STEP:5 姉さん
俺がモリタボとして声キモに居着いてから、もう5ヶ月が経った。
放送も割と落ち着いて放送する事ができる様にもなった。
検索時などにリスナーが集まらない様に、放送タイトルなどの中からキーワードを外す事で、気持ちも楽になった。
そして、今では様々な板を見る様になった。
すっかり、自分の中では「2ちゃんねらー」気分だった。
そういえば先日、母親が俺に言った。
「何か欲しいものがあるなら買っていい。それで、勇気君が楽しいって思えるならそれでいい。でも、出来る事なら、お母さんに一言でもいいから話してほしい」
そう言った。
黙ってカードで買ったヘッドセットや、ツールを使う為に買ったOS、データを保存するHDDなど、6万くらい使ったせいでバレたのだ。
正直驚いた。怒られると思ってたから...
しかし、怒鳴ってきたら言ってやろうと思ってた。
「母親面するな。おまえなんて、俺の母親じゃない」って...
でも、怒るどころか「話がしたい」と、ドア越しに言ってきた。
確か、初めて夜に放送してみた日だった。
放送中だったのに、そんな事を言われた後の放送は、グダグダだった。
あれから、夜や母親がいる時間は放送しなくなった。
実際、俺は本当の母の事は殆ど覚えていない。
事情は分からないが、母も働いていて父よりも夜遅くに帰宅してた。
父はいつも汚れた作業服で、母はいつも綺麗なスーツを着てたのは覚えてる。
それと、たまに早く帰ってきた時はお土産を買ってきてくれていた。
そんな母がいなくなった日を、俺は覚えていない。
ただ、泣いたのは覚えてる。
父も泣いていた事をよく覚えてる。
母の死に目に会ったのか...
葬式はしたのか...
何も覚えてない。
そうやって俺は、いつも記憶を閉ざして逃げてきていたのかも知れない。
父も話したくなかったのか、俺に気を使ったのかは分からないが
「お前が大きくなったら...ちゃんと話すよ。今は父さんにも辛い事なんだ。ごめんな」
そう言われたのも覚えている。
そう、本当に母の事だけを忘れているのだ。
結局、父は今の母親にも話さなかった。
そして、俺も知らないままなのだ。
でも、今では「その方がいいのかも知れない」と思う様にもなった。
本当に母が死んだとして、事故だったら俺は相手を恨むだろう...
本当に母が死んだとして、それが病気だったなら仕方無い事だろう...
しかし、誰かに殺されたとしたら俺は復讐したいと思うかも知れない。
もしも、死んだのではなく家を出て行ったなら、母を恨むと思う。
何も知らなければ、素敵な母のままなのだから...
父と結婚し、殆ど口を聞かない旦那の連れ子と、妻となったにも関わらず、母の事を話してもくれない父。
母親も色々と大変だったのかも知れない。
それにも関わらず、俺の心配をしてるなんて...
そう考える様にもなった。
でも、今更どうしたらいいのか分からない。
そんな事を思い出すと、苛々とも悔しさとも違う嫌な気分になる。
こんな気持ちの時は、放送して何もかも考えないで騒ぎたくなる。
専ブラを立ち上げている間に、ヘッドセットを繋いで音楽も決めて、放送を始める...
その気でいたのに、今日は先客がいたようだ。
俺がURLをクリックしても音は出なかった。
スレを更新すると、「乙」が続いた。
丁度、終わった所だった。
保守前の最後のレスに
611 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします Mail: 投稿日: 2005/12/15(木) 13:20:30 ID: ZlOAi57P0
お聞き頂きありがとうございました。
約束通り
skype:nukoero3
そう書いてあった。
レスを読む限りでは、「姉さん」という女DJだった。
一度だけ聞いた事があるが、正直なところ面白くなかった。
人を馬鹿にしてるというか、口調も態度も気に入らなかった。
当然、登録する気にもならなかった。
それに、女になんて興味が湧かなかった。
自分の中で、前の放送が終わってすぐに放送するのは気が引ける。
少し時間をあける為にも、お気に入りのスレを巡回する。
放送しようと思っていたにも関わらず、郵便屋が書留を持ってきた。
現金書留だ。
父を殺した男からの...
母親は何かと人を疑う性質があるらしく、銀行も信用していない。
だからこそ、こうして毎月現金が届く。
こちらとしては、いい迷惑だ。
実際、俺が引き蘢っていなかったら、誰がこれを受け取るのだろうか...
そんな事を思いながらも、父の事を思い出してしまう。
すっかり放送する気など失せてしまった。
気晴らしにテレビを見る筈が昨夜はDJがリレー状態で続いていた事もあって、寝不足な俺はテレビの前で寝てしまった。
起きた時は、もう23時だった。
驚いて起き上がると、毛布が掛けてあった。
母親はとっくに帰宅し、食事も済ませて寝た形跡があった。
俺が母親だったら、「寝てる暇があるなら、学校に行け」と思う。
しかも、心配までさせているのに、テレビをつけたままでのんきに寝ているのだ。
俺なら間違いなく叩き起こすところだ。
それにも関わらず...
