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40 過去の遺恨 3

「おう、どうした嬢ちゃん」


「お久しぶりでございます、ブロッサム公爵」


相変わらずの大きな声に鼓膜が震える。

頬や手にいくつもの傷跡を持ち、美形溢るるこの世界では珍しく筋骨隆々としたこの御大、大陸を縦断する大河の源流、巨大な湖を領地にもつブロッサム公爵そのひとだ。

元は分家の出で国境警備に配属されていたが、その実力を買った先代に後継者として指名され今に至るらしい。ブロッサム家は魔力よりも力を重視するこの国で唯一の貴族だった。

髪は短く刈り込まれ、服も動きやすさを重視したものを着ている。貴族らしさは一切ない。だが、その腰より下げられた剣が彼らの何よりの誇りだ。

邸宅入ってすぐの吹き抜けのロビーには、巨大な熊のはく製が飾ってあった。迫力と存在感がすごい。巨漢のブロッサム公爵のさらに2倍以上はあろうかという巨体で、熊なのに公爵に負けず劣らずのものすごいマッチョだ。

魔獣なのだろうか、こんな生き物初めて見た。


「おっ、そいつが気になるか? これは、俺が釣りをしていたときにだなぁ……」





「んで、嬢ちゃんは何を聞きに来た?」


一代スペクタクル冒険活劇を延々と聞かされた後、ふと閣下が真面目な顔で告げた。

どう切り出せばよいのか迷っている私に気を遣ってくださっていたのだろう。それにしては話が長かったけれど。


「昔のことをお教えいただきたく参りました――祖父が亡くなったときのことです。わたくしは父から病が原因だと聞かされておりました。ですが、真実はそうではないと最近知ったのです。教えてください、閣下。過去に何があったのです? 父はなぜ何も教えてくれないのですか?」


公爵は私の真意を測るようにこちらを見つめる。

私もまた黙って見つめ返した。


「――これは、本来口外してはならないことだ。まぁ、お前にとっては無関係とも言えないことだし、俺の独り言をうっかり聞いてしまっただけなら、そう責められまい」


「ありがとうございます、閣下……!」


「……先代のフォーロマン卿が亡くなったとき、一部の貴族を中心に噂が昇った。スノーヘッダ伯が、金で人を雇い、殺したのだと。まぁ、襲われたという割には伯爵の傷だけ妙に浅かったってのが大きな理由だが。フォーロマン卿はたくさんの人に慕われていてな、犯人探しにみなが躍起になった。だが、直接の犯人が獣人であること、それ以外は何も分からなかった。昔はもっとずっと亜人の地位が低かった。普段から虐げられている獣人が仲間を売るはずがない。結局誰も捕まらなかった。だが、貴族の中には、獣人を狩るべきだと声高に叫ぶ者もでてきた。実行に移す者も現れ始めた」


ブロッサム公爵はため息を1つつき、昔を思い出すように目をつむる。 

ここまでは、ナイトスター公爵から聞いた話と大体同じだ。

問題はこの先、諸侯会議で何があったのか。


「それを憂いた上位貴族による会議中、召喚を欠席していたスノーヘッダ伯の子息が現れた。血だらけで、その手に伯爵の首を携えてな」


「……伯爵の、首……?」


予想もしていなかった言葉に戦慄する。


「伯爵が犯人の雇い主であると、酔った拍子にこぼしたらしい。その責任をとるためにきた、と。伯爵の息子は、クォーターに自らの首も差し出そうとした。子息は結婚したばかりで、若い妻の腹には新しい命が宿っていた。だから、領主と自分、2人分の命でなんとか手を打ってほしい、そう懇願した。それに対し、クォーターはこう言った。いずれ生まれてくるであろう自分たちの子供にまで、その業を背負わせるつもりはない。父は病で亡くなり、伯爵もまた、病で亡くなったのだ、と。この出来事はその場に居合わせた者たちの胸の内にのみとどめることとなった――これが、俺が見たすべてだ」


言葉が見つからなかった。


「会議は異常だったぜ。大の大人たちが責任の所在で怒鳴りあっている中、クォーターだけが最後まで冷静だった」


怒号が飛び交う議場。たった一人の小さな少年だけが、静かに状況を見極め、解決しようとしている。

閣下の言葉に、そんな情景を想像して胸が締め付けられる思いだった。


「……あの、そもそも、なぜ祖父と伯爵は不和に? 領境でもめたと伺っているのですが、確執が起こるほどの問題があったのですか?」


公爵が苦い顔をする。


「これには俺も1枚かんでる。うちの領土から何本もの河が流れているのは知っているな。昔、うちんとこの湖は年に何度か氾濫していた。その度に周囲の田畑は浸水し、めちゃめちゃになった。下流地域でも堤防が決壊になったりしてな。だから、治水を国に提案したんだ。川を増やし、水の流れを変える。一大事業だ。水の乏しい地域は、自分のところにこそ流してほしいと嘆願してきたりしてな」


河川事業。

水は生きる上で切り離せない存在だ。それは国や時代どころか、世界すら問わないらしい。


「だが、事業は思った以上に難航した。土砂の堆積、護岸の崩落、決壊が起こった。乾いた土地が水浸しになる一方、豊かだった土地がかれ始めた。そのうちの1つが――」


「スノーヘッダ領……?」


「そうだ。フォーロマン侯は、もう少し川の流れを緩やかにすべきだと提言した。だが、進んでいる工事を今更変更するには金が足りない。国は渋り、結局周辺地域で追加費用を出し合うことで落ち着いた。だがまぁ、今度は誰がいくら負担するかで大揉めに揉めた。会議はいつまでも終わらず、その間にもスノーヘッダ領の川は細り、土地はやせ衰えた。ところが隣を見りゃ、相変わらずだ。そのうち、領土境で農作物の盗難が相次いだ。間の悪いことにちょうど、不作の年でな」


前の世界でも、水場は長い裁判になっていたものさえある。

毎年変わる川の水量、保水と灌漑のバランス、水の利権、治水は思っている以上にお金がかかり、また問題が多い。


「食わなきゃ生きられねぇ。それは侯爵だって理解してる。だが、領土と領民を守るのもまた領主の務めだ。侯爵は領境に派兵を決めた。スノーヘッダの領民はますます不満が募る。しまいにゃぁ、領主がポンコツだからと言いだす始末。伯爵をかばう訳じゃあないが、奴は奴なりに頑張ってたさ。ま、領主の頑張りなんざ領民には知ったこっちゃねぇわな。そしてある年、とうとう双方に死人がでちまった……」


その為の話し合いで、祖父は殺されたということか。スノーヘッダ伯爵も相当追い詰められていたのだろう。やったことは許せないが、原因のすべてが彼にあるではないだけにいたたまれない。


「場所、わかるか? ここ、今はティアット領になってる辺りだ」


壁の地図、スノーヘッダ領の南、フォーロマン領との境を分断するように縦に細長くティアット領の飛び地になっている部分がある。閣下の指はそこをさしていた。


「因縁の土地は当時のティアット公爵が買い取ることで決着がついた。その金で別の川から水を引き、スノーヘッダもなんとか落ち着いた――で今に至るってわけだ」





屋敷を退去する頃には日はすでに翳っていた。

思っていた以上に長居していたらしい。

馬車の中から夜空を見上げる。話を聞いていただけなのにひどく疲れた一日だった。

別れ際、公爵の最後の言葉が、頭から離れない。


「クォーターは有能だ。有能すぎた、残念なことにな。もっと不器用だったなら、楽な生き方ができただろうによ」


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