外伝6 出会いと始まり 6
視界に映るのは、どのような視線を向けられても決してうつむくことのない誇り高い姿。
夜空を煌めく星のような髪も美しいけれど、やはりどこまでも真っすぐな内面にも似た後ろ姿がまず目を惹く。
「セルジュ様、お変わりございませんか」
「ああ、ローズ嬢、久しいな」
彫刻のように整った顔が見せる眩しい笑顔に周囲の女性たちから、ほう、とため息が漏れた。
今日は一般的な舞踏会だから、以前招待されたティアットのものよりはセルジュ様に対する目が厳しくない。それでも彼は今日もひとりだった。
参加している中には血統を気にしない者もいるのだと思うけれど、学校でもない限り、下の者から気軽に声を掛けたりできないことが関係しているのだろう。
「――本当に大変なようだな」
私が同伴者がいないのを察して、彼が呟く。
兄もセルジュ様もいよいよ本格的に領主となるべく、いろいろと動いている。お互い、爵位こそ違えど背負う責任には変わりなく、頻繁に連絡を取り合っているようだが、ただ一つだけ、兄とセルジュ様とでは決定的に異なるものがあった。
領主の血をひいていない、という点だ。
我が地の領主に対する民の信頼は篤い。それは、同時にフォーロマンに代々受け継がれている血への信仰でもあった。
今、兄を悩ませているのは農業協会だった。いわゆる商業組合や職人組合の一つで、フォーロマンはそれよりも大きい協会になっており、組合員の代表者投票により会長がきまる。歴代の会長は領主が兼任していたのだが、女性でも領主になれる法律が成立してしまったため、正統な血をひき豊穣の祝福を持つ私こそをと望む派閥ができつつあるのだ。
神や精霊というものが存在する世界で、この国の人たちは目に見えないものこそを奉ずる。目に見えないものの存在が大きすぎて、人々は目に見えるものをおろそかにしてしまう。
兄の努力も、頑張る姿も、血の中に眠ると信じられている長い歴史の背景に霞んでしまう。
兄はそれを見越していてもなお、法案の成立を願ったのだと父は言った。もしもの時の私のために。
今この時間も兄は仕事をしている。
私の幸せを願う兄の足かせになる自分の存在が、歯がゆくてならない。
「ローズ嬢」
セルジュ様の呼びかけに引き戻される。
いけない。つい考え込んでしまっていた。
「もしよければ、踊っていただけるだろうか」
「ええ、よろこんで」
踊り一つにしても、個性が見えて面白い。
兄はその日の私の衣装や体調を読み取って細かくステップの幅やペースを変えてくれる。
リィンは常に私が踊りやすいように、私に花をもたせたリードを行う。
殿下は私を尊重しながらも、必要以上に近い距離で私を引き込もうとする。
そしてセルジュ様は、一分のズレもアレンジもなく正確に踊る。ここにも彼の気真面目さが如実に表れていた。
私たちのすぐ横をかすめるように1組の男女が抜けていく。
一瞬嫌がらせかと身を固くしたものの、その女性はこちらに向かってこぶしを突き出し、親指を上に立てたまま満面の笑みで華麗に回りながら遠ざかっていった。
「……すまない。本当にすまない」
「今日は、ルイザ様もお越しなのですね。お相手の方が、ランダストン伯爵でいらっしゃいますの?」
とてもやわらかな雰囲気の方だ。おっとりとして、ルイザ様の破天荒さも優しく見守ってくれそうな。
「ああ。あの姉をもらい受けていただいたこと家族一同大変感謝しているのだが、如何せん、義兄上は姉に甘く、大抵のことは許してしまうのがなんとも……」
目に浮かぶようだ。
憮然としているセルジュ様に思わず笑ってしまう。
「笑い事ではないのだ。我々にとっては……」
セルジュ様の本気のため息にまた笑ってしまいそうになって、私は何とかそれをのみこんだ。
しかし、
「――すまない。本当に申し訳ない!!」
帰りの侯爵家の馬車の中で、彼は低く頭を垂れる。さらさらの髪が零れて、このような時に何だけれど本当に綺麗だと感動してしまった。
「いえ、お気になさらず……ふふっ」
思い出してやっぱり笑いが漏れてしまう。
「ごめんなさい。だって、ご実家の馬車を強奪なさるだなんて……」
舞踏会の帰り、公爵家の馬車に今まさに乗るところだったセルジュ様を押しのけて乗り込んだのはルイザ様だった。
伯爵の馬車が手違いで帰ってしまったらしく、「明日返すから、あなたはどなたかに送ってもらいなさ~い」と軽い言葉でそのまま目の前で扉が閉まった。
はっとセルジュ様が我に返った時には遅かった。馬車はもう門をとっくに出ていたのだ。
頑張って耐えていると、セルジュ様もとうとうふき出した。
「っ……そうだな、流石に私も驚きすぎて取り返すことができなかった」
それからひとしきり二人で声を出して笑いあう。
お互いの家まではもう少しかかる。
私は学校のことを主に、セルジュ様は夫人やお姉さまのことを中心に、話は弾む。
「ナイトスターは、鉱山事業がおもな産業だと記憶しておりますが、わたくし、詳しいことは存じなくて。お教えいただけますか?」
「もちろんだ。興味を持ってもらえて、こちらも嬉しい。――フォーロマンが農業を主としているように、ナイトスターの主要事業は鉱業だ。領内には金や銀から結晶まで様々な鉱物資源が存在し、公爵家が鉱石の採掘から選鉱、製錬など一切を取り仕切っている。また、ナイトスターでは金の加護を持つ者が多く生まれる。彼らが居れば、鉱脈を読むことが叶い、事故が大幅に減る。更に金属の扱いに優れる手先が器用な者は鋳物師、刀工、金細工師などになる。故に武具や、宝飾などの鍛冶事業も盛んだ」
ナイトスター邸の、過剰とも言える内装の一端が分かった気がした。あと事あるごとに私に贈られる数々の見事な装飾品の理由も。
たしか、光石も国内ではナイトスターの物が最も良質だと聞く。
「魔石は発掘されますの?」
「数十年に一度という程度だ。魔石はほとんどが中央教国内で採掘される。確かに金や銀とは比べ物にならないほどの価値をもつが、こちらで見つかった場合、教会および国への報告、騎士の派遣、厳重な管理などが必要で色々と手続きも煩雑なため、正直見つからない方が良いくらいだ。……ああ、着いたようだな」
窓の外に目をやりセルジュ様が立ち上がる。
「お会いでき、光栄だった」
すらりと伸びた長い手足を折り曲げ、私の手の甲に口づける。
そうして、そのまま私を見つめ続ける。
「その、このような場で伝えるのもどうかとは思うのだが……」
彼にしては珍しく歯切れが悪い。どうしたのだろう。
「私はいずれ公爵家の跡を継ぐ。そう、遠くない先に――もし、もしできれば、貴女にも私と同じ名前を継いでもらいたいと思っている」
それって……。
突然の求婚に言葉が出ない。絶句する私を前に、彼は慌てて、
「どうか、気負わずに考えてほしい。強要しているわけでもなく、良心に訴えるつもりもない。ただ、私は貴女からもらった言葉が、行動が、本当に嬉しかったのだ。ああ、もちろん、私の想いを別にして、我々が友人であることには変わりない。それだけは、忘れないでもらいたい」
花を持ってくるべきだったとか何とか言っていたけれど、正直耳に入らなかった。
どうやって戻ったのかも覚えていない。
気が付いたら私は自分の部屋のベッドにいて、朝を迎えていた。