少し悔しいというか、自分の馬鹿さに腹が立つ。
部屋に戻ってスクリーンセーバーを解除し、スレを更新するとスレは落ちていて
新しいスレも立てられていなかった。
レスでも書いて、笑って気分を変えるつもりだったのに...
いつも通り、お気に入りに登録されているスレを巡回するが新着レスもなく、気分が晴れずに苛々する。
誰かと話して、気を紛らわせようとスカイプを立ち上げてみたが、オンライン状態のDJはいなかった。
椅子に座って、天井を見つめながら、くるくる椅子を回す。
背もたれがギチギチと音を立て、天井には窓の外を走っていく車のヘッドライトの反射光が数分毎に過ぎて行った。
車の音も静かになった頃、避難所も眺め終ってしまった。
とりあえず、眠くなるまでには時間がかかりそうだと思った。
台所から水を持ってくる。
さっきまで寝ていたせいもあって、まるで眠くならない。
しかし、眠れないからといってする事もない。
暇つぶしに勉強でもすればいいのかも知れないが、教科書を開いても意味が無い。
どこから手を付けたらいいのかも分からない。
教科書の裏表紙に書かれた値段を見て、また溜め息をついた。
引き蘢りのDJやリスナーばかりだと安心する時もある。
こうして、自分の様にぼんやりしてる時もあるのだろうか...
そんな分かりもしない事を思ってみる。
dat落ちしたスレの最後に更新をしたところまでのログを読み返し、今日放送していたDJの詳細を眺める。
所属DJも読むというか、本当にただ見つめてるだけ...
色々な名前のDJがいて、自分には分からないDJもいる。
漏れぞうなんて、名前しか知らない。
声キモとDJが放送関連キーワードに記載してくれる事を願って、録音ツールのアラートが鳴るのを期待しながらベットに倒れ込む。
たまに過ぎ行く車の音を聞きながら、パソコンが楽しい時間の音を告げてくれるのを待っている。
無駄に過ぎて行く時間。
その時、急に姉さんに話しかけてみようと思った。
理由はIDを晒していたからというだけだ。
何故、声キモにいるのか...
何故、そんな名前なのか...
そんな話をしてみようとも思うが、話す内容なんて何でもいい。
ただ、この気分をどうにかしたい。
スカイプを立ち上げ、検索する。
プロフィール上では男らしい。
何もかもが適当なプロフィールなんだと思った。
とりあえず、登録要請を出して待機する。
その間に、新しく立った本スレに保守でもしておく...
承認が得られない様子からして、彼女もオフラインのようだ。
暇で仕方無い...
ネタの為にもSkype meでもしてみようと、とりあえず水を補充にしいく事にした。
ペットボトルに水を汲んできて、椅子に座りながらリターンキーを押す。
黒くなった画面が空けると、チャットウインドウが開いていた。
「何か用ですか?」と、とても迷惑そうな姉さんからのレスが書いてあった。
確かに自分から突然話しかけたのだから、こんな返しでも仕方無いのかも知れないが、さすがに、少し腹が立った。
「凄く迷惑そうですね。すいませんでした。」そう返して、チャットから退席した。
その時、丁度先生が上がってきた事もあり、姉さんにこだわる理由はなかった。
先生に「今、忙しいですか?」とメッセージを送る。
数分経って、「まだ仕事してる。あまり即レスできんぞ?」
と返ってきた。先生にレスを書こうとすると、
姉さんから「ちがw 別に、そういう意味じゃないよ。ただ、何か用事があったのかと思ったから」
と返ってきた。
先生には、お礼と「頑張って下さい」と書いて、姉さんとのチャットを続行する事にした。
「特に用事は無いです。ただ暇だったし、ID晒してあったんで話しかけてみました」そう送ると、
「丁度いい。こっちも寝付けなくて暇してた。話すのはいいんだけど、眠くなったら寝るよ?」と即レス。
「おkです。 姉さんは、よく放送してます?殆ど見かけないんですけど」と、姉さんをよく知らない事を伝えておく。
「ああ。あんまり放送してないな。話すの苦手だからwwww」と、興味を引く様なレス。
この後も、言い回し的にこっちから「なんで?」と聞きたくなる様なレスが続き、それを訪ねるばかりだった。
腕時計が5時を告げてから少したった頃、「って、もう5時じゃんw もう、寝たいんだけど...」と、
ストレートなレスがきて、スカイプは終了。
こちらが、「いいですよ」と書いた瞬間に「ノシ」と共にオフラインになった。
暇つぶしにはなったが、俺にはあまり良い印象は残らないチャットだった。