5 悪役令嬢脱却への道 3
あのような会話だったので全く期待はしていなかったのに、後日、なんと本当に紹介状を携えて家庭教師が訪ねてきた。セルジュ・ナイトスター、嫌味な人間だが、根は真面目なのだろう。
しかも本当に優秀な人だった。教え方も上手で、この後、半年で遅れを取り戻せたのは紛れもなく先生のおかげだ。
たまに前世の知識が邪魔をして頓珍漢な質問をしてしまっても、先生は馬鹿にすることもなくメモをとり、必ず調べて答えを出してくれる。熱心に根気よく丁寧に教えてくれるその姿に、私のモチベーションも刺激され、辛い勉強漬けの日々でもなんとか頑張ることができている。
数学など一部は前世の記憶に助けられリードしている部分もあるものの、やはり魔法学や地理、歴史に関しては全く歯が立たない。今日は先生がお休みのため、放課後は図書館から資料を借りて勉強をするつもりだ。
中庭を抜け、目当ての建物への途中、草の陰に黒いものが揺らいで見えた。リィンだった。花壇の茂みをかき分け、何かしている。落とし物でもしたのだろうか。
攻略対象に接触するなど自らの首を絞めるようなもの。そう視界が悪い場所でもない。探し物もすぐに見つかるだろうと気にせず、図書館へ向かった。
王都には3つの巨大な図書館がある。そのうちの1つがこの学院に通う生徒のみが使える学院書庫である。こちら特に魔法関係の蔵書量が一番を誇る。
建物は長方形で4階まであり、入ってすぐの中央の広間を吹き抜けとし左右対称に象眼細工が施された木製の書架が並ぶ開架式。バレル・ヴォールトの天井には加護を与える12神がフレスコ画で描かれ、各階へは四隅の螺旋階段で行き来するようになっている。
ところどころに魔法や学問を表す他の神々の彫像が設置されているのが、唯一学院らしいといえるが、学校付属の図書館と思えない豪華さには目を見張るしかない。希少本はドーム状の閲覧室に収蔵されており、そちらもまた見事な建築だそうだ。
広いのもあってなかなか目当ての本を見つけられず、やっと貸出手続きを終えたころには、日が陰り始めていた。
当然ながらリィンの姿はない。
特に何がという訳でもなく、ふと、何とはなしに彼がいた辺りに行ってみれば、茂みのそばの一見分かりにくい一部、土が盛り上がっている場所があった。よく目を凝らすと、何かを掘り返した跡。そして散らばる紙の切れ端、木片、黒い染み。拾った紙切れには、見知った文言が並んでいる。
「……教科書だわ」
なにがあったのか悟った。
思い返せば、あの食堂の出来事、この国にいまだ根付いている差別意識、たとえ私が何もせずとも彼が平穏無事でいられるはずがない。
残された紙片から見ても、回収できた部分での再利用は不可能。ペンやインクにしたって、この世界では決して安い物ではない。毎回買い直すわけにもいかないだろう。かといって、荷物をひたすら見張り続けるというのも無理なこと。
「どうして見つけてしまったのかしら……」
人知れずため息がこぼれた。
今後の自分の人生を考えるなら、見なかったフリをすべきだろう。すくなくとも私は加担していない。
先ほどの探していた後ろ姿を思い出す。尻尾は耳は、うなだれていなかったか。食堂で床から食べ物をかき集めていたあの姿を思い出す。青ざめた顔に震えた手で――いいえ、私には関係ない。まず自分の保身を第一に考えなくては。
「だって、わたくしは悪役令嬢だもの……」