Side:ユーリウス
「わたくしたち臣下は、国に、そして民を導く王家に仕えるために存在しております。決してあなたの都合の良いお人形ではございません」
凛然と去っていく後ろ姿に感じたのは「恥」だった。久しく忘れていた感覚だった。
当時は愚かにも自分は間違っていないと言い聞かせた。
だが、彼女と目を合わせた時、必ず先に逸らすのはこちらだった。
なんら間違っていないはずなのに、この苦い思いをなんと表現すればいいものか。
そうして澄み切った瞳の如く、彼女の心にもまた一片の曇りもないと分かった時、あの強烈な羞恥心と共に、庭園で言い放たれた彼女の言葉が蘇った。
笑顔の裏に毒と刃を隠し、隙あらば私腹を肥やそうと、利権をむさぼろうと、目的の為には他者を踏みつけることを厭わない者たち。
あのようにはならぬと、何者にも染まらぬと、決めていたはずなのに。
もし、ここで立ち止まっていなければ、自分は確実にあちら側の人間に成り下がっていただろう。
対峙し、嫌悪していた対象に。
彼女に感謝した。
そして、同時に思った。
欲しい。
彼女が欲しい、と。
生まれ落ちた時から、身も心もこの国のために捧げる覚悟はできている。それでも、渇きを覚える瞬間があった。
何かを強く望んだのは、初めての事だ。
目を閉じれば彼女の姿が浮かび上がる。風のざわめきに彼女の声が混ざったように思える。
いつからか、彼女といると、この時間が永遠に続くことを願うようになっていた。
王としての心構えを告げた時、俺をその場所に戻してくれたのはお前だと、すぐにでも引き寄せ、口づけたかった。
「殿下、ただいま戻りました」
近づいてくる足音に思考を中断させる。
入ってきたのは、侍従の一人。
「ご指示の通り、楽隊に曲目の変更を伝えてまいりました。ですが、あの、本当によろしかったのでしょうか? あの曲は、舞踏曲としても難易度が……」
「愚かだと思うか? だが、ただでさえ出遅れているのだ。手段を選んでいる場合ではないだろう。それに、彼女は昔からダンスだけは得意だった。いや、今はダンスもと言うべきか」
「はい?」
「独り言だ、気にするな。とにかく、これは決定事項だ。わかったら、下がれ。成人の儀までに仕事を終わらせたい」
「承知いたしました」
遠ざかっていく気配と共に部屋に静寂が戻ってくる。実のところ、仕事はほとんど終えていた。
思考を彼女へと戻す。
2年と言ったが、当然ながらそこまで時間をかけるつもりはない。
令嬢の周りには複数の男性がいる。
彼女はなぜか自らへのアプローチを相手の奇行ととらえるフシがあるため、今のところ深い仲になった者はいないようだが、それも時間の問題だろう。
たとえ相手が誰であっても、譲るつもりはない。




