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十七話

 今回の新作も、ぐいぐいと引き寄せられるラブストーリーだった。毎晩寝るのは二時になった。ある日あまりにもハマりすぎて夜更かしをしてしまい、慌てて眠ったのは四時過ぎだった。

「衣緒、もう起きなさい」

 朝、望海に声をかけられても、うーんと唸るだけだ。体を揺すられ、渋々目を覚ました。

「何時に寝たの? 朝ごはん食べてる暇ないよ」

「え? う、嘘?」

「嘘? じゃないよ。全く。走ってもギリギリって感じだね。今日は朝ごはん我慢するしかないね」

「そんなあ……」 

 腹が減っていたが、時計を見てショックを受けた。確かに走っても間に合いそうにない。大急ぎで支度をし、外に飛び出した。だが電車は目の前で行ってしまい次の電車は事故で遅れ、衣緒が学校に着いた頃は昼休みだろう。

「ああ……。もう……。最悪……」 

 がっくりと項垂れると、後ろから肩を叩かれた。はっと振り向くと、にっこりと笑った男子が立っていた。かなりの長身で、染めているのか少し茶色の髪。耳にはピアスが二つずつ付いている。そして皇誠の制服を着ていた。

「あ、あなた……。誰ですか?」

「お久しぶり。上村衣緒ちゃん」

 トラックにひかれそうになった夜が頭に蘇った。間違いない。謎の男子の声だ。

「もしかして……。さ……」

 素早く口を覆われた。顔の距離を縮めて耳元で囁く。

「人がいっぱいいるから場所変えようか。二人きりで話せるところでおしゃべりしよう。自己紹介もそこでね」

 ぎくりと冷や汗が流れる。この男と二人きりになったら何をされるかと怖くなった。見るからに女好きでチャラ男ではないか。エロいことしか考えていない人なのだから、絶対について行ってはいけない。覆われた手を外し、強く答えた。

「私、学校に行かなきゃいけないから。あなたと付き合ってる時間なんてないの」

「いいじゃん。サボっちゃいなよ。別に毎日行かなくても平気だし」

「あなたは学校に行かないの?」

「行こうと思ってたけど、途中で面倒くさくなっちゃって。ねえ、二人でお茶飲まない?」

「嫌だ。完全に遅刻だけど、午後の授業は出られるかもしれない……」

 ぐうう……と腹が鳴った。ぼっと頬が赤くなる。あははと軽く笑いながら彼は衣緒の腕を掴んだ。

「お腹すいてるなら、俺が奢ってあげるよ。体は正直だね」

「う、うるさいっ。放してよ」

 振り払おうとしても男の方が力が強いので無理だ。諦めて、彼と喫茶店に行くことにした。

 



