外伝3 出会いと始まり 3
「わたくしは、もうお一方の騎士様を願っております。とてもお優しい方ですの」
「まぁ、楽しみですわ。ありがとうございます」
会釈して去っていくご令嬢方を見送ってこっそりため息をついた。
さすが人気の本。
先ほどから少し進むたびに誰かしらから声を掛けられるので、現状ほとんど読めていない。
読書の場所に学校のティーラウンジを選んだのは失敗だった。
エリーさんは王子様の話しかしていなかったけれど、どうやら彼女たちによると他にも魅力的な男性が数名登場するらしく、誰と結末を迎えるかはまだ分からないらしい。
彼女たちの推しに出会えるのはいつになることやら。
本に目を落としたところで、ローズ様、と声がかかる。またかと顔を上げた私の目に真っすぐこちらに向かってくるリィンが映った。
目が合った途端、彼の歩むスピードが少しだけ速まる。
リィンは気が付いていないようだけれど、すれ違う女子生徒たちが皆ちらちらと彼を見ている。
この学院でも、<狼の門>の制服を着た獣人を軽んじる者は、もはやいない。
あの象徴する黒い服が簡単に手に入るものでないことは誰もが知っている。そして、王廷所属となる可能性をもつ彼を侮れば将来自分の足元が揺らぎかねないことも。
最近はよく女の子に話しかけられているのも目にしていた。貴族の子女の中には彼にあこがれを抱く者も出てきたという。もともと優しく、好青年といった雰囲気のリィンだ。きっかけさえあれば、彼の良さに気づく者は多い。
春先には、破れた袖を繕おうとしていたリィンに修繕を申し出る子女が殺到して、食堂が大騒ぎになったらしい。
その場にいなかった為騒ぎを知らなかった私は人目を避けて校舎の裏でひっそり縫物をしている彼を見かけた時、また虐めでもあったのかと肝を冷やしたものだ。
「ご一緒してもよろしいでしょうか?」
リィンの笑顔はいつも春風のように穏やかで温かい。よし、読書は終わりよ。
「もちろんよ。リィンに会えて嬉しいわ」
「光栄です……いかがお過ごしでしたか? しばらくお会いできていなかったので……」
<狼の門>では3年生から将来を見据えて本格的に実地訓練が始まる。いくつもの騎士団を回り、戦闘経験・宮廷作法・技術などを実戦をまじえて骨の髄まで叩き込むのだそうだ。
そのためか、彼に会えたのは久しぶりだった。
「あの、お菓子をありがとうございました。とっても美味しかったです。それから、先日は無事にお帰りになれましたか? 通りにいらっしゃいましたよね?」
先日、とはあの街角での一件の事だろう。
驚いた。確かに馬車に飛び乗った後、一瞬、ほんの一瞬リィンがこちらを振り返ったように見えたのだが、まさかあのような状況で群衆の中の私に気が付いていたとは思ってもいなかった。
「馬車を引き渡してすぐ戻ったのですが、その時にはもうお姿が……」
「大丈夫よ。あの日の活躍、素晴らしかったわ。流石リィンね」
耳がピンとたち、ぱたぱたとせわしなく、尾は反対にゆっくりと揺れる。
私は知っている。これは照れているときの動きだ。
そのわずかな動きでマントの間から彼の腰に見たことのある貨幣が結び付けられているのに気が付いた。
「もう伝書の鳥を与えられているの?」
鳥、と言ったが、正確には通信用に飼いならされた魔獣のことを指す。風の加護を用いて弾丸のように飛び、馬なら数日かかる距離を一晩で渡り切るという、金属を好んで食す珍しい種だ。
生まれた時から同じ合金割合の硬貨だけを与え続け、それ以外は拒否するように仕込むことで、部外者に<鳥>を使われるのを防ぐことができるらしい。
当然、機関ごとに与えるコインの配合率は異なり、それは重要機密となっている。
そもそもが高価なものである上に、<鳥>はもちろんコインも奪われては困るため信用のおけるものにしか使わせないし、奪われないように腕の立つ者にしか与えない。
「これは訓練用の餌です。<鳥>をいただくには、僕なんてまだまだ遠いです」
謙遜しているけれど、訓練用とはいえ、それを生徒の身ですでに供与されているだなんて驚きだ。
ゲームの設定より早くリィンは出世するかもしれないわ……。
兄とセルジュ様は卒業し、殿下とシシー様は最上級生に、私たちも進級して3年生になった。シシー様は婚約が破棄されると同時に領主になり、会う度に楽しそうに経営の良さを力説する。殿下もいよいよ王太子としての指名を受け、最近ますます多忙を極めている。
リィンは言わずもがな、エリーさんも在学中に折を見て中央教会を訪れ、聖女の認定を受ける予定らしい。
みんな、それぞれの道を歩き始めている。
私も、生き残れたなどとのんびり喜んでいる場合ではない。
加護が2つではなく、魔力が2人分だったなら。いや、せめて上位貴族の平均値ほどでも魔力があったなら。
ときどきそう思うことがある。
けれど、加護は魂に、魔力は血に宿るのだから、仕方がない。前世を思い出したからと言って血が濃くなることはないのだから。
特別な知識も技量も持っていない私は、結局この世界でもこつこつ頑張るしかないのだ。




