外伝14 辺境伯領 4
それは、「しごとべや」と呼ばれていた場所。
アーサー様に連れられて向かった先には、入り口からちょうど正面奥の書き物机に辺境伯代理が、その前に陣取る形でグエンダイク様の後ろ姿があった。
昨日みせていた謙虚さは鳴りを潜め、今は不遜とも言える態度の代理が目に入る。
足を踏み入れたちょうどその時、グエンダイク様が懐から取り出した何かを机にむかって放り投げた。細い鎖をなびかせ、それは天板にぶつかって派手な音を立てる。
「――異端審問官だと!?」
代理がメダリオンを見て顔色を変える。
私はとっさに横に立つアーサー様を見上げた。
知っていたのだろう。グエンダイク様の背を見つめる彼の表情は変わらない。
異端審問官――噂には聞いたことがあるけれども、実際目にしたのは初めてだった。
普通に生きていれば一生お目にかかることがない、遠い存在だ。
国を問わず、この大陸中に支部をもち、根源である12の神々への信仰を統括する中央教会。
その中で特に神への裏切り行為、つまり魔法・加護に関する犯罪の情報収集及び取り締まりを主とし、有事の際にはどの国においても法規に縛られることなく動くことが許されている特務機関がそれであると。
審問官の権限は教皇と枢機卿に次ぎ、故に両手に足りない数ほどしかいないという。
グエンダイク様は壁に並べられた椅子の一つを引き寄せ、背を前にまたがるように座り、榻背に横たわらせた両手の上にあごをのせた。
「あれは<解放者たち>のしるしだ。教える代わりに奴らは何を要求した? おとなしく答えるなら、俺は何もしやしねえよ」
「断ると言ったら?」
「俺が色々と遊ぶだけだ」
くつくつと笑い、声音に楽しそうなものが加わる。
「若造、それで私を脅しているつもりかね」
「別にそんなつもりはなかったんだがな。だが、この大陸で教会を敵に回すことがどういう意味をもつのか、知らんわけはあるまい?」
敵意のこもった目もグエンダイク様を怯ませることはできないようだ。
代理が睨むに任せ、時間はたっぷりあるとでも言うように背枠をトントンと指でリズミカルにたたく。
「――たとえ代理と言えども、私はこの地を預かる者として当然のことをしたまでだ」
夢の中の出来事が浮かんでくる。
低くくぐもった音、あざ、沢山の怪我。
あれが当然?
「……子どもたちを脅し、暴力をふるうことがですか?! あなたは――」
「うるさい! 貴様ら中央貴族が安穏と富を蓄えてこられたのは、我らの犠牲があったからだ! 戦も知らぬ小娘が分かったような口をきくな!」
私の言葉に代理が気色ばむ。怒りで紅潮し、唾を吐き散らす。
これが本当の姿なのだろう。
「御為ごかしちゃいるが、結局は自分の為だろう。辺境伯家に魔力を取り戻す、本当にそうか? 取り戻したかったのは自分じゃないのか? おまえの子どもは2人とも死産だった――教会の資料にゃ、ちゃんと記録が残ってるんだよ。当時の担当司祭を脅したらすぐに吐きやがった。本当は2人とも魔力無しだったってな。自分の魔力が消えたのを誤魔化すために、殺しやがったな。ああ、学園を途中でやめているが、その頃に消えたのか?」
もはや代理の仮面は完全にはがれ、憎悪に染まっていた。
「あきらめろ、辺境伯家の魔力はもう尽きかけてる」
「魔力は神が与えたものだ! それを取り戻そうとして何が悪い!」
「別に神に見放されたわけじゃねえ。遅かれ早かれ、魔力は消えていくもんだ。大昔の厳しい時代を生き残るための神様からの贈りもんだ。もうそういう時代は終わったんだよ。魔力なんざなくても、人は生きていける。そういうこった」
「司祭の有り難い説教とは笑えるな! ……貴様らにはわかるまい! 生まれ落ちた時から降りることも許されず、ただ沈みゆくだけの船に乗せられた者の恐怖など!!」
「ああ、分からねえな。大体、真実、国を思うのなら、魔力を持つ傍系に家督を譲ればよかっただろう。あんたの言葉はただの良い訳だ。言いたいことはそれで終わりか?」
グエンダイク様がゆっくりと立ち上がる。骨をならしながら、代理に近づいていく。
息が苦しくなるほど空気が張り詰めている。
私はなぜここにいるのだろう。そもそも私のような部外者が聞いていいものなのだろうか。
声を挙げるのも躊躇われて、ただ黙って立っていることしかできない。
気分が悪い。夢の中の音と匂いが頭から離れない。




