STEP:4 くおりてぃ
僕がモリタボとして声キモに居着いてから2ヶ月、すっかり放送する楽しみを知った。
本当は一日に何度も放送したい。
そう思う程だった。
でも、それができない。
だからこそ、週に2〜3回におさえている。
放送するにあたり、少しは何か自分で話しのネタを持たなければならない。
きっと、いけないわけではないが開始と共にネタレスがくるわけでもない。
スペックを読んで、テンプレを消化する。
そこで、ネタレスが来る事など期待して放送すれば「えーと」「うーんと」そんな状況になる。
自分がリスナーでいる時も、「レスくれ」「話す事なんて何もない」などを言われると、
正直、不快になる。
それが大物DJならまだしも、新参だと一層腹が立つ。
放送をして楽しいのは、きっとレスが面白いからだと思う。
それと、それを読む自分を構ってくれるところ。
自分の話す内容が面白いのかは、毎回不安なところ。
僕が声キモにくる前は感情などを単発で表現するだけの一行レスなども頻繁にあったようだが、今はそうでもない。
だからこそ、笑ってくれているのか不快なのかが分からない。
リスナーがいるからと思って安心する事もできない。
それが、リアルタイムに聞いているリスナーではなく録音している人の場合もあるからだ。
急にこんな事を考えたわけではない。
他でもなく、今日の放送が酷かったからだ。
レスは一つだけ。
乙も貰えなかった。
放送時間は48分。
とても間が持たなかった。
昨日も放送をしたせいで、話す事が何もなかった。
放送さえしてしまえば、何かレスをもらえるだろうと考えたのが甘かった。
しかも、その一つのレスも
『ダラダラやるなら今日はやめて、次回にした方がいい。聞いてるこっちも辛い』
その一言だった。「そんな言い方って...」とも思ったが、しかしこのレスが無ければやめる事もできなかった。
確かに自信は無くなった。
しかし、このレスに救われたのも事実だ。
放送を切ってから、30分。
こんな事を考えて、椅子の上であぐらをかいて座っていた。
今更ながら、ヘッドセットを外す。
耳に解放感が訪れ、体中の血がゆっくりと流れ出す様な感覚に酔っていた。
首を回して、大きく深呼吸にも似た溜め息をつく。
誰かと話したいと思ったが、スカイプでオンラインなのはコスギ先生だけ...
しかし退席中だった。
先生は何でも知っているし、色々な相談をする。
海外に住んでいて、奥さんがいる。
ハゲ。ロリ好きだが両刀。幼女には悪戯してみたいが、ガチムチには虐められたい。
AV男優経験有り、過激派メンバー経験有りなどプロフィールが濃い。
他にも色々な経歴を持っているらしいが、話してはくれない。
初回放送で顔画像を晒し、プロフィールの濃さもそうだが、顔がケイン・コスギに似てるところから
、この名前に決まったと言っていた。
日本語学校の先生をしている事から、先生と呼ばれている大物DJ。
俺とは正反対の憧れのDJである。
とりあえず、空になったコップに水を補給しに台所に向かう。
冷蔵庫にあった麦茶をコップに注ぐと、気分転換にテレビの元へと行く。
テーブルに麦茶の入ったコップを置くと、窓の外に猫がいる事に気付いた。
窓に近寄ると、猫はこっちを見ていた。
「何してんの?」と窓を開けずに話しかけてみる。
すると、猫は無視するする様に生け垣の上に飛び乗って、どこかに行ってしまった。
その様子に腹が立った。
結局、テレビを見る事をやめて部屋に戻る事にした。
階段に足をかけた時、テーブルに麦茶を置いたままのを思い出し、舌打ちをして取りに戻る。
部屋に戻って、机に麦茶を置いて、椅子に勢いよく座って大きく苛々を吐き出す様に溜め息をつく。
すると、珍しく先生から「おいすー^^ 今日は放送で何かあったの?」とチャットウインドウが開いていた。
先生からのレスが何分前かも見ずに、先生にボイスチャットをかける。
この気持ちを吐き出したかった。
飛び出し音がしばらく鳴り続け、先生はようやく出てくれた。
「かけるなら、言ってくれよ」
そう言われて、急に我に返る。
「あ! すいません...」
「どうした?」
「なんで、放送で何かあったって分かったんですか?」
「いや。久しぶりに避難所みたら愚痴スレに『これは酷い』って書いてあったから」
「ああ。やっぱり...」
「なに?何かしたの?」
「いや、何もしてないです。何も話せなかったんです」
「ああ、あるある。まぁ、そんなに気にする事でもないんじゃね?」
