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51 真実 2

「さて、何が知りたい? お前には質問する権利があり、俺には答える義務がある」


2人きりになった部屋で殿下が問う。

何がと言われても、何が何やらさっぱり分からないのが本音だ。

知らないことが多すぎて、何を質問すればいいのかすら分からない。

私の混乱を察したのか、彼は、


「お前はどの程度、貴族の勢力関係を知っている?」


「領土のことではなく、ですか?」


「派閥のことだ――まず、貴族は王党派、無党派、反王党派の3つに大きく分かれる。更にそれを改革派、中立派、保守派に分類する。王党派は王族に忠誠を誓い、王家を支持する者たちのことだ。今はそのほとんどが改革派からなる。反王党派にはまぁ、いろいろある。王族ではなく諸侯による連合国を掲げる者、貴族の権力をかさ上げしようとするもの、そしてかつての王家と貴族の構成に戻そうとするものなど……」


「保守派とは具体的には?」


「古き誇りと伝統を何よりも重んじる貴族血統主義者たちのことだ。もともと保守派は王党派だったが、新興貴族に懸念を示し、ナイトスター公の婚姻を認めた際にそのほとんどが離脱した。フォーロマン家もかつて王党派だったが、お前の父の代で無党派へと変わった。改革派はほとんどが新興貴族だ」


殿下が渋い顔をする。


「改革派の支持だけではだめなのですか」


「新興貴族は元平民か、あっても魔力がすくない。いざ戦争が起こった時に、実際に役に立つのは魔法で戦える上位貴族たちだ。国外の魔術に対して唯一対抗しうる力。出し渋られては、国が傾きかねない。だが、強い力を持てば持つほど、その血が薄れるのを恐れ、純血主義を守り通そうとするものが多い。例え魔力が強くとも、少子や短命・病弱では困る。だから、ナイトスターの婚姻を王家は歓迎した。ある種、賭けだった。もし力がそのまま残ればよし、最悪低下するようであれば、また純血に戻せばいい。結果は見ての通りだ。ルイザ夫人は類まれな力を手に入れ、セルジュもそれぞれの能力を手に入れると言う稀な力を得た。そして、離反した保守派を戻すためにシシーと俺の婚約が決まった」


保守層とリベラル層。この乙女ゲームの世界で前の世界と同じような政治用語を耳にするとは思ってもいなかった。

知らなかった設定が多すぎて頭がついていかない。

だが、ヒロインは平民だ。貴族のこんな裏事情、わかるわけがない。ならば、この無知は貴族に生まれながら知ろうとしなかった私の怠慢と言えるだろう。

婚約については釣り合う家格がシシー様と私しかいなくて、どちらかならば、私でもシシー様を選ぶわと単純に思っていた。


「戦争は、起こるのですか?」


「いや。シニリウムの戦いは今もまだ語り継がれている。貴族が多く生き残っている間は、容易く手は出してこないだろう。だから、その間に少しずつ保守派を取り込み、魔術の研究を進め、基盤を固めればいいとそう思っていた。そう考えている内、例の法案が浮上した。本来なら、潰れるはずだったものが」


女性領主の件だ。


「潮目が変わったのは、フォーロマン候が賛成に回ったからだ」


「父が?」


確かに以前そのようなことを言っていたが、てっきり兄が継ぐことになったので流れたと思っていた。


「フォーロマン候は領地のこともあり、その影響力は大きい。彼が表明すると同時に、様子見を決めていた者たちが賛成へと移り、一気に情勢が変化した。俺の恐れていた事態になった」


そう言うと、殿下は冷めてしまった紅茶で口を湿らせる。


「――正直に言うと、俺は法案を通すつもりはなかった。女性領主には反対しないが、敷衍して結果、シャルを担ぎ上げる奴らが出てこないとも限らない。俺の母のこともある。母親の後ろ盾もないあの子を権力闘争の渦に落とすつもりはない、ずっとそう思っていた。だが、法案が賛成に傾き始めて貴族に動きが出てきた。だから陛下に頼んだのだ。俺の指名を遅らせてほしい、と。次の国王にシャルもありうると読み、動き出す奴らをあぶり出すために。その後で法案は潰せばいい。そう思っていた。その考えを変えたのはお前だ」


