8 フォーロマン領にて 1
「…………」
気まずい。向かいの相手からそっと目をそらし、外の景色を見遣る。
私は今、領地へと向かう馬車の中にいた。
学期の途中であるが、別にさっそく退学になったなどではない。これから領地の豊穣を祈る祭りを執り行うために連休を利用して里帰りをするのだ。結構大掛かりで面倒な行事だが、毎年毎年私の父が律義にこなしているのはただ一つ、祭りの最終日に行われるパレードを飾る娘の晴れ姿を見たいがためである。
そんな溺愛されている私の目の前に座っているのが、フリード・フォーロマン。
ローズが「王家に嫁ぐ!」と宣言したために、4年前に養子で入ってきた2つ違いの義理の兄である。祭りのこともそうだが、娘の一言で後継者の男子まで用意する親馬鹿っぷりがすごい。
「そういえば、君は最近知り合いができたそうだね」
「リィンのことでしょうか。ええ、親しくしていただいてますの。彼、放浪民族の出でいろいろな国を旅していたそうですのよ。面白い話をたくさん伺いましたわ」
「へぇ、それはよかったね」
質問しておきながら、私の返答に全く興味がないのがうかがえる。おそらく、私が否定的な答えを返していても同じ返事をしてきたただろう。
だがそれも仕方のないことなのだ。この兄妹、全くと言っていいほど交流がない。今回馬車の中で待っていた彼を見て、初めてその存在を思い出したくらいなのだから。王都の屋敷から通っている私とは異なり、彼は学院寮を拠点としているため今の今まで顔を合わすことすらなかった。
ちらりと兄を盗み見た。
この世界に存在するだけあって顔は整っている。ただ、殿下やリィンのような甘さはなく、育った環境故か年齢よりも大人びた顔は、やや野性味を帯びているくらいだ。男性らしい薄い唇は先ほどの会話以来一度も開かれておらず、ハシバミ色の瞳も空を眺めたままこちらを向くことはない。
記憶の中の彼はいつも身なりを整えていた。
だらしないところを見たことがなく、自己主張せず、わがままで周囲を振り回すこともない。ローズと正反対だった。
今日だって総刺繍とはいえワンピース1枚の私に対して、帰郷するだけなのにダークブラウンの髪をきれいに撫でつけ、のりのきいたシャツにレースのクラヴァット、ネイビーのジャケットにお揃いのトラウザーと寸分の隙も無くきめている。
彼については侯爵家に引き取られるまで、幼いころから貴族の家を転々としていたとしか聞いていない。
彼が持つ髪と目の色は、貴族の中でも下級の特に私生児に多い組み合わせだ。レオ様も同じ色で、ゲームでのローズは事あるごとにそれをあざけっていた。兄の常にまとう、貼り付けたような笑顔と言い、どちらにしろ幸せな過去ではなかったのだろう。
それにしても何かしら。そわそわとしたこの感じ。今日会ってから兄の顔を見るたびに何かを思い出しそうになるのだが、それが分からない。ゲームには出てこない、いたことすら知らなかったキャラクターなので私ではなくローズの感覚なのだろう。
ふと前世を思い出す。
前の人生では姉がいた。とても仲が良く、服の貸し借りをしたり一緒に旅行に行ったりもした。思い出すだけで鼻の奥がつんとしてくる。親にもそうだが、先に逝くという不孝をしでかしてしまった。せめて今世は家族に孝行がしたい。今からでも遅くはない。兄と仲良くしよう。
そうね、まずは街へ一緒にお買い物にでかけるのがよいかしら。いろいろなお店を覗けば好みも分かるし、そこから話を広げて、学院でも接点を持つようにすれば……。
乙女ゲームの世界で悪役令嬢が攻略法を練るなんてとても不思議な感覚だ。
他に会話もなく、ひたすらそんなことを考えながら、領地に向かった。