「先生はいつもレスが付くから...」
「いや、別に最初からレス貰えたわけじゃないけどな。いつの頃からか...って感じだよ。モリタボもそうなるだろ。」
「そういうものでしょうか...なんか、自信無くなっちゃって」
「自信? 前はあったみたいな言い方だなw」
「え? あ、いや」
「俺は今でも自分の話してる事が確実に面白いなんて思った事無いけどな。もしかしたら、だだ滑りかも...って思うよ」
「そうなんですか? 僕はいつも面白いと思います。だから、先生みたいになりたいと」
「俺みたいとかw ないないww っていうか、モリタボは普段は何を考えて放送してるわけ?w」
「いつも...ですか....? そうですね...」
「モリタボさぁ、『楽しませなきゃいけない』とか考えてるだろ?」
「そんなの当たり前じゃないですか」
「当たり前か...なんで?」
「いつも思うんですけど、リスナーさんの中には放送したくてもできない環境の人や、身体的に放送する事ができない人、時間が無い人など色々な人がいると思います。その中でDJはそれらの条件をクリアした恵まれた側にいると思います。そんなDJがその人達の分まで頑張る。その人達が「俺がやったら、もっと笑わせられる」って思わないくらいの放送をする義務があると思います。誰もつまらない放送なんて聞きたくないと思います」
「はあ...凄い信念だな。そんな事を考えてる割にはつまらない放送だな」
「...すいません」
「おい! 冗談だよ。マジで凹むなw まぁ、そんな考えは俺にはないな」
「じゃあ、どうして面白い放送をするんですか?」
「面白い放送をしようとは思ってない。まるで意識してないと言ったら嘘になるが、基本は考えないな。登竜門を読む時に笑かそうとか考えてんのか?」
「考えます」
「ああ、そう...w 俺は考えないな。他のDJの中にもモリタボの考えに賛同する者もいるかも知れないが、殆どのDJはそうでないと思うぞ。 少なくとも俺が放送するのは自分が楽しいから。放送する事で楽しみたいからだな。そんな事考えてたら面白くないだろ?」
「面白いとか...確かに凄く疲れます。でも、楽しんでもらえたら満足です。楽しんでもらえたら嬉しいです」
「だから...w 楽しんでもらえるのは嬉しいけど、そんな必死な放送なんて望んでる人間は少ないだろうし、笑かそうと思えばそれに気付く事もある。それを気付いた時は何を言われても面白くないな。俺たちは芸人でもなければプロのDJでもない。趣味なんだぜ?」
「それはそうですけど...」
「分かってるなら、もっと気楽に放送したらいいんだ。俺はレスを読む時も登竜門を読む時も、自分が楽しければいいって思う。モリタボが何かをしたい時に鼻歌を歌うとしてだな、何を鼻歌で歌うか選ぶのに『近所の人が心地良い曲はなんだろう?』って考えるか?」
「いや、そんなの意識した事もないです」
「そんなもんさ。登竜門を読む時も、『今日は耳が痛くなる様な高い声で読みたい気分だな』って思うからそう読む。そう読んだら、声が続かなかった。その自分の馬鹿さが俺には面白い。そしたらリスナーも笑ってた。そんだけだよ。自分が面白ければ、リスナーも面白いと思う。まぁ、限度があるけどな」
「限度ですか...難しいです」
「そこは放送回数だろうな。一人で暴走した様になってれば、リスナーは置いてきぼりでリスナーは不快になる。まぁ、そうなればイケメンリスナーが叩いてくれるだろうから、そこで気付ければいいだ。何度も注意してくれるかは分からないが、注意されなくてもレスが付かない様子やリスナー数の減りから分かるだろ?そうやって、学んでいけばいいんじゃないか?」
「なるほど...勉強になりますね」
「まぁ、俺の考えであって100%正しいわけじゃないけどな。中には違うDJもいるけど... 例えば...そうだな... ヘチマってDJがいるけども、あいつはレスに対してよく笑う。俺は別に面白いレスだとは思わないけど、あいつは笑う。そうすると、俺も面白い気分になる。そしてレスを書くと同様に笑ってくれる。だからレスを書きたくなる。 ブーマの場合は、面白い事も言うけど何よりも流れがマイペースだな。 焦らず、自分のペースで会話をしてる様な感じだ。 普通にリアルで話してる様な和む感じとか、なんか面白いものがある。 あとは...そうだな。よく歌うDJだ...えーと、神父だな。あいつはよく歌う。それが上手いかどうかは置いといて、歌ってる時はとても楽しそうだ。活き活きしてるっていうかな。そのテンションが歌う事で持続してるのか分からないが、とにかくどのDJも自分が楽しい筈だ。 レスを邪見に扱ってみたり、スルーしたりするのも自分が楽しむ上では重要だ。 皆が放送をする事で楽しませるわけではなく、自分が楽しみたいから放送するんだ」
