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STEP:8 登竜門

台所で水を汲みながらボンヤリしていた。

昨日の先生とスカイプの後にも色々な事を考えた。

そのせいで、もう正午を過ぎていた。


今日は日曜だというのに、母親は仕事に行った様だ。

パートには、日曜も休日も関係無いという事だ。

実際のところ、母親が何のパートをしてるのかも分からない。

そして、母が何の仕事をしていたのかも知らなかった。


水を持ってテレビの前に座る。

リモコンを持ったとき、テレビの上に置かれた小さな雛人形が目に入った。

雛祭りから2日経つというのに、まだ片付けてないあたりが母親の疲れを表している。

珍しく片付けてやろうかと思ったが、変に片付けてはいけない気もした。

しかし、母親の歳になっても雛人形を飾るあたりが女らしさを忘れてない証拠なのだろう。


姉さんも雛人形を飾ったのだろうか...


そんな事を思ったりもした。

テレビを見るのをやめ、パソコンの元に戻る。


姉さんが上がってくるかも知れない。


そう思った。

しかし、期待通りにはいかないものだ。

姉さんは上がってきてはいなかった。

『みんなのお姉さん』という名前の横に表示されるオンラインを告げるマークをずっと眺めてた。


とりあえず、スレに保守でもしておこうと思った。

スレは相変わらず、落ちていて新スレを探す。

過疎なのだから自分が放送すればいいのかも知れないが、とてもそんな気分にはなれなかった。

新スレを開くと放送中の様だった。

昼間のDJは下半身系の話もするが、そうでない者の方が多い気がする。

だからこそ、久々に声キモでも聞いて気分転換をしようと思った。


放送を繋ぐと先生が放送をしていた。

よく見ると新人さんらしい人とカオス状態の様だ。

正直な所、自分はカオスは好きではない。

聞きにくいのもそうだが、折角放送してくれるDJがいるのに勿体無い気分になる。

そうは思うのだが、両方聞ける用に準備を進める。


その時だった。

姉さんのスカイプが一瞬オンラインになった様に見えた。


確認するが、マークはオフラインになっている。

しかし、確かに一瞬ではあったがオンラインになった。

見間違いなのかも知れないが、さっきとオンラインのDJの数は変わってない。


ヘッドセットを繋いで姉さんにかける。


呼び出し音が鳴り続ける。

姉さんはオンライン状態を隠しているだけなのが分かった。


通話を拒否されるわけでもなく、ただ呼び出し音が鳴り続けた。


嫌われているとしても、想いだけは伝えたかった。

それで、何をしたいのかなんて考えもしなかったが、後悔したくないと思った。


呼び出し音が消えた。


しかし、無音だ。


「姉さん?」

「プルルルルルル」

「ん?」

「プルルルルルル」


よく聞くと小さな声で呼び出し音の真似をしてる姉さんの声が聞こえる。

音量の設定が未だにうまくできないのはデフォなのだが、今日は小さすぎる。


「プルルルルル...出ませんよ」

「姉さん、今日は音が小さい」

「え!?」


驚いて音量を上げてくる。


「聞こえる?」

「聞こえてるよ。最初から普通に出てくれればよかったのに...」

「見つかっちゃったか...」

「見つかっちゃったじゃないよ。ずっと、姉さんが上がってくるの待ってたんだよ?」

「そうだったんだ... ずっとオンラインだったのは知ってるよ」

「ずっと潜伏してたの?」

「まぁ... うん。昨日はオンラインにしたんだよ。モリタボがかけてくるかもって思ったから。そのままスカイプ切ったの忘れてた」


昨日は先生と話した後、パソコンから離れてしまった。

その間に、姉さんは上がってきていたのが、少し悔しい。


「今日はあんまり話せないの。お母さんがお昼に帰ってきたらお雛様を片付けなきゃいけないから」

「ああ、うん。 大丈夫、用件だけ伝えたら今日は満足だから」

「そう? 良かった。うちのお雛様はお母さんのお古だけど大きいから大変なんだよね」

「やっぱり、女の子なんだね。うちの雛人形を見て『姉さんも飾ってるのかな』って思ったんだよね」

「ええ? モリタボってそういう趣味があったんだ」

「違うよ。 静輝しずきさんのだよ」

「なんだ。お母さんもお雛様出すなんて可愛いね」

「可愛いって言えばそうかも知れないね」

「本当は可愛いって思ってるでしょ? よくエッチなゲームでそういう展開あるよね」

「そういう展開? 何言ってんの!?w ないないw」

「はいはいw 無いって事にしておきますねw で?用件って?」


「用件を伝えたら」って言ったときに『流された』と思って少し安心していた。

いざ、こうなると言いにくい。

しかし、登竜門と同じ...言わなければ進まない...


