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外伝1 出会いと始まり 1

外伝です。本編終了直後の3年生の春から始まります。

あくまで本編のおまけです。

夕日が道行く人を赤く染め、街のあちこちでコツン、コツンと音が鳴り響く。

点火夫が街路灯に明かりを――柱の上に設置された光石をたたいて回る音だ。光石は衝撃により発光する鉱石で、その大きさや純度により光量や持続時間が異なる。また、蝋燭よりも安価で熱を伴わず火事の心配もないため、平民や公共の設備ではもっぱらこちらが照明として使われている。

ときに、時刻よりもこの音を合図として、人々は仕事を終わらせ帰路に就く。

目の前の道路でも今まさに、長い棒の先に取り付けられた金属に叩かれて光石が輝き始めた。


「……どうしたのかしら、遅いわ」


その様子を窓から覗いて思わず私はつぶやいた。

馬車を呼びに行くと護衛騎士が店を出て行ったのが少し前。さらに彼が遅いのをいぶかしんで侍女が確かめに行ってから5分が経った。

本来なら店の入り口に馬車を止めるものだけれど、大通りではないため、通行の邪魔にならないよう少し離れた場所で待機してもらっていたのだ。そう遠くない場所に。


「わたくしも見に行ってみようかしら」


供がおらずとも、目の前の通りからすこし見渡すくらいなら危険はないはず。

そう判断して表に出たところで、いやにざわついていることに気が付いた。

仕事が終わり帰宅する、浮かれた雰囲気とはまた異なる空気。

騒々しい声は大通りへ通じる方から聞こえる。

2頭立ての幌を付けた荷馬車がものすごい勢いで大通りを駆け抜けていくのが見えた。そして、それを追う見慣れた<狼の門>の制服たち。

彼らは馬を使わず走って追いかけているため、馬車との距離がぐんぐん開いていく中、1つの黒が躍り出る。たんっ、と石畳に沈んで踏み込んだ次の瞬間、その姿は幌の上にあった。


「跳んだ?! あの距離を?!」


「嘘だろ、走ってる馬車に追いついたぞ!」


周囲からどよめきが上がる。

夕日に照らされ強い風になびくマントと髪、そして耳と尾。リィンだ。

すぐに彼の姿は御者席に消え、馬車の速度が落ち始める。遠くの角を曲がる頃には他の生徒たちが追いつくほどだった。

皆、今の捕り物劇が気になるのだろう。一様に馬車が消えた方向をみつめる中に、逆らう影があった。

1人だけ違うものだからつい目で追ってしまって、それがふらりとよろめくように路地裏へと入っていくのを確認する。あの動き、体調が悪いのではないかしら。


「通りから覗いて、様子をうかがうくらいなら大丈夫よね……?」


そう考え追いかけていった先にはやはり、路地の奥、光の届かない薄暗がりにうずくまる影があった。さらに、その傍にもう一つ。


「!!」


顔を隠すためにか外套のフードを深く被り、先ほどの人に剣の切っ先を突き付けている。

気付かれないよう悲鳴を押し殺し、警備隊を呼ぶため踵を巡らそうとした次の瞬間、後ろから身動きできないよう腕をつかまれた。口元も抑えられ、そのまま路地の中に押し込まれる。

いつの間にか私と表通りとの間にもう一人立っていたのだ。音も気配も全くしなかったのに。


「悪いな、嬢ちゃん。しばらく静かにしててくれ」


身体をこわばらせる私の頭上から降ってくるのは、聞いたことのない男性の声。低いのに、不思議と深く沁みるような声だった。

少なくとも敵意は感じられない。押さえつけられている腕も、痛くないよう加減されている。

ゆっくりうなずく私に、口元を抑える手が少し緩む。

前方からのくぐもった声に視線を戻す。奥のうずくまっていた人が地面に倒れていてヒヤリとしたが、どうやら剣の柄で気絶させられただけらしい。

後ろの人物とあちらの剣を持った人はお仲間なのかしら。

見つめる先で帯剣の人がこちらに気づき、目深にかぶる布の奥で目を見開く。

フードから覗くその濃い青の髪に、瞳に、見覚えがあった。


「レディ?! グエン、そちらのレディはフォーロマン侯爵家のご令嬢です!」


「何っ?!」


こちらに駆け寄ってくる彼の言葉に、慌てて背後の人物が私から離れる気配がする。

グエンということは女性だったの……?

