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外伝16 辺境伯領 6

それは、生物と形容してよいのかすら疑問となるものだった。

色々なものが溶けあって、混ざり合って、存在していた。

鴉のような黒い片翼と蝙蝠のようなもう一方の翼、前足は猛獣の形をとりながら、後肢は馬のごとき蹄を持っている。

顔は作りかけた粘土細工を雑に接いだようで、目が本来の位置に留まっておらず、口は全くかみ合っていない。いびつな牙が自らの舌を傷つけ、したたる涎を赤黒く染めている。

辺りには腐ったにおいが充満し、城砦は半分瓦礫と化してしまった。

ここが街の中でなかったのだけが唯一の救いだ。


「……浄化できるはずの光ですらここまで堕ちるか」


苦々しくグエンダイク様が吐き捨てる。


「どうしますか。教会で戻せそうですか」


アーサー様の言葉に錫杖についた留め金が親指ではじかれ、外される。

それが答えだった。


「レディ、お下がりください」


言うが早いか、アーサー様が剣を抜き、構える。

何本にも分かれた尾がまるで意思を持っているかのようにうねり、襲い掛かってくる。それを身をひるがえして躱し、一気に突き進む。

その動きに無駄なものは一切なく、縫うようにしてかいくぐり本体へと距離を詰めていく。

いずれ<黒い狼シリウス>の頂点に立つリィンをして強いと言わしめるのだ。その実力は相当のものなのだろうとは思っていたが、想像以上だった。

まるでバターを切るようにあっさりと剣で獣を切り裂いた。

が、次の瞬間、


「アーサー、下がれ!!」


声よりも先に大きくアーサー様が飛び退った。

切った個所から一気に瘴気が噴き出す。切り落とされた傷口は泡立ち、ごぽごぽと音を立てている。

やがて泡同士が混ざり合い、形を成して、失くした部分を再生させてしまった。

切り離されて地面に落ちた側は、土をどす黒く染めている。


「核持ち……相当魔力を溜めてやがったな……!」


グエンダイク様の声に緊張が走る。

核とは魔力の吹きだまりの事で大型の中でもさらにごく一部だけが持つと言われる。

まず、人間の体にはできない。

人の身では受けとめきれず、普通は肉体が先に崩壊してしまうからだ。

それが、彼の体にできていた。どれ程の苦痛を受けとめていたのか、想像すらできない。

家族の事を嬉しそうに話すあの姿とはあまりにも違いすぎて胸が痛い。

一時とは言え、同化していたからだろう。

もう一つの想いがこみ上げてくる。

兄の救いを願う弟さんの強い想いが。


『――誰か、助けて』


涙でのどが熱い。

こみ上げてくる想いは私のものではないと言うのに、もうそれを伝えられるのが私しかいないのがつらい。

きっと伝えてほしかったのだ。自分の代わりに。

もう時間がないことを分かっていたから、私に託したのだ。

堕ちる前に、踏みとどまってほしいと。


「伝えなくてはいけないわ……」


ただ、もはやこの世のものとは言えない彼に話しかけて通じるとは到底思えない。

本当はリィンのように結び付けられるのならいいのだけれど、私にはそれほどの能力はない。リィンが来るのを待っていられる時間もない。

魔力も少なく、能力もない。本当に私はなぜ……。


「……いいえ、嘆いているより、できることを考えなくては」


縒って邂逅させる能力はないけれど、私の中には彼の記憶がある。私なりの方法で、伝えることができるはず。

考えるのよ、今、私にできることを!


「切り落とすと穢れが広がる! 気を付けろ!」


半端な一撃では被害が拡大するだけ。

かといって、相手もそうやすやすとは近づけさせてくれない。

鋭い一撃に地面がえぐれ、土塊が飛び散る。


「アーサー、核を狙え! 首の付け根にあるはずだ!」


グエン様が錫杖で触手のような尾をまとめて打ち据える。

その隙をつき、前肢の爪が彼を狙う。爪と杖が切り結ぶように交差して、火花を散らした。

核――もう一つの心臓、もう一つの本体ともいえる存在。


「わたくしに少しだけ、時間をください!!」


グエンダイク様とアーサー様の挟撃で片足をへし折られ、地面に膝をつく。

その首に駆け寄ってよじ登り、瓦礫から拾った剣を振りかざした。

柄を握る手にしずくが落ちる。

雨が降り始めたのだ。まるで誰かが泣いているみたいに。

一瞬で再生する。迷っている時間はない。

脈打つ首へ躊躇わず一気に振り下ろした。


「嬢ちゃん、何してる?!」


「レディ?!」


吹き出す血は酸のように熱く、皮膚をただれさせる。そこから痛みと共にじわじわと何か不快なものが広がっていく気がする。

嗅覚はとうの昔にマヒし、呼吸するたび肺が灼けるように痛い。息苦しすぎて、空気を吸えているのかすらわからない。

切り裂いた隙間に入れた腕が、再生しようと泡立った肉に付け根まで包まれ、じゅっと嫌な音をたてた。生々しい感触とむせかえる血の匂いに吐き気をこらえつつ探った指先に、硬いものが当たる。それをしっかりと掴んだ。


「思い出すのよ」


掌に硬い感触を確かめつつ、自分に呼びかける。

イメージするのはパズルのピース。私をバラして、彼でピースを完成させる。

前世を思い出したときのように、彼を受け止め記憶を置き換えるのだ。

自分が自分で無くなっていく感覚が蘇る。寄せては返す波に足元をごっそりすくわれるような不安定感。襲ってくるのは、寄る辺ない迷子のような心細さ。

それでも、思い出さなくては。

湿った風に臭気が一層濃くなる。血と雨で髪も服も濡れてずっしりと重い。

流れる雨に一緒に自分ローズが溶けていく。私が消えていく。


「……恐れてはだめよ」


幼い弟を守るために灼けつくような痛みにも狂気にも耐えてきた。

彼はただ、守りたいだけだったのだ。

そんな人を、目の前のこの人を、ひとりにはしておけない。

思い出せ! 

思い出せ!! 

思い出せ!!!


「――いま、つたえられるのはボクだけだ」

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