「なに? 大事な事なんじゃないの?」

「大事だよ...」

「ああ。私と話せなかったから、寂しくて泣いてたんだ?」

「泣いてないよ。けど、寂しかったよ。」

「え? なに? べ、別に嬉しくないんだからね!! って言って、おきます...ね」

「寂しかったよ。話したかったし、姉さんの事ばっかり考えてたから...ずっと待ってたんだよ。 俺さ、姉さんの事好きみたいなんだよ... いや、好きだよ。だから、これからも話したいって思ってさ。 この前の事は言わない方がいいかも知れないって思ったけど... うまく言えないからごめんね。 この前、あんなふうに切られて、俺はどうしたらいいか分からなくて... 変な事言う方が失礼っていうか、良くないって思ってさ。そしたら切られちゃうし...」

「うん。ごめんね。ありがとう... やっぱりモリタボいい人だった。良かった...私も好きになって良かった」

「ごめんね。...って、好きになって?」

「そう、チャットしてた時から好きだったよ。いつも放送は録音してたしね。『最初は変な新人が来たな』って思ってたけど、だんだん声が好きになってきて...聞いてると落ち着けた。だから、いつも一生懸命レス書いてたんだよ。実は前に、「今日はやめて次にしろ」って書いたのも私なんだよ。あの日は、お母さんが病院に行ってて、洗濯物とか掃除とかでレスできなかったから...」

「そうだったんだ。正直、助かった。ありがとう」

「ううん。ところで、質問してもいい?」

「なに?」

「私の事、本当に好き?」

「え? う、うん...」

「じゃあ、どうしたいの?」

「どうしたいかとか...考えてなかったんだ。ただ好きだからこのままが嫌だったから...それを言いたくて」

「会ったりしたい?」

「それは...うん 会いたいけど、でもいい。会わなくてもいい。ただこうして話せれば...」

「会ったら、凄いブスかもしれないよ?」

「ブスとか...多分、そんなのどうでもいいよ。どうでもいいとしか考えられない」

「そっか...まぁ、無理だけどね... 東京まで行ったら帰りは夜になっちゃうし...」

「うん。だからいいってば。本当にお互いが会いたくなったら、俺がバイトして行くよ」

「えへへ♪」

「なに?急に笑って」

「何度聞いても不思議だなって思ってさ。モリタボって最初は自分の事『僕』って言ってたから」

「そう? 全然気づかなかった」

「レスは『俺』ばっかりだからね。『癖になったんだな』って思ったときは『可愛いな』って思った」

「え? 何? 急に」

「来てくれるなら会いたいかもね。でも、まだ今は会えないけど...」

「だから、いいってば。こうして話してくれれば」

「モリタボって、森 何?」

「え?」

「本名は森君なんでしょ? 下の名前は?」

「何?急に...勇気だよ。なんで?」

「勇気って、これ? 今、チャットに打つね」

「そうそう。だから、なんで?」

「私は三木みき 静香しずかって言うんだよ。『お母さんと一字違いだなぁ』って思ってたんだ。チャットで打つね」

「え?どうしたの?」

「私ね。人の名前を聞くのが好きなの。 その名前には、お父さんとかお母さんが考えた希望とかが含まれてたりするでしょ? 『勇気のある強い子に育ってほしい』とかね。 だから聞くのが好き。 理由を聞かないと分からない名前もあるけど... その人の名前が分かる時って嬉しい。 それに、声キモのDJの名前なんて皆知ってるけど、本名は知らないじゃない? 分かってる人もいるけど、モリタボの場合は分からない。 でも、皆が森って名字なのは知ってるから... 本名が分かったら特別な気分になるじゃない? だから聞いた。だから教えたの」

「そっか... じゃあ、特別にならない様に後で放送で言うかなw」

「言えるもんなら言ってみやがれw いいもん、声キモで一番最初に聞いたのは私だし。 でも、放送するなら聞きたいな。それじゃあ、これからお母さんと聞くね」

「ちょw 家族で声キモとか無いからwww」

「うん。私もお母さんとは聞けないw 録音しておくから頑張ってね」

「まぁ、放送するか分からないけどね」

「なにそれw」

「こんなテンションで放送したら、『何かいい事あったの?』ってバレるじゃん」

「ナゲット 乙 だね。 っていうか、そろそろお母さん帰ってくるから切るね。お母さんにはヘッドセット持ってる事も秘密だから」

「うん。話してくれてありがとう」

「なにそれ? 話してあげてないよ。好きだから話したの。分かった?」

「うん。ありがとう」

「じゃあね。またオンラインにしとく様にする」

「うん。またね」


言ってやった。

俺は言えた。

仲直りできた。


嬉しくて椅子と共にくるくる回っていた。


三木静香か...


これは、本当にネゲットの予感だ。

ネゲットは都市伝説。そんなのは誰が言うまでもなく明らかな事だと思ってた。


しかし...

嬉しすぎる。

この嬉しさ、誰かに言わずには抑えられない。


内容はともかく、とにかくこの幸せな気分を...

チャットか...

先生に報告か....


いや、声キモで放送だな!

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