十三話
翌日は、雲一つない快晴だった。登校すると、雅美に声をかけられた。
「昨日、どうだった?」
「大丈夫だよ。私は体力があるって言ったじゃん」
「お母さんと、ずーっと心配してたよ。車で探しに行ったんだけど、どこにもいなくって」
「探しに? ありがとう。雅美って優しいよねー」
「衣緒だって優しいじゃん。あたし、憧れてるんだから。お母さんも衣緒ちゃんみたいになりなさいってよく言うし」
褒められて、にっこりと微笑んだ。
「憧れてるなんて……。嬉しいなあ」
「衣緒ちゃん、雅美ちゃん、おはよう。雨大丈夫だった?」
「衣緒、歩いて帰ったんでしょ? 怪我したりしなかった?」
知理子と佳苗が割り込むように声をかけてきた。
「平気だよ。雨って本当に嫌だよね」
「うんうん。髪は広がっちゃうし服は濡れるし。女の子の天敵」
「晴れでも知理子の髪広がってるよ」
「え? 嘘? 佳苗ちゃん」
「もともと知理子はくせっ毛だからしょうがないね。もし広がってたら教えてあげようか?」
「ありがとう、雅美ちゃん。そうしてほしい。広がってるなんて嫌っ」
友人たちのおしゃべりを聞きながら、昨夜の恐ろしい出来事を話してしまおうかと考えた。だが、きっと心配をかけるだろうし、余計なことはしたくない。それに謎の男の存在を隠しておきたかった。黙りこくっている衣緒に気づき、雅美が覗き込んできた。
「どうかしたの? ぼうっとしてるよ」
「あ……。ご、ごめん」
慌てて笑顔を作り誤魔化した。
雨から恋人ができないという話題に移り、知理子が自分の長い髪に触れながら嘆いた。
「あたしがモテないのは、このくせっ毛にあるんだよ。いいよねえ。衣緒ちゃんも雅美ちゃんも佳苗ちゃんも髪が綺麗で。羨ましい」
「くせっ毛は関係ないと思うけど。でも確かに衣緒は髪綺麗だよね。近づくと香水みたいな匂いがするし」
「衣緒ちゃんが男にモテないのが不思議になるよ。こんなに美人で成績もいいのに。もしあたしが男だったら、一番最初に告白するけどな」
「わかる。で、クラスメイトにめっちゃ自慢しまくるの」
「佳苗ちゃんも? あたしも同じ」
雅美だけではなく佳苗と知理子にも憧れの眼差しを向けられ、頬が赤くなった。ここまで可愛いと言われているのだから衣緒も少しは自信を持ってもいいかもしれないが、それでもまだ素直に喜べない。積極的になれない。
「君の名前も教えてくれる?」
耳の奥から聞こえてきた。彼の目には、衣緒はどう映ったのか。男女の脳の中身や感じ方、考え方について衣緒は知らない。確かに違うのは明らかだが、どこがどう違っているのか詳しくわからない。だから、雅美たちの意見と昨日の男子の意見も異なっているはずだ。今まで告白されなかった理由もそこから来ている。
「あ、あのさ。ものすごく魅力的で誰が見ても美しいけどモテないってこと、あるかな?」
ふと疑問が浮かんだ。モデルやアイドルになってもおかしくない容姿を持っているが、全くモテないという人。
「ええ? かっこいいし可愛いのにモテないとか、普通はないよ」
「あたしもそう思う」
「というか、衣緒そういうの興味ないじゃん。別にどうでもいいでしょ」
「まあ、そうなんだけど。変な質問してごめん」
そっと頭を下げて、この話題は終わりにした。
大変な事実に気づいたのは昼休みになってからだった。弁当を食べようと鞄を開くと、生徒手帳がなかった。
「あれ?」
手を入れてぐるぐると回してみるが、完全に消えてしまっている。三人に伝えると、すぐに答えてくれた。
「どこに入れてたの?」
「どこだっけ……。忘れちゃった」
「ポケットの中は? 机の中も探した?」
「探したけど……」
「家に置いてきたんじゃない? 帰ったら床に落っこちてるかもよ?」
「そうかな。わかった。とりあえず部屋の中探してみる」
弱々しく頷き、どうか部屋に落ちていますようにと願った。放課後、一応交番にも寄り紛失届を出してから帰る。部屋中をくまなく探してみたが、願いは叶わずやはり見つからない。諦めて雅美に電話をした。
「ないよ。失くしたら、どうすればいいの?」
「紛失届は?」
「出したけど、それも無理な気がする」
「しばらく待ってみて、どうしても見つからなかったら新しく作り直すしかないね。その時は一緒に学校に話そう」
「悪用されたりしない?」
「悪用? 衣緒って手帳にどんなこと書いてたの?」
「えっと……。名前と顔写真と携帯の番号。住所は書いてない」
「それだけなら大丈夫だよ。おかしな電話がかかってくるようになったら、携帯買い替えれば問題ない」
「そ、そっか。ありがとう」
「友だちなんだから当然でしょ。困ったら、どんどん頼っていいんだから」
暖かな言葉に涙が溢れそうになった。雅美も佳苗も知理子も最高の友人だ。三人といるだけで幸せになれる。いじめられ、新しい学校に転校する羽目になった衣緒。そこでまず雅美に出会った。中学生になって佳苗と知理子にも出会う。ということは、いじめられなかったら三人とは会えなかったという意味か。もちろん、いじめは許せはしないしずっと恨んでいる。学校と家の距離が遠くなったり、帰り道が一人だけ違って寂しくなるのも、いじめてきた奴のせいだ。
それから一週間が経ったが、生徒手帳が見つかったという連絡はなく、失くしたと担任に伝えた。少し面倒くさそうな表情になったが「わかりました」と頷いてくれた。再発行には時間がかかるのでしばらく手帳なしの生活が続くが、雅美に悪用されないと言われて安心していた。佳苗と知理子も、ふう……と息を吐いた。
「よかったね。拾われた人に名前と顔はバレちゃうけど」
「それは失くした私が悪いから。仕方ないよ」
「早く新しい手帳届くといいね」
「うん。佳苗も知理子も、親身になってくれて……。どうもありがとう」
感謝を告げると、二人は嬉しそうに微笑んだ。
しかし、一体どこで失くしたのか。歩いている時に落としたのだろうか。全力疾走した時に? 電車で眠っている時に? いろいろと考えても全く答えは出てこない。
「拾った人が、同じ学校の女子だったらな……」
そんなにうまくいくわけがないと思いながらも、独り言が無意識に漏れた。