Side : シシー
「……あの馬鹿女っ!!」
先ほどから怒りが収まらない。
ドリーから呼びつけたくせに、大した話もなくひたすらお茶を飲んでいた。
だが、途中で入ってきた兵に耳打ちされ、彼女が出ていった時にぴんときた。
侯爵令嬢に何かする気なのだと。
てっきり、撤回しろと脅しをかける程度なのだと思っていた。頃合いを見計らってローズ嬢を迎えに行けばいいと。
が、まさか直接手を出すとは。
それも――、
「王宮で血を流すだなんて……」
散々探し回って、令嬢が連れ去られたと聞いたのは夕刻が迫った頃だった。
わずかな血の跡と靴が1足、残されていたと。
資財こそ公爵家には劣るが、フォーロマン侯爵が治める領地は王国で最大を誇る。その全てを持て余すことなく今に至るまで良政を敷き続けてきた功績は大きい。
しかも国内に流通している食料の半分を――麦に至っては8割を――フォーロマン領で賄っている。重要な基盤なのだ。
彼らを怒らせれば国がどれ程荒れることになるか、考えればわかりそうなものなのだが。
男の後ろで男を支えることこそが女性の役割であり、全てだと考えている無能。
陛下の心を射止められず、いまだ正妃の亡霊を追いかけ続けている。
第2王妃は確かに古より王家から分かたれた公爵の血を継ぎ、まさに正妃にふさわしい血統の持ち主で、その血と同じようにプライドも高かった。元々寵愛を受けていたのは彼女より下の貴族の女性だった。そこに公爵家が無理やり娘を嫁がせたのだ。
流れが変わったのは王妃殿下と第2王妃が同時期に身ごもった時だ。第2王妃は立派な男子を産み、正妃は流産してしまった。
その後、正妃は再び身ごもったが娘を産んで亡くなってしまった。
いよいよと誰もが思ったのだが、正妃の座は空席のまま。いつまでたっても寵愛が受けられない彼女は、自分の息子だけに心を砕いた。
そして、暴走した結果がこれだ。
令嬢の捜索には、ダヌ家からも騎士が派遣されていた。
おそらく今回の件、公爵家は関知していなかったのだろう。いい気味だ。王妃の権威を笠に散々好き放題やってきたツケがいよいよ回ってきたのだ。
「もうダヌ家は終わりね……」
ユーリウスも王妃には警戒していたようだが、よもやここまでの強硬手段に出るとは思ってもいなかったのだろう。
先だって部屋にやってきた彼の姿を思い出す。
「シシー、彼女に何かあれば、わかっているだろうな?」
感情を切り離したような努めて冷静な声だったが、その実、殺してやりたいと目が語っていた。
どちらかとでもいい仲になれば破棄の手間が省けると、エリーシア嬢とローズ嬢をことある度に招いていたが、予想していた以上に侯爵令嬢を彼はお気に召していたらしい。
「後悔など絶対にしないわ」
どのようなことをしてでも自分の未来はつかみ取ってみせると思っていた。
友達など口先だけの存在なのだと。
今まで自分を助けてくれる者など誰もいなかったではないかと。
「……ローズ様」
だが今、彼女のことが頭から離れないのはなぜだろう。
ずっと、震えが止まらない。
……彼女は無事だろうか。