振り返った目に映ったのは堂々たる風貌の、やはり体躯の大きな長身の男性だった。兄やセルジュ様も高身長だが、それよりもさらに見上げるほどに高い。

ただ、危害は加えないというアピールなのか、私を抑えていた大きな両手を上に掲げたままなのが少し間が抜けていて、思わず笑ってしまった。


「……親父殿にどやされるな」


眉ねをひそめ、ため息と共にこぼす。

私と目が合うと、彼はすぐさま大きな体を折り曲げ、


「これはこれは、まさかフォーロマン卿のご令嬢とは知らず、とんだ失礼を。私はグエンダイク・ブロッサムと申します」


「まぁ、ご丁寧に――……ブロッサム?」


私の声色が変わったのに気が付いたのだろう。目を細めて楽しそうに、


「多分、その閣下は俺の親父だ」


そう言われれば、あの豪快な御仁の面影がちらほらと見える。

真っ直ぐな眉に高い鼻、精悍ながら目は優し気で、どこか人好きのする顔だち。閣下のように並外れて大きいとまではいかずとも、軍人というほどには立派ながっしりとした体。

ブロッサム公は声からしてたくましかったけれど、この方は艶のある穏やかな声だった。


「レディ、お怪我はございませんか? これは力が強いので……」


「おい、人に向かって「これ」って言うな」


ございません、と言いかけて、アーサー様の視線の先、私の手の甲に血がにじんでいた。いつの間にできたのだろう。


「悪かった。どうやら、俺のが当たっちまったらしい――アーサー、そんなに睨むな。わざとじゃない」


ブロッサム様が外套のスリットから腰の後方に結び付けられた錫杖を見せる。豪奢な飾りのついたそれは、確かに当たり所を間違えると怪我をしそうな代物だ。

アーサー様は不快そうにブロッサム様を見据えて、チーフで丁寧に私の手を包み、その上から小さな薬瓶に入った回復薬を注ぐ。

辺りに漂うハッカに似た香り。

さすが<狼の門>。こういったものも常備されているのだろう。だとしても、決して安いとは言えないものを、かすり傷程度に惜しみなく使わせてなんだか申し訳ない。

あとで忘れずにお支払いしよう。そう思いながら、先手を取られて使い損ねた回復薬を握ったまま所在無げに立つブロッサム様を見る。

杖だなんて、司祭様なのかしら。

わずかに見えたローブも中央教会のものにみえる。たしか子息が数人いるとは聞いていたが、力自慢のブロッサム家の一人が教会関係者だとは思ってもいなかった。

そこへ帯剣した青年たちが駆け込んでくる。王都の治安維持を主とする第7騎士団だ。


「馬車の検分は終了しました! 逃げ出した残りの者たちも全て捕らえ……」


アーサー様がそっと自分の唇に人差し指を当てる。そうしてこちらに目だけをやった。

ブロッサム様の陰で私が視界に入っていなかったらしい。ようやく私に気が付き、慌てたように口をつぐむ。

部外者に聞かれてはまずいものなのだろう。早々に立ち去った方がよさそうだ。


「お邪魔いたしまして申し訳ございません。そちらの方のお体の具合が良くないのではと思ったものですから。大事ないようですので、わたくしは失礼させていただきます」


辞去に一斉に礼が返される。

外套を騎士に預け、すかさずアーサー様がエスコート役を買って出た。


「レディ、恐ろしい思いをなさったのではないでしょうか」


「驚きはしましたけれど、大丈夫ですわ――もちろん、先ほど見たことは誰にも申しません」


「お心遣いに感謝いたします」


馬車に戻るまでにも沢山の騎士とすれ違う。

これほどの人数が動員されているということは、結構な事件であったらしい。


「わたくしの方こそ、お邪魔をしてしまい。あの、追いかけず、通りから覗くにとどめるつもりで……」


「賢明なご判断です」


私の言い訳とも言える言葉に彼は笑いながら答える。相手がアーサー様でなければ、皮肉と受け取ったことだろう。

なぜなら、去年うかつにも学校の周囲をうろついていた怪しい人影を追いかけてしまい、人攫いに売り飛ばされる寸前だったのを彼に助けてもらっているのだから。

ただ、釈明をさせてもらえるのなら、それはエリーさんが脅迫されていると誤解していた頃の話で、彼女のために必死だったのである。アジトには他にもご令嬢が攫われており、彼女の親族がアーサー様のお知り合いだったとかで彼が動いたのだと後から教えられた。

お嬢様、という声に目をやると前方より侍女が涙目で走ってくるのが見えた。後ろには蒼ざめた騎士と馬車もある。やはり入れ違いになり、探させてしまったようだ。

アーサー様のエスコートで無事迎えに来た馬車と合流し、乗り込む。

遠ざかっていくアーサー様の姿。元ロイヤルガードらしく、お辞儀の角度も、足の速さも、エスコートする手の高さも何もかもが完ぺきだった。

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