外伝11 辺境伯領 1
「随分と暗い街だな……」
訪れた街でグエンダイク様が溢した。
たしかに、街路灯の数が少なすぎる。火灯し頃を過ぎているのに、役目を終えて黒くなったまま放置されている石も多い。
光石は、鉱石の中では安い部類に入る。それでも無料ではないため、街灯の数がその街の裕福度合いを如実に示すと言っても過言ではない。領都とは思えない寂れ具合だった。
「おかしい。辺境伯領は確かに防備に金をとられる。だが、代わりにいくつかの税は中央より免除されているし、国境通行税など特別課税が認められている。そう金に困ることなどないはずだ」
「建物などにも被害は見られませんし、魔獣に壊されたという訳でもなさそうですね。方向と騎士団の対応の早さから考え、まずここが襲われたと思っていたのですが……」
グエンダイク様に続いてアーサー様も疑問を口にする。
領主の施策の違いなのだろうか。
領境を過ぎると平坦な地形を彩る緑が途切れがちになり、やがて茶色一色へと変わっていった。
走っている馬車も旧式ばかりだ。あまり整備されていない上に古いつくりとあって、しゃべると舌を噛みそうなほどにがたがたと揺れて音を立てている。
「辺境伯は数年前に亡くなって以来、弟が代理として先代の息子が成人するまでの間ついているはずだが、そいつが能無しだったのか?」
私の父は幼い頃に当主についている。なぜ成人を待つ必要があるのだろう。
ご子息からもその話を聞いていて不思議に思ったのだが、亡くなった方の事を尋ねるのはためらわれて聞けずじまいだった。
「内地は優秀でさえあればそれでよくても、国境地はそうはいかない。子どもを主長に据えるなど、国外に攻め込む機会を与えかねないからな」
グエンダイク様が笑う。
余りにも平和ボケした質問なのだと分かり恥ずかしくなった。
「でしたら、代理ではなく、そもそもその方が領主として……」
「無理だな。実家に何かあったらしく、代理は学園を途中で自主退学している」
「それがなにか?」
領主になるには卒業証書が必要であるなど聞いたことがない。
学校はあくまで学校だ。
新興貴族には魔力をもたない者もいる。そういった人たちは別の学校を卒業しているはずだ。
「学園を卒業していないってのは、貴族の社会ではゴミ同然だ。特に昔なら余計にな」
グエンダイク様は笑い飛ばした。
私が当たり前に享受しているものが、時に他の人には決して手に入らないものなのだとあらためて思い知る。
「お2人は代理にお会いしたことが?」
返ってくるのは否定の言葉。
「辺境伯、というより他国との境界線に面する領主は滅多に中央には来ねぇな。自領でにらみを利かせる必要がある」
「ブロッサム領とはどう違うのですか?」
「国境にあると言う意味では同じだが、ブロッサムには北に巨大な山々が連なる。
そのおかげで春には雪解け水が流れ込み、豊富な水源となるわけだが、人の足でも超えるのは至難の業だ。もちろん、戦争があった時代には戦場ともなったが、戦で死ぬより凍えて死ぬ者の方が多かったくらいだ。今はちょいと問題があるが、基本、荒れ地や人が足を踏み入れない地には魔獣が良く棲む。特に北に行くほど顕著だ。そういうもんをひっくるめて王国へ入らないよう食い止めるのが、ブロッサム領の仕事だ」
「逆に、対人を想定してが辺境伯だと?」
「そういうこった。……先代の辺境伯は数年前に死亡、夫人も他界。代理にできた子どもはどちらも死産。そのせいか、妻とは離縁している。最初はそうでもなかったが、ここ何代かは血族結婚ばかりだな」
純血主義者の一族が辿る道だ。そうやって、やがて血が絶える。
グエンダイク様はどこからか取り寄せた資料を基に辺境伯家の歴史を語る。
魔力を用い、国境を堅固に守ってきた一族。当時の辺境伯はシニリウムの戦いにも参加していたそうだ。
あの、語り継がれるほどの戦いに。
「最近は魔獣をずいぶん買い込んでるっていう話だ……」
「なぜ、魔獣を?」
乗り物として、あるいは別の代替として確かに利用できる魔獣はいる。特に動物などに好かれやすい獣の加護を持つ人たちの中には、比較的人に馴れ易い魔獣を捕まえて調教するのを職業としている人たちもいると聞く。
だとしても、本来魔獣は高価であり、世話も大変だ。よほどのことがない限り、買おうということにはならない。
「国境に領を持つ貴族の中には、魔法しか効かない魔獣をわざわざ遠くから生け捕りにし、倒せたものを次の領主とするところもあると聞きます。王家が強いているわけではないのですが、それほど国境を担う貴族は魔力を重要視しているということです。卒業も近いのであれば、おそらく、その為かと」
アーサー様が私の疑問に答えてくれる。
「フォーロマンと違いすぎて、驚いただろう? そこが弱点だな。おそらく、フォーロマンの騎士はブロッサムの下の者にすら勝てるかどうか……というのは言いすぎだが、本格的な実戦経験のない者がほとんどだろう。猟師が狩れる程度じゃない魔獣を相手にしたことなんて、ほとんどないはずだ。魔獣の中には魔法や剣の通じないものもいる。そういう生き物相手の戦い方を知っている騎士がどれほどいるか」
グエンダイク様は一瞬考えこんだ後、
「先代のフォーロマン候が亡くなった時、あの時もフォーロマンはティアットの兵を何人か借りたはずだ。そのため、勝手がわからない兵の間で伝達がうまくいかず情報が錯綜し、結果犯人を逃したとも言われている。もし、フォーロマンがちゃんと兵を整えていたら、少なくとも捕縛はできただろうとな」
初耳だった。
シシー様がおっしゃっていなかったか。当時のティアット公爵が何かしらかかわっていた可能性がある、と。
それがこのことなのだろうか。とは言っても、結局のところもう昔のことなので何もわからないのだけれど。




