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53 ゲーム終了 1

早朝、日の出よりも早く起こされ、湯あみ、マッサージ、香油、と次々に作業が行われていく。

父はもう朝からうるさかった。

何をしても、きれいだよ、最高だよ、世界一だよとしか言わない。

出てってと頼んでからも、階下から賛美の叫びが聞こえ続けた。


「ダンスをしても崩れないように!」


髪は一束一束を柔らかに巻き上げ、全体で大きなバラを模している。

ところどころに留められているパールは、朝露のしずくを表すのだろう。


「素敵ですわ、お嬢さま!」


侍女たちが一斉にため息をつく。

確かに、彼女たち渾身の力作が鏡の中に写っている。

オールドローズ色のドレスは、胸元の淡い色から裾へと色濃く咲き進み、まるで1枚の花弁のように内側で繊細に波打って幾層にも重なるフリルを優しく包む。その花弁に柔らかく降り積もったオーガンジーには、同様に露を模したパールが縫いつけられ、ドレープの下からのぞく濃いレースとともに彩を添える。ウエストの高い位置で絞られた薄黄うすぎ差すリボンは、そよ風に揺らぐ花枝の如く動くたびにふんわりと舞う。

このドレスもまた、今まさに蕾から花開こうとしている1輪の薔薇だった。

そして、邪魔をしないよう装身具は控えめに小粒の石のみ。


「本日の主役はわたくしたちのお嬢様ですわ! 誰が何と言おうと!」


そう声を上げるのは私の専属侍女だった。

リィンに教科書を持って行った際の、あの侍女。彼女との関係も随分と変わった。今は姉妹のように仲がいい。

いよいよゲーム最終日。

今日、私の運命が決まる。

ゲーム通りに話が進んだ場合に備えて、目覚めてからこの時に至るまでしっかりと準備してきた。

家庭教師の先生から、もう私から教えることはございません、とお墨付きをもらったくらいだ。

もしものために手紙も書いてきた。念のため荷物もまとめてある。

兄のエスコートで会場に入り、女性参加者の側で深呼吸をついていた私の前に、


「ご成人、おめでとうございます、ローズ様。そのドレス、とてもお似合いですわ」


シシー様が現れた。彼女は今までと何も変わらない笑顔だ。


「……ありがとうございます」


シシー様にされたことを今すぐ忘れることはできない。

けれど、沢山の、貴族社会とそこに潜む理不尽な制度に苦しめられてきた人を見ている。一様に彼女を責める気にもなれなかった。


「……シシー様、もしよろしければ、もう一度お友達から始めてもかまわないでしょうか?」


彼女は零れるほどに目を見開き、盛大にため息をついた。


「貴女ね、わたくしを悪役にしてさっさと終わらせればよいものを……」


その言葉に笑ってしまう。


「いえ、悪役令嬢はわたくしですから」


「何を訳の分からないことを――わたくしは、貴女か自分の幸せなら、自分を選ぶわよ?」


「かまいません。それがわたくしの為にもなるのです」


方法は違えども、私たちは自分の未来を知っていて、それに立ち向かった者同士だ。

だからこそ、抱きつづけていた罪悪感をこっそり彼女にだけ告げる。


「わたくしもまた、貴女と同じく自分の運命に抗っていたのです。その為に、誰かの道を大きく歪ませ、不幸にしてしまったかもしれない。それがずっと怖かった……。ですから、もし、わたくしが関わった事で貴女がほんの少しでも幸せに寄れるのなら、わたくしもまた、幸せなのです」


私の言葉にシシー様は下を向き、再び大きくため息をついた。

こちらからその表情はうかがい知れない。

ただぽつりと、


「……殿下のおっしゃった意味が、少し、わかったような気がしますわ」


「ローズ!」


そこへ兄が私を心配して来賓席から駆けつけてきた。

一転させ、顔を上げたシシー様がバッと扇を開き、口元を隠す。


「あらフリード様、ちょうどよかったですわ。わたくし、貴方に申し上げなければならないことがございますの」


「……何をでしょうか」


兄の警戒が伝わってくる。


「貴方様に纏わる女性の噂、あれを流したの全てわたくしですの。協力者が欲しくて、せっかくの上位貴族で唯一同じ一人娘でしたのに、貴方を養子になさるので、邪魔でしたの。清廉潔白な侯爵なら、そんな男、放り出すと思いまして。でも貴方ったら全然女性になびかないのですもの。それに侯爵にお聞きしましたわ。女性領主の件、フリード様が後押しなさったと。わたくし、それを聞いてさすがに良心が痛みましたの。ごめんあそばせ」


ほほほと、全く悪いと思っていないかのようにシシー様が笑う。

兄が呆然とする。私も友達宣言を撤回すべきだろうかと一瞬迷った。

そんな会話をしている内に祝辞が終わり、盛大な拍手と共に殿下がこちらにやってくるのに気が付いた。この後は開幕に殿下のダンス、そして成人した者たちが各自のパートナーと踊るのだ。


「シシー様、失礼いたします」


「ええ、ローズ様、またあとでね」


シシー様を見送るつもりで離れたのに、突如方向を変えて殿下がこちらに向かってくる。

そして、私の前で胸に手を当て一礼し、


「オールドローズ・フォーロマン嬢、どうか、私と踊っていただきたい」


もう片方の手を差し出してきた。

途端、周囲がざわつく。

当たり前だ。まだ正式に破棄の発表はされていないのに、王家の次期後継者が婚約者を差し置いて、いきなりどこぞの令嬢にファーストダンスを申し込んでいるのだから。


「殿下!」


慌てて兄が割って入る。

その驚きわかるわ、お兄様。私だって事態についていけてないもの。


「ああ、フリード。ファーストダンスは君が踊るつもりだったのかな? だとしたら、すまない。譲っていただけないだろうか?」


「っ――……わかりました」


兄はしばし殿下をにらんだのちに、ため息をついて承諾した。


「ありがとう」


「ただし、セカンドはありませんから」


「もちろん、今日のところはね。さぁ、ローズ、行こう!」


呆気にとられている間に手をとられ、あっというまにダンスホールに連れ出される。後ろから兄が何か言っているが、音楽にかき消されて全く聞こえなかった。

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