外伝 SIDE:フリード
その日、伝書の鳥が王都の空を染めた。
「ローズが怪我をしたのです! 義父上は心配ではないのですか!!」
「だとしても、お前は領主になるのだ。妹が怪我をしたからと言って、その役割を放棄できると思っているのか?」
激昂に対して返ってくるものはつとめて冷静だった。
その言葉は重かった。かつて大切な人を喪いながらここまでやってきた義父が言うから何よりも。
せめて義父が行けば、そして状況を報告してもらえれば安心できるというのに――そこまで考えて、ふと気が付いた。
自分はともかくとして、義父がいかない理由はない。
義父は誰よりも何よりもこの世でもっとも娘を愛しているのだから。
それなのに義父が動かないのは、ただひとつ。
「……俺のせいですか?」
今、娘の元へ駆けつければ、やはり寵愛を受けているのは娘なのだと周囲に知らしめることになるから。
俺に不利になるから。
義父がここにいるのは、俺のことも考えているから。
義父の顔を見る。
感情を抑えてはいるが、ひどく蒼ざめていて、今も生きた心地がしていないはずだ。すぐにでも駆け付けたいはず。
「…………っ」
現実をみろ。
幼い頃から自分にずっと言い聞かせてきた言葉だった。
何度も何度も。
現実を見ろ、諦めろ、仕方がないと。
今こそ目の前の現実をみろ。
何のために、義父はこちらに残っていると思っている。
何のために、代わりに義妹が調査を申し出たと思っている。
仕方がないと己を慰めて、全てを終わらせる時代はとうの昔に終わっていたというのに。
「……父上、役員の方々に5分ほど待っていただくようお伝え願えますか。原稿を変えます」
義父が笑う。
それは、ここしばらくの間義父に見ることのなかった表情だった。
「10分やろう。それ以上は約束できんぞ」