「自分が楽しみたいから...ですか...」
「うん。変に頑張っても、それが滑ったら何も面白くないしな。楽しい気持ちは伝染するって言うだろ?」
「はい。楽しい気持ちの人のそばにいれば楽しい気分になるって言いますよね」
「そうそう。そういう事だ。面白いレスは職人にでも任せておけばいいんだ。例えば、『おまえ、氏ねよ』ってレスで書かれたら、それが冗談かどうかなんて本人にしか分からない。捉え方によっては不快にもなる。しかし、ここがラジオのいいとこだな。『おまえ、氏ねよ』ってマジっぽく言ったら面白い場合もあるが、そうでない事もある。逆に『おまえ、氏ねよ』って笑いながら言ったら楽しんでる事は明らかだ。レスを書くよりも伝え易い。俺はレスを書くよりも、放送した方が楽だと思うな」
「確かに...自分もレスを書こうとは思うのですが、なかなかうまく書けなくて補足ばかり付けたりしてる様な気もします」
「うんうん。あるある。 レス書いてDJが困ってしまうと『失敗した』って気分になる時もあるな。それはともかく、放送する時は変な事は気にするな。放送してる事を楽しんだらいい。自分のペースでな」
「自分のペース...頑張ってみます」
「だから、頑張るなと言っているw」
「いや、普段もそうですけど... 人と話す時は一生懸命相手の話題に合わせようとしたり、相手を笑かそうとばかり考えてしまうんです。それを意識しない様に頑張ろうかと...」
「それは大変だな。なんで、そんな事考えるのか理解できんな」
「いや... その... 一人になりたくないんです。今はもう一人だけど、離れていかれるのは嫌なんです。自分が楽しめなくても、相手が楽しんでくれて側にいようと思ってくれればそれでいいんです。とにかく、一人は嫌なんです。今、声キモに居場所が無くなったら... 人と接する場所が無くなってしまいます。だから、声キモにいさせてもらう為にも、自分が楽しむ必要なんてないんです。放送をした後にゲッソリ疲れて、喉が痛くなってでも僕は構わないんです。ただ、声キモにいさせて欲しいんです。」
「その必死さにドン引きって事もあるけどな。まぁ、そういう熱意を認める者もいるかも知れないけど... 何とも言えんな。でもそんな考えで放送してたら限りがあるんじゃないか?」
「限りはあります。自分でも分かってます。もう、ネタも出尽くしてます。僕の人生なんて薄っぺらいですから... だから、BGMで楽しんでもらうとか、歌ってみたり色々な事をします」
「なるほどな...それで著作権曲ばっかなのか... なんか大変そうだな... 俺だったらとっくに放送する事に疲れてリタイアだな。 まぁ、考え過ぎだとも思うけどな。でも、その必死さは『重い』って思う奴も多いという事は忘れない方がいいな。少なくともそれを知ってしまった俺は、今後のモリタボの放送の聞き方が少し変わると思う」
「だから、放送では言いません。そんな自分も嫌です。でも...」
「まぁ、人には色々あるからな。とにかく俺が言いたい事は言ったし。仕事の時間だから落ちる」
「あ! はい。ありがとうございます。すいません。いつも自己中で...」
「そういうとこも、アレだ。気にし過ぎだな。」
「そうですか...?」
「うん。忙しければ相手なんかしないさ。そこまでお人好しでもない。まぁ、適度に頑張れ」
「はい。 ありがとうございました。お仕事頑張って下さいね」
「ああ。適度にな。じゃ、またな」
そう言って先生はオフラインになった。
自分が楽しむ... とても難しい。
確かに放送を始めた時は楽しいと思ってた。
しかし、先生に言われた通り必死過ぎて心から楽しめてるのかは分からない。
つまらなければリスナーは離れていく...
しかし、必死でもリスナーは離れていく...
自分には自己中になって放送する事などできない...
とても難しい課題だ。
しかし、いつも放送前に準備運動までしてた自分に笑えてきたのも事実だ。
もう少し、気楽に放送したらいい。
自分が楽しい放送をする。
放送で笑う余裕も無い様な放送ではなく、普通にレスを書いてる様な落ち着いた気持ちで...