「わたくし?」


「お前を見ていて、然るべき人物が然るべき地位についてこそだと思った。平民を思いやり、獣人に手を差し伸べ、過去の遺恨を清算する、そんな者が日陰に埋もれるような国はいずれ亡びる。シャルが政治の争いに巻き込まれるなら、俺が守ってやればいい。それだけだ。だがその為には、ある程度、保守派の勢いをそがなければならない。彼らが一斉に反旗を翻せば、他国に付け入る隙を与えてしまう。母の実家、ダヌ公爵家は反王党保守派筆頭だ。陛下が第2王妃の我儘を許容していたのは、その為だった。だから、俺はお前が狙われているのを知っていて、あえて教えなかった」


シシー様だけではなく、様々な思惑が入り混じっていたことに言葉がなかった。


「シシーが流した情報に踊らされ、俺も最初はお前が立案者だと思っていた。俺に相手にされなかった為、自棄になって反王党派の傀儡になっているのだろうと。シャルの側にお前がいるのを見て、あせった。甘い言葉を囁けば、すぐにこちらに寝返ると踏んでいた。その結果があのザマだ」


「そ、その節は大変申し訳なく……」


「いや、あれはお前が正しい。乙女の心を利用しようとした俺の行動は、決して褒められたものではない」


謝ろうとする私を彼は押しとどめる。

彼は私の行動に裏があると読んで、動いた。けど私は何も考えずに行動していた。だから余計に混乱して、接触を図ってきていたのね。


「では、殿下とお会いし続けたのは、わたくしの真意を測るためだったと?」


「途中までは、な」


「途中?」


「お前には言っていなかったが、俺は人の嘘が見抜ける」


私もあなたに言ってませんが、知ってます。設定ですから。


「俺の質問に返ってくるお前の言葉は、どれも偽りがなかった。するのは他人の心配ばかり。俺は思った。ああ、探りを入れても無駄だと。お前の本心を探れば探るほど、そこに悪意はないことが分かるだけだった。その上、怯えた顔で俺を窺うから何かと思えば、ケーキを2つ頼んでもよろしいですか、だぞ?」


では、その後もなぜ続いたのか。

私の疑問に殿下は少し目を伏せ、


「単純に、楽しくなっていたからだ。お前との会話が。欺瞞も駆け引きもないあの時間が、唯一、俺の心休まる時間だった。なのに、結局俺はお前を利用した」


彼が笑う。それは、セルジュ様が絵の前で自分を「半獣」と言った、あの顔に似ていた。


「狙い通り、母は罪を犯した。あとは、どう落とし前をつけるつもりだと問えばいい。関係ないと言うならば、公爵の王宮での影響力は減退するし、認めれば連名で処罰する。まぁ、切り捨てるのがオチだろうが。どちらにしろ、この首を抑えられたのは大きい。保守派第2勢力のティアット家にも貸しを作れた。だが、王宮の政治闘争など一介の令嬢には何の関係もない話だ。本当にすまなかった。お前を、思っていた以上の危険な目に遭わせてしまった。心から謝罪する」


深く頭を下げる殿下に思わず駆け寄った。


「で、殿下、おやめください! 確かに怪我は致しましたが、エリーシアさんのおかげで全て治っております。シャーロット様はわたくしも大切に思っております。彼女を心から守りたいと言うそのお気持ちも含めて、わたくしは尊重いたします」


祖父の件についても、獣人は冤罪だったと通達してくださる確約を陛下からいただいてる。もう十分だった。


「……ありがとう」


顔を上げて殿下がほほ笑む。初めて見せる、自然な、心からの笑顔だった。

――この顔、見たことあるわ!

殿下ルートの最後、こんな笑顔をヒロインにみせるのだ。

生で見られるなんて! という感動もつかの間、すん、とすぐに殿下は真顔に戻った。

まぁ、私はヒロインではないから当然だろうが、もう少し味わわせてくれてもいいものを……。

そんな私に彼は笑って言った。


「さて、本題に入るか」

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