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外伝 SIDE:ある<狼の門>の生徒

「またかよ」


思わず舌打ちをして、慌てて周りを確かめた。

どうやら今の悪態は誰にも聞かれずに済んだらしい。

危ねぇ……また素振すぶりを陽が落ちるまでさせられるところだった。


「えっと、よろしくね」


目の前では呑気に獣人が挨拶してくる。

この学校で一番<黒い狼シリウス>に近いと言われている奴だ。

ちっ。

今度はちゃんと心の中で舌打ちした。

最近、よくこいつと組まされる。気に入らない。

分かってる。パワー重視のオレは、こういうスピードタイプの奴が苦手だ。

だから、先生が敢えて組ませているのも知ってる。

騎士になるにはいろんな奴に臨機応変に対応できることが必要なのも理解してる。

だとしても、オレはこいつが嫌いだ。

とにかく気に食わない。

強いくせにのほほんとした雰囲気なのも、門の前にときどきファンみたいなのが待ってるのも、気の抜けた顔も、それなのに仕合いでは騎士とも互角に打ち合う腕も何もかもが。

オレの怒りなど知りもせず、獣人は呑気に左の袖口辺りをなでている。

願掛けか? 

妙に嬉しそうなのが気色悪い。


「構え!」


訓練場に合図の声が響く。

数十人が一斉に剣を構える。

途端に、獣人の纏う雰囲気が変わる。

たんっ、と軽い踏み込みで一気に距離を縮められる。

来た!

右上からの振り下ろしを躱そうと体をそらせるも、次の瞬間、左に回っている。

と認識したときには真上から剣が下りてくる。


「っく!!」


刃がかち合って、澄んだ音を立てる。

今のは何とか間に合った。が、正直すでに目がついていけてない。

早すぎる。せめて一発でも入れられたら、力でオレが押せるのに。

息つく間もなく、獣人が斬りかかってくる。

だが、オレの剣がその腕を空振りしかけた時、


「……!!」


驚くほどの速さで距離が空いた。

なんだ? なぜ今踏み込まなかった?

刃がかすったとしても制服が破れる程度、怪我はしない。そもそも刃は潰してある。

なにかを庇ったのか?

探るオレの前で獣人はちらりと自分の左腕に目をやった

腕? 怪我をしているようには見えなかったが……。

ふと気が付いた。袖のところが直ってる。

前に、針と糸をもって制服と格闘しているのを見かけた。

<狼の門>の制服は、鎧草よろいぐさとロックヒツジの毛を雷花の蜜に浸して編まれた特別製だ。かなりの衝撃にも耐えられる。

無償で与えられ、破損すれば交換もしてもらえるが、貴重な物だけあってちょっとの傷み程度なら自分で修理が鉄則だった。

耳がななめになって、尻尾が何回も不機嫌に強く地面を叩いていた。

あいつでも苦手なものがあるんだな、と思ったことを覚えてる。

それが、綺麗に繕われていた。ひっかいたようにぎざぎざにほつれていたところも、ほどけた刺繍も、なかったことになってる。

そういえば、この打ち合いの前に大事そうに撫でていたのがここだ。

誰かに直してもらったのか、と一瞬思って、訊くまでもないと分かった。

だから、あんだけ大切にしてるわけだ。

あの、貴族の女。

思わず怒りで柄を握る手に力がこもる。

強いくせに貴族なんかに媚びやがって。

貴族は嫌いだ。

父ちゃんも母ちゃんも姉貴も、みんなあいつらのせいで苦労してる。

ここを出れば、何処の仕事に就くにも有利だし給金も割増しになる。騎士になるのはただ金のためだ。

貴族ってのは自分たちのことしか考えない、平民の事なんてどうでもいいと思ってやがる、そんな奴らだ。

甘い汁を吸って暮らしてるくせに、なにかあったら真っ先に逃げ出すような奴ら。守る価値なんてない。

そんな奴らに媚びてるこいつに、そしてなによりも、そんなこいつに歯が立たないオレに――、


「あ!」


獣人の間抜けな声に気が付いた時にはもう目の前だった。

慌てて剣で庇うも間に合わず、オレは無様にも吹っ飛ばされた。


「ご、ごめん! あの速さなら、よけられると思って……」


言葉の追い打ちがかかる。

避けられるとだと? 考えゴトしていたオレも悪いが、そもそも剣筋が見えなかった!


「あの、大丈夫?」


のほほんとした雰囲気に戻って声をかけてくる。袖口を気に掛けられるほどの余裕。

くそっ、やっぱりオレはこいつが大っ嫌いだ。

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