外伝8 事件 2
事件から数日が経過した。
未だ爆発の原因は分かっておらず、学校はしばらくの間休校となっている。
エリーさんの魔法のお陰もあり、シシー様の怪我は痕を残すこともなく快癒した。
とっさに魔法で衝撃を弾いたため、見た目より軽傷だったらしい。あの一瞬でそこまで出来るとはさすがシシー様。
とはいえ、一応念のために1週間ほど大事をとって休む――と聞いていたのだが、お見舞いに訪れると彼女はベッドの上で仕事をしていた。
「ええと、お元気そうで何よりです」
シシー様が目を通した資料を次々と運び出していく使用人たち。
怪我人をお見舞いに来たはずの私が邪魔かもしれないわ……。
「ローズ様、そちらにお座りになって。もう終わりますから」
顔を上げることもなく出される彼女の指示で、部屋の窓に近い居心地の良さそうな場所にテーブルと椅子、お茶のセットが設置されていく。
彼女らしい、過剰な装飾を排除したシンプルな部屋。彼女にとって快適なものだけが、存在を許される。
こちらの部屋だけではない。
がっしりとした建物に先代の公爵夫妻の趣味が飾り立てられ、ごてごてとした以前の雰囲気はもう欠片も残っていない。
そういえば、彼女の爵位継承の際に招宴にあずかったティアット領都のお屋敷も同じような造りだった。
海沿いにあるティアットの領主館は全て有事の際には砦として使われるためにあるらしく、半屋外の空間も多く自然に溶け込むように設計されたフォーロマンの屋敷との違いに驚いたものだ。
腰掛けてそのようなことを思い出していると、ようやく一息つくために彼女がやってきた。
「お体の具合はいかがですか」
「全く支障ございませんわ。いろいろと練っておきたい改革案がありましたから、ちょうどいい休暇ですわ」
療養を休暇と言い切る彼女は本当に元気そうだ。
仕事をしている時点で休暇と言えるのだろうかという疑問は残るけれど。
「わたくしよりも、貴女ですわ。浮かない顔をなさっていますわね。何かございましたの?」
こういう時、彼女は鋭い。
シシー様はもう領主として立派に役割をこなしている。
彼女ならばいいアドバイスを授けてくれるかもしれない。
そう思って、私はいまだ続いている兄と協会との確執を少しだけ打ち明けた。
「……わたくしたちが口を出すことではございませんわ。侯爵がそうおっしゃるのなら、貴女は見守るべきでしょう。あの方の問題です」
「ですが……」
「領主になるにはそれ相応の覚悟が必要です。逆にわたくしは不思議ですわ。正統なる後継者という意味では、確かに貴女の方が相応しい。貴女はなぜ領主になりませんの?」
「それは、兄の方が――」
「女性も権利を得たのです、貴女とお兄様は同等のはず」
「そのような、考えたこともありません。それに、兄はそのために……」
「なら、今お考えになったらいかがかしら。ねえローズ様、同情で手に入る程、領主の椅子は安くありませんのよ?」
シシー様は容赦ない。
けれど、彼女の言う通りなのだろう。だからこそ、父も静観し、私にも手を出さないよう厳命している。
人の事を考える前に自分の人生はどうなのかと問われれば、返す言葉もない。
とりあえず生き残ることを目標にしてきたので、それが果たされた今、なんとなく足踏みしてしまっている状態だ。
結婚、というのもありだろう。正直、貰い手がないと思っていたけれど、なぜかセルジュ様と殿下が手を挙げてくれたのだ。
貴族の子女はもともと婚姻のためにいる。間違ってはいない。
ただ、殿下の時々見せる真剣な瞳が、セルジュ様の心のこもった言葉が、安易に道を選ぶべきではないと私を踏みとどまらせる。
簡単に出せる答えでもない。
帰りに辺境伯家にもお見舞いに行ったのだけれど、彼のほうは面会謝絶だった。体調があまり良くないらしい。
それはそうだろう。シシー様はともかく、彼はほとんど魔力の残っていない状態であの爆発をまともに浴びたのだ。身を守る術がなかったはず。
あのようなことがあったからだろう。辺境伯家の雰囲気は暗く、警備も厳重だった。
エリーさんや治癒を使える司祭様が派遣されているだろうから大丈夫だとは思うけれど、早く元気になって、またお父様の加護や仲の良い弟さんのお話を聞かせてもらいたい。
そう言付けをお願いしお見舞いの品だけ渡して、私は家に戻った。