 たどり着いたのは、とても高級そうなレストランだった。といってもファミリー向けではなく大人っぽい。向かい合わせに座るとメニュー表を渡された。

「好きなもの選んで。お金はいくらでもあるから」

 お金はいくらでもあるから。いつか言ってみたいものだ。しかしそれよりもまずは名前を聞いておきたい。

「あの、あなたは早乙女創汰くん?」

「うん。そうだよ。よく知ってるね」

「架空の人物じゃなかったんだ」

 すると早乙女は目を丸くして微笑んだ。

「架空の人物? 衣緒ちゃんって面白いなあ」

「だって、友だちがそう言うから」

「そうか。俺もまさか架空の人物にされてたとは。びっくり」

「早乙女くんには質問したいことがたくさんあるの。まず、どうして私の名前や姿がわかったの?」

「さて。どうしてでしょう?」

「私が新田亘紀のファンだっていうのも知ってるよね。どうやって調べたの?」

「うーん。不思議だねえ」

 ばんっと大きな音を立てて立ち上がった。イライラが胸の中で爆発した。

「ふざけないで答えなさいよ。その馬鹿にしたしゃべり方と態度やめて」

 きっと鋭く睨みつける。すると早乙女創汰は首を横に振り残念そうに話した。

「女の子なのに、ずいぶんと頭でっかちだな。衣緒ちゃんは」

「うるさい。生まれつき頑固なの。仕方ないでしょ」

「ふうん。まあ、俺はどんな衣緒ちゃんも可愛いけどね」

「可愛い?」

 驚いて後ずさった。早乙女の口から可愛いという言葉が飛び出してくるとは予想していなかった。

「可愛いというより綺麗って感じかな。美少女なイメージ」

「お世辞なんか聞きたくない。本当は微塵もそんなつもりないくせに」

「お世辞じゃないよ。衣緒ちゃん」

「衣緒ちゃんなんて呼ばないでよ」

「え? じゃあ衣緒って呼んでいいかな?」

「……そういうわけじゃなくて」

 はあ、とため息を吐いた。とても面倒な相手だとうんざりした。

「衣緒も、創汰って呼んでよ。もっと仲良くなろう」

「何で仲良くするの? 私、男が嫌いなの。あなたみたいなチャラ男が一番嫌い。好き勝手に女を弄んで、飽きたらポイ捨てするっていう性格が許せない」

「チャラ男?」

 早乙女が声を大きくした。首を傾げて意味がわからないという表情になった。

「俺がチャラ男?」

「そうでしょ。これまでどれだけの彼女と付き合っていやらしい行為をしてきたのか怖くなる」

「ちょっと待って。勘違いだよ。俺は女の子と付き合ったこともないよ」

「え?」

「いやらしい行為どころか、手をつないだ経験だってないんだ。あの夜、衣緒の腕を掴んだのが初めてなんだよ」

 とても信じられない。ふん、と目を逸らし衣緒も強気に言い返す。

「嘘つき。その顔に俺はチャラ男ですって書いてあるよ。よく鏡で見てみなさいよ」

「衣緒。もう少し柔らかく話せない? せっかく可愛いのにもったいないよ。大体、俺がいなかったら死んでたんだよ? 俺が助けてあげたんだ。命の恩人にそんな態度とったら失礼じゃないか」

「それは……。そうだけど……」

 痛いところを突かれてしまった。早乙女が護ってくれたのを忘れていた。睨みつけたり怒鳴ったりしてはいけないのだ。

 返す言葉を失い俯いた衣緒に、早乙女はもう一度メニュー表を差し出した。

「とりあえず何か食べよう。衣緒の好きな食べ物は?」

「え、えっと……。パスタ」

「パスタね。俺も好きだよ。衣緒と味の好みが一緒で嬉しいなあ」

 にっこりと笑って店員を呼ぶ。わかりましたと頷き、男性店員は歩いて行った。

 しばらくして料理が運ばれてきたが、いろいろな気持ちが複雑に絡み合い空腹が消えていた。

「どうしたの? 食べないの?」

「お腹すいてない」

「じゃあ俺がもらおうかな」

 はっとして首を横に振った。二人前を食べさせたら早乙女に迷惑をかけてしまう。

「や、やっぱり食べるよ」

「そう? 無理しなくても」

「大丈夫。心配しないで」

 フォークを手に取ってパスタを口に放り込んだ。高級な味に感動する。いつも早乙女はこんなにおいしい食事をしているのかと羨ましくなった。

 かなりの時間をかけて完食すると店から出た。支払いは早乙女の奢りで、申し訳なくなった。

「自分の食事代は払うよ」

「いいんだよ。衣緒が喜んでくれたら満足なんだ」

「でも」

「おいしかったね。また来ようね」

「また?」

「うん。二人でランチしようよ」

「行かないよ。今日は特別。次は誘われても絶対に断るからね」

「つれないなあ。奢ってあげるんだから」

「奢ってくれても、チャラ男と仲良くしたくないの」

 すると早乙女創汰は衣緒の手を握りしめた。

「ちょっと。馴れ馴れしく触らないで」

「女の子の肌って、柔らかくてすべすべで心地いいね」

「やめてよ。放してよ」

「そんなに怒ってばかりいたらモテないよ? 生まれつき頑固だからって諦めてない? 自分は可愛げがないって」

「うるさいな。早く放してってば……」

「衣緒が、俺の名前呼ぶまで放さないよ」

 じっと見つめられる。真剣な眼差しに、どきりと胸が速くなった。

「な、名前? 早乙女くん?」

「早乙女じゃなくて、創汰がいい」

「じゃあ、創汰くん」

「呼び捨て。くんなんていらないよ」

「そ……創汰……」

「うんうん。これからは、そう呼んでね」

 満足そうに頷き、やっと解放してくれた。これからということは、衣緒はチャラ男に振り回される羽目になるのか。

「じゃあ、気をつけて帰ってね」

 そして創汰は歩いて行った。姿が消えるまでその場に立ち尽くし、がっくりと項垂れた。

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