表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/137

50 真実 1

「殿下がお待ちです」


衛兵の言葉にため息をついた。

傷は治り、体力も回復しているとはいえ、ただでさえ陛下の御前という慣れない舞台に精神を消耗したのに、さらにまだ続くのか。

案内されたのは殿下の私室だった。ゲーム後半で想いの通じたヒロインが訪れる場所。

部屋には殿下だけではなく、シシー様も揃っていた。

良かった。

王妃が首謀者なら、あの時呼び出しを受けたシシー様にも何かあったのではないかと心配していた。

私が彼女に向かおうとすると、腕をひかれた。

兄だ。彼はシシー様をにらみつけている。


「お兄様?」


兄は無言で、殿下の指し示すソファーに腰掛ける。私もその横に並んだ。

誰もが口を開かず、重い空気が支配する。シシー様だけが、いつもの通りおっとりと微笑んでいる。

ふいに、殿下が卓の上に一枚の紙きれを置いた。


「まぁ、まぁまぁまぁ!」


いくつかの文章と、それにサイン。一番上には王印が押されている。

今までにないような甘い声を出して、シシー様がその用紙に飛びつく。

が、つかむ直前に殿下に下げられる。


「シシー、先に言うべきことがあるだろう」


その言葉にシシー様は用紙と殿下、そして私を見比べて、言った。


「ローズ様、女性領主を1代に限り認めるという法案、ご存じ?」


脈絡のない言葉に面食らうが、確か聞いたことがある。

どこでだったかと記憶を探り、目覚めてからまだ間もない頃、兄と領地に帰った時、父が口にしていたのを思い出した。


「え、ええ、それが何か?」


「わたくしが立案者なの。ごめんなさいね。ドリー様が殺したかったのは、本当はわたくしだったの」


ドリーとは第2王妃ドロテア様の愛称だ。

口にできるのは彼女に許された、たった数人だけ。


「ドリー様はね、この法案が成立した暁には王族へもその対象が広がるのではないかと危惧したの。つまり、殿下ではなくシャーロット様が王位に就くのではないかと。だから、この法案を貴女を脅して撤回させたかったの」


「な、なぜ、王妃様はわたくしだと思われたのですか?」


「わたくしが誘導したから」


何でもないことのようにシシー様が告白する。


「どういうことですか?」


「わたくし、結婚したくありませんの。子を産みたいとも思いません。殿下のことは、一人の人間としては尊敬しておりますが、男性としてみたことなど一度もありません。王妃などぞっとするわ」


本人を前にして言う言葉ではないのでは、と思うが、殿下は気にした様子も見せない。

シシー様はきらきらした目で身を乗り出して、私に語り掛ける。


「領地経営を行いたいのです、わたくし。そもそも、今のこのティアット領が発展したのは、わたくしの手腕ですわ。女性領主の権利が認められれば、わたくしは領に戻り、父には引退していただく所存です」


「ですが、現御領主はまだそのようなお年では……」


「ええ、ですから、とある罪でひっそりと去っていただくつもりですの。捏造ですけれど」


いつもと変わらない笑顔で、あっさりと実の両親に冤罪をかぶせる告白をすることにショックを受けた。


「引き継いだ地位に胡坐をかき、ただブクブクと肥え太るしか能のない者がトップに居座ることほど愚かなことはありませんわ。ご存じ? わたくしが着手するまで、あの公爵領、傾いておりましたのよ?」


ほほほ、と扇を広げて笑う。

あの公爵領が金銭的な問題を起こしたのが本当なら、現領主はよほどの人なのだろう。それについては同情を禁じ得ない。


「わたくしはね、ローズ様。このまま領地に戻れば、父の子を産むことになりますの」


シシー様の言葉に今日一番の衝撃を受けた。

隣からも兄の動揺が伝わってくる。


「純血主義の家ですもの。当然でしょう」


大したことない、とでも言うようにころころと笑う。

ナイトスター家を思い出す。肖像画の数々、公爵、そしてルイザ様。

悔やまれる。

もし、ティアット公爵夫妻があそこまで太っていなければ、すぐにその歪さに気づけただろう。


「ですから、婚約を破棄する前にどうしても女性領主の立法化を願っておりましたの。ドリー様に邪魔されるわけにはいかなかった。その為に、成立するまでの間、貴女を利用しましたの」


