がソファーに座っていた。
「おかえり。いつも大変だね」
「しょうがないよ。お弁当買ってきたよ」
テーブルに視線を移動すると、ビニール袋が置いてあった。首を横に振ってしっかりと伝える。
「お弁当ばっかり食べてたら栄養失調になっちゃうよ。なるべく手作りしたものがいいよ。私が作れるんだから」
「衣緒だって、毎日は無理でしょ? 今日はお弁当で。一緒に食べよう」
弁当を渡されて椅子に座った。さっそく蓋を取って口に運ぶ。
おしゃべりをしながら、創汰の存在を望海にバラそうかと考えた。だが、もしバラしたら「付き合いなさいよ」と絶対に言うはずだ。しかも創汰は衣緒に好意を寄せている感じだし、ついにチャンスが来たと期待でいっぱいになるだろう。創汰の彼女になるなんて、悪夢と一緒だ。
「私、本読むね」
「早く寝なさいよ。睡眠は大切だからね。早寝早起きを心がけること」
そういえば今日は学校に行かなかった。衣緒は真面目な性格のため、遅刻をしたことはあるがサボったことは一度もない。創汰は面倒くさくなったからやめたと話していたが、それもチャラ男っぽい気がする。
「本当にチャラ男じゃないのかな?」
ぼそっと独り言を漏らすと、テレビをつけようとリモコンを持った望海がこちらに目を向けた。
「え? なに?」
「何でもない。お休み」
誤魔化し、素早く自分の部屋へ逃げた。
チャラ男が大嫌いという性格だが、はっきり言ってチャラ男とはどういう人間なのか曖昧だった。女の子にモテモテな人? いろんな女の子と付き合う人? おしゃれで自信に満ち溢れている人?
「エロいことがしたいなら、家に連れ込んで……」
確かにそうかもしれない。本当にエロいなら、獲物を逃がしたくないと必死で追いかけ好きなだけいやらしいことをするに違いない。創汰は、そんなことはしなかった。だが、その後の行為はチャラ男っぽい。生徒手帳を返さないのも、ずっと衣緒がそばにいるような気分で過ごしたいからではないのか。
「……男の子って、何考えてるかさっぱりわかんない……」
ふう……と息を吐いて、新田亘紀の本を開いた。