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42 殿下の茶会 4

「お前を突き飛ばした奴を捕まえたら、金で雇われたと白状したぞ」


部屋に入ると開口一番そう言われた。


「前金で半分、お前を階段から落とせば、残りの半分が支払われる約束だったらしい。家が没落して、金が必要だったそうだ。雇ったやつについても調べてはいるが、今のところ不明だ」


うっかりしていた。

あのナイフが私に関係するものなのなら、その前の手紙もまた私への警告だったに違いない。階段の件については舞台も役者も揃っていたし、完全にゲームの演出だと思い込んでいた。

驚きもあったが、同時に彼女のイベントを私が奪ったわけではないとわかって、ほっとした。


「では、ナイフもその方が……?」


「ナイフ? いや、その話は聞いていない。おい、どういうことだ。知っていることをすべて話せ」


何度も手紙を受け取っていたこと。

最後の手紙はナイフが忍ばせてあったこと。

そして、そのナイフが祖父に関係するものだと言うこと。

包み隠さず、すべて告げた。


「――それで、お前はなぜその手紙をエリーシア嬢へのものだと思ったのだ?」


「手紙の中に「おとなしくしていろ」とありまして……」


「ふむ?」


「わたくし、日々これ以上ないほど静かに過ごしておりますから、てっきりわたくしへのものではな――」


ブフーッとみなまで言わせず、殿下がお茶を噴き出す。今の言葉のどこに笑う要素があったと言うのか。

もうこのお茶会も何回目か分からない。頻度こそ変わらないが、回を増すごとに滞在時間が延びている。

1回目は初夏だったというのに、今はもう窓の外は秋の気配だ。

どんな心境の変化があったのか。最近は殿下も身の回りのことを色々と教えて下さるようになっていた。


「……お前は本当に愉快な奴だな」


人を芸人みたいに言わないでほしい。

そこへ店員が入ってくる。まだ頼んでいないと言うのに、ケーキとお茶を置いていった。


「……お前が好きなものだろう。先に注文しておいた。もう一つは新作だそうだ」


「ありがとうございます!」


届いたのはいつもの生クリームケーキと新作のパイだった。近ごろ私が調子に乗って2つ頼んでいるのを踏襲してくださったようだ。

どちらにしようか迷うが、やはり初物から先にいただくべきだろう。

バターをふんだんに使った豊かな香りのサクサク生地に、少し酸味のある梨のコンポートが大変良く合っている。

とても美味しい。

本当に美味しい。

まったくもって美味しすぎる。

殿下の存在も忘れ夢中で堪能していると、


「オールドローズ嬢、口元に……」


呆れた顔で彼が手をこちらに伸ばす。

どうも欲張りすぎてクリーム――いや食べているのはパイだった――パイ生地がついてしまっていたらしい。

兄の行為が脳に蘇って、とっさに手を避けた。


「…………」


ふ~、危ないわ。

このゲームの攻略対象者は、悪役の私にもそのスキルを発揮してくるから本当に侮れない。全くもう。エンディング前に心臓発作で死にたくはないのだ。やめていただきたい。


「失礼いたしました。なにかついておりましたか? 取れましたでしょうか?」


殿下が兄と同じようなことをする訳はないのだが、念のため、ハンカチでとりあえず口元を全部ふいておく。ハンカチに欠片は見当たらないものの、どこに付いていたとしてもこれでぬぐえただろう。


「…………」


「で、殿下?」


彼はいまだ、空ぶった手を伸ばしたまま固まっている。


「お前は……」


「はい?」


「お前は本当に空気を読まないやつだな……!」


なぜかは分からないが、とりあえずイラっとさせてしまったらしい。

手首をつかまれてしまった。


「あの、おっしゃってる意味が――あっ?!」


つかまれた私の腕がまだ手を付けていない方のケーキをかすめる。クリームがついてしまった。殿下がそれを見てにやりと笑う。

嫌な予感に手を引っ込めるよりも先に、彼が顔を寄せる。

なめられた。舌の感触に背筋がぞくりとした。


「で、殿下っ、な、なめっ――おうふっ?!」


びっくりして飛び上がった拍子に、テーブルに膝をしたたか打ち付けてしまった。しかも芯をやったらしい。しびれている。

ソファの上で痛みにのたうつ私を見て、殿下がおなかを抱えて笑う。

完全に私で遊んでいる。

しかも、私を見て笑いながら、ひょいとクリームの上のフルーツを口に入れてしまう。


「わたくしのフルーツ!」


「ああ、お前はいつも好物は最後に取っておくタイプだったな。俺は一番最初に食べる主義だ」


「か、返してください!」


「残念だ。もう食べてしまった」


「追加で注文を……!」


「最後の1個だそうだ」


「~~っ!!」


ただでさえ息詰まる接待の、その唯一の楽しみが半ば奪われてしまった。

この怒りと悲しみをどこにぶつければよいものか。もだえる私に殿下の笑い声だけがいつまでも響いていた。

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