「なぜ、そこでわたくしになるのですか?」


「貴女なら守ってくださる方が沢山いらっしゃいますし、地位もありますから早々危ない目に遭うこともない。そしてドリー様も、祖父を殺され、王家から離れた大貴族の娘の名を急にあちこちで耳にするようになった……怪しんで当然でしょう。条件が合いましたのよ?」


それだけのことで私は命の危険にさらされたと言うのか。友人だと思っていた人に。


「学院での脅しも、やはり貴女だったのですね」


呆然とする私をシシー様の視線から守るように兄が抱きしめてくれる。

学院の件、手紙やナイフ、それからあの転落も……。


「ドリー様に言われて仕方なくですわ。わたくし建前上、あの方の味方でしょう? 断って訝しまれたらと思い、協力しましたの」


「シシー様は……わたくしが怪我をしても構わないと、思われていたのですか?」


心外だとでもいうように彼女が声を上げる。


「あら、わたくしだって気を遣いましたわ。長い間痛い思いをしなくて済むよう、怪我をさせるときは必ずエリーシアさんがそばにいらっしゃる時にと、よく言っておきましたわ」


大切なお友達ですもの、と続ける。

もう言葉が出なかった。

どこまでもシシー様の表情は変わらない。

いつもと同じ笑顔。それが今は怖かった。


「ナイフは、貴女が王妃に渡したのですか?」


「ええ。皆様ご存じでらっしゃらないかもしれませんけれど、あの強欲な祖父が一銭の得にもならないものに金を出すはずがございませんわ。ですから、亡くなってからすぐに徹底的に調べましたの。買い取ったのも、祖父はあそこに何があるか知っていたからでしょうね。いえ、知っていたということは、何かしらあの事件に1枚噛んでいた可能性もありますわね」


「あの洞窟で倒れた時、何を回収したのです?」


「あら、お気づきでしたの? ドリー様に渡すナイフを取りに訪れた際、殿下からいただいたブローチを落としてしまっていたようでしたの。見つからないようにしたつもりでしたのに」


気を失ったのは誤魔化すための演技だったのか。


「それにしても、フリード様、いつお気づきに?」


「リィンが、幻惑の術があの程度の魔石で保つはずがない、交換していた人物がいるはずだ、と。彼の言葉で調べたところ、ティアット家は定期的に魔石を購入し、半年に1度は査察と称して訪れていた」


「まぁ、お詳しいこと。本当に嫌になるくらい優秀でらっしゃるのね、あの耳付き」


私が睨むと、「失礼、リィンさんでしたわね」と笑って訂正している。


「それに義父からも言われていた。詳しいことは教えてもらえなかったが、貴女には気を付けるようにと」


「あら、動きすぎたかしら」


「義父は娘のことになると勘が良く働く」


「ふふっ、それは貴方も同じでなくて? 血の繋がりもないのに熱心だこと」


「シシー様っ!」


兄を侮辱する言葉には黙っていられなかった。

けれど、声を荒げた私をなだめるように、兄がそっと頭をなでてくれる。


「貴女のおっしゃるとおり、血の繋がりはない。だが、それに不満はありません」


「重症ね。……やはりわたくしと手を組んだ方が良いと思うの、ローズ様。そうでしょ? わたくしたちの人生は、わたくしたちの物ですもの」


その顔を見て思った。この人は、自分のやったことを後悔していない。

レディファースト。

それは本来淑女の嗜みであり、決して女性の尊重などではなかった。

扉をあけて女性を先に通すのはたんなる弾除けであり、後から来る男性の安全を確保するためのものである。それが時の流れと共に形を変え役割を変え、やがてフェミニズム的意味合いを持つようになったのだと聞いている。

この世界もいずれ同じ道をたどるのかもしれない。だとしてもそれは遠い未来でのこと。今この時代において、シシー様の考えは到底理解されるものではないし受け入れられるものでもない。

どんなにきれいごとを言っても、やはり貴族の女は政治の道具でしかなく、男子を産むための存在でしかない。

私の父が、規格外なのだ。本当に私は恵まれている。


「殿下、これで全部告白しましたわ。さぁ、そちらの紙をわたくしに」


書類は法案化の成立を決定するものだった。


「施行は春だ。混乱を避けるため、それまでは俺の婚約者でいろ」


「承知しております」


彼女は奪うように殿下から紙を受け取る。大事な物のはずなのに、妙に扱いがぞんざいだった。


「では皆様、ごきげんよう」


去っていくシシー様の肩が震えているように見えたのは、私の気のせいだろうか。

すみません。予約投稿の指定日を間違えていました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