外伝7 事件 1
「来年は、私たちがここに立っているんですね」
エリーさんが中央の舞台を見下ろして呟いた。
いい天気だった。夏が残る日差しに涼しい秋風が相まって、心地いい。
今日は魔法大会の日で、私たちは去年と同じく観覧席に腰をおろしている。
私はそっと横のリィンを盗み見た。
彼もまたエリーさんの言葉に同じことを思っているのだと思う。真っすぐに舞台に目をやっている。
来年、優勝するのはリィンだろう。
エリーさんも魔力という点では非常に優れているものの、光は回復特化型。おそらく相手の魔力切れを狙う以外に戦法はとれず、どこかで敗退するに違いない。
もちろん私は言わずもがな。
歓声と共に、舞台に決勝の2人が上がってくる。殿下――ではなく、シシー様と新しい友人・辺境伯のご子息だった。
この対戦を想定していたのは誰一人いなかったはずだ。私も含めて。
「わぁ、シシー様、やる気満々ですね!」
準決勝で無邪気な声をあげたエリーさんを思い出す。
その時、舞台の上に居たのは殿下とシシー様だった。
いえ、あれは戦る気じゃなくて殺る気なのだと思うわ……。
心の中でそう彼女に突っ込む。
普段と変わらない笑顔なものの、ここからでも今までの恨みを晴らさんというシシー様の気合を感じる。殿下もその気迫を感じているのだろう。若干引き気味に見えた。
炎を操る殿下は王道の片手剣を、雷を操るシシー様は鞭を選んでいた。
試合開始と同時に、雷をまとった鞭がしなり、殿下を狙う。殿下は綺麗にをそれを避け、鞭は空を跳び、地面を打ち据えた。打った先が黒く焦げ、ぷすぷすと煙を上げる。
殿下の顔がほんの少しひきつったように見えた。彼にあの様な顔をさせられるのは、この世でシシー様くらいのものだろう。
婚約を破棄し、爵位を継いで自由になった彼女を止められる者はいない。忖度、など笑って跳ねのける。好きな言葉は、非課税。それがシシー・ティアット。
なおも追いすがる鞭をじりじりと避けつづける。次の瞬間、あっ、という殿下のわざとらしい声とシシー様の焦った声が重なる。
殿下の姿が消えた。舞台の外に出てしまったらしく、試合終了の鐘が鳴る。
つまり、彼は逃げを選んだ。
女性に手を挙げるよりも敗北を選んだ紳士だとか、婚約は破棄されたとはいえ今でも殿下は彼女を想っているのではとか、いろいろ噂が流れていたけれど、真実を言い当てられた者はいないだろう。
「一発も当てられなかったなんて……」
シシー様の心底悔しそうな顔だけがただ印象的な一戦だった。
だから、本当に今回のこの組み合わせは異色だ。
シシー様は気持ちを切り替え、鞭のしなり具合を確かめるため、にこやかに地面を何度か打ち据えている。革手袋で鞭を華麗に操る姿はさながら女王様のようで、ここだけ見ているとジャンルが変わってしまいそうな雰囲気だ。
対する辺境伯ご子息は、体調でも優れないのだろうか、顔色が悪いように見える。時々胸のあたりに手をやって、随分と苦しそうだ。魔力が尽きかけているのかもしれない。
光属性が決勝まで残れただけでも奇跡だった。この試合を勝ち抜くのは相当難しいだろう。
あとで健闘をお伝えしなくては。
目を細めて、ご家族を語るときのように静かに照れる姿が目に浮かぶ。
「やっぱり、嫌なにおいが……」
リィンがふいに立ち上がる。
試合開始の鐘が響き、舞台の上で一人がゆっくりと床に崩れた。
同時に、制服のマントを翻したリィンの胸に引き寄せられる。
状況を理解する間もなく、轟音と爆風が私たちを襲う。あちらこちらで人が倒れるような音と悲鳴が上がる。
一体何が起こったというのか。舞台には魔法が外へ影響しないよう結界が張られているはず。
それを一瞬で壊すほどの魔法が発せられた?
最後に見えたのは彼が倒れるところ。ということはシシー様が魔法を使ったのだろうか。
飛散する石礫が盾になったリィンに次々とぶつかる音が聞こえ、私とエリーさんを抱き寄せる手に一層強く力がこもる。
「ローズ様、お怪我は?」
耳の傍で囁かれた声に「大丈夫」と答えようとして、リィンの顔がすぐ近くにあるのに気が付く。抱きしめられているのだから当たり前だ。こんな時に何だけれど、リィンの腕の中は陽向のようなあたたかな匂いがして、それだけで少し混乱した心が落ち着く気がする。
「リィンこそ、怪我をしているのではなくて?」
「大丈夫です。多少のあざはできるでしょうが、この制服は頑丈ですから――まだ動かないでください。風も音もやみましたが、土煙が辺りを覆っています」
ようやくリィンが手を緩めた頃には辺り一面酷い有様だった。あちらこちらが崩れ、血を流し倒れ伏す生徒たちが見える。観覧席で無事だったのは彼に守られた私たちだけ。
「ひどい……」
強い風塵もおさまり、ようやく遠くまで見通せるようになってエリーさんの声が耳に響いた。
舞台の上には倒れ伏した令息の姿が。
そして遥か後方、観覧席のふもとまで吹き飛ばされ、血を流し、ぐったりと瓦礫に横たわるシシー様の姿がそこにあった。
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