外伝2 出会いと始まり 2
中庭は花の盛りを迎え大層にぎわっていた。
緑廊の下、テーブルに伸びた枝葉がお茶に混じって芳しい香気を運んでくれる。
「いつですかって皆様から訊かれるのですもの」というシシー様の鶴の一声で再び共同開催の運びとなった専用庭でのお茶会は今年も大盛況だ。ようやくあいさつを終えた私が席に戻ると、お帰りなさい、と花もかくやというほどの満面の笑みでもってエリーさんが迎えてくれる。
その隣では、私より多い招待客をすでにさばき終えたシシー様が優雅にお茶を飲んでいた。
「言付けがリィンさんからありました。やっぱり、忙しくて来られないみたいです。多分、あの人買いの事件ですよね……魔力持ち専門だったそうですよ。怖いですね」
エリーさんが花の顔を曇らせる。
普段から馬車で移動し、護衛騎士が付いている私とは異なり、エリーさんにとっては特に恐ろしい事件に感じるはずだ。
王国では人身売買は禁止されているが、大陸には奴隷制が今なお残る国もあるらしく、そうでなくとも魔法を使える者がまだ多く生まれるこの国はよそから見れば格好の場所とも言えるらしい。
だからこそ、生まれてすぐに魔力の有無が教会によって検査され、その情報は国と共有され、魔力が安定する年齢になれば王立学園に強制招集されるのだ。
「リィンさんはもうそろそろ実習に入るのでしょう。忙しいのは仕方ありませんわ」
シシー様がいつものようにのんびりと応じる。
リィンは甘いものが好きだからあとで寮に差し入れをしておこう、そう考えつつ昨日の出来事を思い出し彼を見かけたことだけを話すと、慌ててエリーさんが私の手を取る。
「お怪我は? お怪我はなさっていませんか? 事件に巻き込まれたりは?」
平気だと答えたのに、裏返したり、指を一本ずつ握ったり、開いたりして確かめている。まるで若い娘をもつ心配性の母親のようだ。
おかしいわ、最初は近所のおばさん目線で私が彼女を見守っていたというのに。
それにしても、最近のエリーさんは積極的で大変よろしい。
授業で手を合わせるのすら躊躇っていたのが嘘のよう。やっと彼女の中で友情が身分の垣根を越えてくれたようで、近頃はエリーさんのほうから恥ずかしそうに手を握ってくれることすらある。
じっくりと矯めつ眇めつしていた彼女が落ち着いたのを見計らい、シシー様が訊ねる。
「そういえば、先ほどローズ様についていろいろと尋ねられましたのよ。彼女と親密でいらっしゃいますの?」
シシー様から告げられた一人の女生徒の名。
それは去年アーサー様に救出された例のご令嬢の名前だった。
「ええと、そうですね、同じ牢のパンをいただいた仲と申せばよいのか……」
よかった。
1つ下の学年だったらしく彼女を学院で何度か見かけたことはあったのだけれど、会う度に避けられてしまい、言葉を交わす機会は一度もなかった。
私について訊くということは、少なくとも嫌われて避けられているわけではないということよね。
もしや、あのとき何か失礼なことをしてしまったのではないかとずっと気になっていたのだ。
私の顔を見るとどうしても攫われ閉じ込められていた時の恐怖が蘇ってきてしまうのかもしれない。
だとするなら、今後も話しかけずそっと見守ることにしよう。
一人うなずく私を見て、エリーさんが小首をかしげる。その小さなしぐさすら花が舞っているのではと錯覚するほどに愛らしい。
「どういった方なのですか?」
「出版関係で近年台頭してきた新興貴族の娘ですわ――ああ、例の本の出版もそちらではなかったかしら?」
「例の本、ですか?」
今度は私が首を傾げる番だった。
シシー様は扇を広げて口元を隠し、目を光らせる。
「近頃、女生徒の間で人気の書籍ですわ。エリーシアさんもお読みになっていらっしゃるそうで、お聞きしたいと思っておりましたの」
「で、ですが、あまり良い描かれ方をしていない貴族の方も……」
「あら、本は本、現実は現実ですわ。お気になさらず。それに、流行を知るのは市場の流れを把握するのに重要でしてよ。ぜひお聞かせいただきたいわ」
お金のにおいをかぎ取ったシシー様が尻込みするエリーさんに続きを促す。
「……架空の王国が舞台で、優秀だけれど身分の低い女の子が主人公なんです。相手の人は普段は騎士として身分を偽っている王子様で、主人公の同級生でもあります」
どうやらロマンス小説のようだ。
なかなかに情報量多めなヒーロー設定らしい。
容姿良し、性格良し、家柄良し。全てにおいてパーフェクトなヒーローとの恋にあこがれるのは、やはりどの世界においても共通の夢なのだ。ええ、私も大好きです。
「出会いは、あるお嬢様の人攫いの事件を目撃した主人公が彼に助けられるところから始まるのですが、実は攫われたお嬢様も王子様に恋をしていて、主人公へ執拗な嫌がらせを――」
なるほど。悪役令嬢も、登場する世界は選ばないらしい。
応援はしないけれど、私としてはそのようなキャラクターに若干の親近感を抱かずにはおれない。
「同級生の頭を踏みつけたり、自分より低い身分を奴隷扱いしたり、本当にひどいことをしてばかりなのですが、とうとうこの前の巻でその悪行を暴かれ――」
同級生の頭を踏むだなんて、なかなかにあくどい。
まるで私のようなキャラクター設定……いいえ、むしろ、
「あの、それってわたくしよね……」
言葉を挟んだ私に、えっ、と両側から声が上がる。
「赤い髪、嫉妬に溺れた侯爵令嬢、意地悪で我儘で高慢な……」
「侯爵令嬢という部分しか合っていませんよ」
最後まで言わせず、くすくすとエリーさんは笑い、歯牙にもかけない。
「それに、このお嬢様は本当に酷いんです。主人公を嫉妬のあまり階段から突き落としちゃったりするんです」
「まさにわたくしだわ!」
「お疲れでしたら休憩室を予約してまいりますわよ、ローズ様?」
正気だというのに誰一人取り合ってくれない。
病弱で世間にでていく期間が遅かったから被害はそこまで広がってはいないけれど、かつての私は差別主義者で権威至上主義者だった。
それに、今、エリーさんが酷いと言った行為の数々は、ゲームで実際にローズが周囲に対して行っていたことによく似ている。
こうやって、第3者から改めて聞かされると、自分がとんでもない人物だったと思い知る。
「エリーさん、その御本、わたくしも興味があるのだけれど、タイトルを教えていただけるかしら?」
読もう。読んで勉強しよう。反面教師とするのだ。
ゲームが終わったからと気を抜いてはいけない。元々の素養があるのだ、いつうっかり昔のような愚行をしでかすとも限らない。
例えば階段から落ちて、あるいは落馬して、または転んだ拍子に、記憶を失い再び元のオールドローズに戻らないなどと誰が言いきれるだろう。
何と言っても私はこの世界では悪役令嬢なのだから。




