STEP:3 森ターボ
声キモに居着いてから1週間、レスも書く様になった。
そして今朝、母親のカードで密かに勝ったヘッドセットが届いた。
放送ツールと録音ツール、センブラも落とした。
DJが話す、リスナーはレスを書く。
基本的にコテハンが禁止な2ちゃんねるで、>>1でもないのにレスを貰える。
そのレスは、他の誰の物でもなくDJに向けられたレス。
DJはその時だけはスレの中心になる。
色々な板でレスを書いたが、必ずそこには別の話題が存在していて、自分の話題はその中の一部でしかない。
しかし、ここは違う。それが羨ましかった。
父の事故から今日で約2ヶ月と2週間経つにも関わらず、あれ以来、僕は一言も話していない。
声を発する必要が無かったからだ。
>>1は何度も読んだ。1週間ロムった。
後は、「僕にレスが付くのか?」それだけが心配だった。
机の上の腕時計が正午を伝えるアラームを鳴らす。そんな音にすら驚いた。
IDを変えて書き込む。
「放送してみようと思うんだけど、いいか?」
レスは返ってこなかった。
極度の緊張からか、喉が渇く。
急いで台所から水を持ってくる。
画面を眺めて、レスが付かない様子を見ていた。
しかし、レスが付いていないわけではなく、更新する事を忘れていたのだ。
更新すると、「新人wktk!!」「>>1を100万回読んだならおk」「md-?」と書かれていた。
すぐに放送の準備をする。
焦ったせいで放送名は「ッこえgキモ」になっている事にも気付かずに放送開始。
放送URLをレスで投稿する。
ヘッドセットから聞こえる自分の声。
僕はただ「聞こえますか?」と言い続けた。
汗を書いた手で、ひたすら更新をクリックした。
「聞こえてない」というレスが付いて、顔中に汗がにじみ出てくる。
しかし、その下に「聞こえてる。とりあえずスペック」と書いてあった。
テンプレに書かれた自己紹介の項目を探すだけで必死な自分がいた。
「DJ名、年齢、好きな歌手、職業、出身・在住、趣味・特技、好物、童貞か否か、よく行く板、何声目からいたか」
これらを順番に消化していった。
何を言ったのかすら覚えていない。
とにかく、テンパってる。
それに対して「声がプルプルしてるおwww」「DJとりあえず、素数を数えろ」「レス番はちゃんと読め」などのレス。
この時点で、コップの中の水は空になった。
素数を数えて、深呼吸する。
放送開始から28分。自分の中では1時間は経っていると思ってた。
少しは落ち着いた時、「DJは高校生という事だけど、公立?私立?」というレスが付いた。
ただ「私立です」と言っても仕方無い。何か話さなければいけないと思った。
しかし、何を話せばいいか分からない。
何を考えたのか分からないが、気が付くと自分は中学の時の進路相談の話をしていた。
「今は、私立です。面談の時に、母親が「地元の高校の方が友達がいていいのではないか?」みたいな事言ったんですけど、先生が「森は成績も良いし、私立にも入れますよ」って言ったんですよ。」
自分で、「だから、何?」とつっこみたくなる様な話だと思った。
その時、自分が「森」と名乗ってしまった事に気付いた。
焦って無言になった。
そして「森君落ちた?」「DJ名:森」とレスが付く。
それ等のレスを笑ってごまかす。
すると、流れを変えてくれるレス
「DJは無類の車好きと聞きました。長谷川さんと、北川君と、シグマちゃんについて語って下さい」というレスが付いた。
それがすぐに、HKSの事だと分かった。
「HKSって言ったら、国内初のボルトオンターボを開発とか...」などと、延々と話した。
車の話をしている間、僕はずっと父の事を思い出していた。
今が放送中である事もすっかり忘れていて、気が付くと、かなりの時間を話していた。
「ちょwwww DJ泣いてる?」「この話、長いの?w」などのレスが付いていた。
特にエンジンに関する話をしたらしく、
「DJ名:ローター森」「DJ:森チャージャー」「DJ名:ロリータ森」「森ターボ」などの候補を貰った。
この時、放送時間は1時間半を超えていた。
今までロムっていた感じでは、長過ぎるのも良くないと思い、今日は終わりにする事にした。
レスもDJ名候補で止まっている。
この放送で、DJ名だけは決めて終わろうと思った。
悩んでいると、「>森ターボ。略してモリタボでいんじゃね?」というレスが付いた。
モリタポと一字違いの名前。馴染み易い気もした。
その後にもレスは付かず、僕も気に入った。
その後、何かを話したとは思うが覚えていない。
ただ、少しでも早く放送を切りたかった。
ただ、大きく溜め息をつきたかったのだ。
放送を終え、ヘッドセットを外した。
何日も自分の部屋から離れて帰ってきた様な、落ち着きを感じた。
しかし、スレに書かれた「乙」の文字を見た時、僕はまたそこに行きたいと思った。
そして大きな溜め息と共に、清々しい気分になった。